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これからの理系の転職について考えてみた

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Employability(エンプロイアビリティ)という言葉をご存じでしょうか。雇用されることができる能力のことで、Employ(雇用する)とAbility(能力)を組み合わせた言葉です。かつての日本企業は終身雇用を前提とし、企業が主導して新卒から一律の人材教育を行ってきました。新人教育からはじまり、キャリア開発は企業が率先して行うのが主流という時代でした。その後、VUCA(ブーカ:Volatility:変動性・不安定さ、Uncertainty:不確実性・不確定さ、Complexity:複雑性、Ambiguity:曖昧性・不明確さの略語)の時代と言われるようになり、キャリアに関する考え方は大きく変化しています。技術革新、気候変動、さらには新型ウイルスの蔓延など、企業を取り巻く市場環境が目まぐるしく変化し、雇用の流動性はさらに高まることが予測されます。トヨタ自動車の豊田社長が「終身雇用を守っていくのは難しい」と発言して話題になったことは記憶に新しいですが、変化の激しい時代を生き抜いていくには、Employabilityを高めることを意識していく必要があると思います。企業に勤めながらも、個人事業主のような意識を持ち続けるイメージに近いです。これは研究開発職や技術職も例外ではなく、今後のキャリア構築において考えておいた方がよい点だと思います。

理系の専門職のキャリア構築において、実際のケースをご紹介したいと思います。M氏は30代後半の男性で、製薬企業に勤務していました。当時は製造管理、品質管理、サプライチェーンマネジメント、各種監査・査察などを経験後、薬事関連業務に従事し、薬事法規に基づいた各種申請書類作成、薬事申請に係る関係機関との折衝をされていました。入社時より品質管理基準の厳しい医薬品製造で現場の全体像を知り、関連するポジションで経験を積むことを目的としており、それが達成されたタイミングで転職を考えられたそうです。転職理由は「この会社で身に着けたいと思っていたことが全てできたから」といいます。もともと10年程度は必要だとは考えており、改めて自分のキャリア構築を考え、次のフィールドに移ることにしました。今後のパイプラインなどの開発状況や事業方向性を考えると、この分野で新たな経験ができるフィールドはないと判断されたためです。会社も今後はM氏に管理職的なパフォーマンスを期待していたようですが、キャリア構築上は専門分野を深めることを優先しました。次は生物由来の原料を用いたバイオ医薬品等の分野での品質管理について経験をしたいと考えていらっしゃいました。更にはその分野にて、その品質管理や規制対応に携わり、将来的には規制をつくるような仕事に携われるキャリアを想定されていらっしゃいました。そうした明確な方向性を持ったうえで、数年前から希望に合いそうな会社のリストアップまでされていました。その後、リストアップしていたバイオ医薬品関連のベンチャー企業で求人があり、自分の望んでいる経験が積めると分かったため、すぐに転職を決められました。

大手の製薬企業からベンチャー企業への転職ということで、ご家族の理解を得られないケースは多いのですが、M氏は奥さんやお子さんともキャリアを含めたライフプランについても話をされていたそうです。今回の転職は転居を伴いますが、そうしたキャリアパスを想定して賃貸マンションにされており、奥さんも場所に縛られないキャリア構築に向けて資格取得などを進められていました。また、お子さんの状況に応じて単身赴任をするか、一緒に転居するかは判断することにし、家族の都合も最大限尊重できるように配慮されていました。

キャリアの舵取りを自分でする時代に

これまで理系の研究開発職や技術職の場合、主要な就職先は製薬や化学をはじめとしたメーカーが挙げられると思います。かつては製品のライフサイクルが長く、技術革新のスピードや市場環境の変化が今と比べると緩やかであったため、一社で技術者や専門職として勤めあげるひとが多くいました。ご存じのように、変化の激しい時代の流れにおいて、ここ数十年で大企業の買収、合併などの大きな変化が度々起こり、それに伴って人材の流動化が進むことで、転職はごく当たり前の時代になりました。ただ、こうした変化をネガティブに捉えるのではなく、変化を想定した上でキャリアプランを考えていくことが大切であると思います。その際、M氏のように、「どこの会社で働くか」よりも「この会社で何をするか」という軸はこれからの時代に必要なことです。医薬品の製造・品質管理におけるプロになるという自分で決めた目的があったことで、トラブルや失敗があっても前向きに取り組めたといいます。なぜなら、トラブルの原因分析や課題解決に取り組むこと自体が経験となり、自分のキャリアの糧となると思えたからです。このように経験を積むことに重きを置いたキャリアはどこに転職しても強みとなります。同じような仕事をしていた人であっても、「配属されたから何となくやっていました」というスタンスは、時を重ねるごとに歴然とした差になっていきます。

何のプロフェッショナルを目指すかを決める

リクルートワークスの大久保氏が『日本型キャリアデザインの方法』※の中で、キャリアを「筏下り(いかだくだり)」に例えて説明されています。筏下りの時期にはいったん激流に漕ぎ出し、いくつもの業務を経験したあと、登るべき山(自分の専門領域)を一つ決めて、その頂きを目指します。その際に何のプロフェッショナルになるかを宣言してゴールを明確にした上で、全エネルギーを集中して専門力を高めていくといいます。(※)M氏の場合はまさにそうで、最初に「厳しい環境に身をおける会社」を選び、業務をこなす中で医薬品に関する知識や社会人としての基礎的な筋力を身に着け、薬事のプロフェッショナルという「登るべき山」を決められました。専門性を高めるため、ベンチャー企業に転職したあとは副業として薬事に関するセミナーや専門誌での記事執筆なども積極的にされています。企業の用意したキャリアの育成にただ乗るのではなく、自ら薬事のプロフェッショナルになると決め、社内外で積極的に経験を積んでいるということでしょう。

ライフプランと合わせて考える

転職というとキャリアプランだけを考えがちですが、M氏のようにライフプランと合わせてイメージすることをおすすめします。よく言われる通り、仕事は人生の一部であり、全てではありません。転職することによって家族と上手くいかなくなったり、金銭的に苦しくなったりするのは、望ましいことではないと思います。また、そんな状況では仕事のパフォーマンスも上がらないのではないでしょうか。更に、長期的なキャリアビジョンを描いていくことも重要です。「人生100年時代」と言われるようになり、定年後も働くことが標準化していく流れの中にあります。企業側も定年後のキャリア育成については試行錯誤の段階であり、若い世代の社員との関わり方も模索中です。そんな中、「〇〇のプロフェッショナル」と自信を持って言える人材は、定年後の働き方の選択肢が広がります。そのまま勤めていた会社で働くこともできるでしょうし、複数の会社の仕事を組み合わせることもあります。理系の職種でいうと、大学の非常勤講師として学部生の講義を行ったり、スタートアップベンチャーの技術顧問、複数の企業での薬事アドバイザー、特許戦略アドバイザーをしたりなど現役時代の経験を生かしてフリーランスでお仕事をされている方もたくさんいらっしゃいます。定年後、会社は自分が望んでいるような部署、待遇で配置してくれるとは限らないので、自ら専門性を高め、自由に選べる状態にしておくのは理想的ではないでしょうか。

以上、今後のキャリア構築の参考になれば幸いです。

参考

※大久保幸夫/日本型キャリアデザインの方法:「筏下り」を経て「山登り」に至る14章/日本経団連出版

*本記事はLHH転職エージェントによる寄稿記事です。これまでの寄稿記事はこちら

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Chem-Station代表。早稲田大学理工学術院教授。専門は有機化学。主に有機合成化学。分子レベルでモノを自由自在につくる、最小の構造物設計の匠となるため分子設計化学を確立したいと考えている。趣味は旅行(日本は全県制覇、海外はまだ20カ国ほど)、ドライブ、そしてすべての化学情報をインターネットで発信できるポータルサイトを作ること。

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