[スポンサーリンク]

一般的な話題

使っては・合成してはイケナイ化合物 |第3回「有機合成実験テクニック」(リケラボコラボレーション)

[スポンサーリンク]

理系の理想の働き方を考える研究所「リケラボ」とコラボレーションとして「有機合成実験テクニック」の特集を10回に渡り配信する予定です。

さて、第三回目は「使っては・合成してはイケナイ化合物」。化学実験には危険がつきもの。必ず安全講習を受けてから望むわけです。

私も安全講習は散々学生を怖がらせることにしています。メガネをかけていなかったことが原因で、片目を失った著名化学者の話、手袋をしていたのにジメチル水銀はそれらを浸透するので、死に至った話、試薬の取り扱いおよび実験の服装がまずく、体に浴び炎に包まれ死に至った話など。研究室においてもアジドや過酸、酸化剤そして過塩素酸塩などの扱いには例を出して注意喚起しているので、学生はよくわかっていると思いたい。

一方で、化学反応はいかなる分子も理論的には生み出すことができます。特に簡単な構造のものなら市販していなくとも簡単に作ることができます。そんな化合物の中で一見して問題がなさそうな化合物でもこれはまずいぞ!というモノ、意外と多いんです。今回はそんな作ってしまいそうだけど、作っては(使っては)いけない有名な化合物をいくつか紹介したいと思います。

フェニル酢酸・フェニルアセトン

化合物が体に悪影響をおよぼすものではありません。類似したフェニル酢酸クロリドやフェニル酢酸エチルなどは試薬会社でも発売されており、特に問題がない化合物です。ただフェニル酢酸はまだしもフェニルアセトン実はほとんど発売されていないのです。

え、なんでこれがいけないのと思うかもしれないですが、これをつくって多量に所有していると最悪警察に捕まります。中枢興奮作用のあるメタンフェタミンやアンフェタミンの原料となるからです。

反応の原料としてはカルボニルのα位に求電子剤を導入したり、最近話題の脱炭酸型反応のベンジルラジカル中間体など考えられます。たくさん合成しないように気をつけてください。

PAH

多環芳香族炭化水素(Polycyclic Aromatic Hydrocarbons:PAHs)はベンゼン環が2つ以上連なった化合物です。ナフタレンやアントラセンもその一部ですが、一般的にはもう少しベンゼン環が多いものをいいます。それぞれベンゼン環の数によって特徴的な蛍光を示すため、誘導化して蛍光材料としても利用できます。

またピレンやペリレンなどは最近の炭素材料ブームから、分子で表すことができる分子ナノカーボンの最小骨格としても知られていおり、より大きな基本単位であるPAH類の合成や、この骨格をもった合成反応が多数報告されています。

コレ自体が問題が有るわけではなく、この一部の化合物に問題が有るんですね。

それが、上記にあげた、ベンゾ[α]ピレンやクリセン、ベンゾ[α]アントラセンなどのPAH。

とくにベンゾ[α]ピレンは、原因も明確にわかっている悪者です。酸化反応により以下のようなベンゾピレンジオールエポキシドが生成し、これがDNAなど求核剤(攻撃側)のよい受け手(求電子剤)になるんですね。つまり、DNAが修飾されてしまうので、がんの発生率が格段にあがります。

一見して、PAHだからと使いがちに思うかもしれませんが、絶対に使わないでください。

ニトロピレン

上記で安全な(とはいっていないですが)PAHとしてあげた、ピレンもニトロ基がつくと話は別。強力な発がん性をもつ化合物として知られています。ピレンをニトロ化して、それを違う化合物に変えていく…そんなこと有機合成の世界ではありそうではないでしょうか?危険なので気をつけてくださいね。

ビスフェノールA

悪い意味でとっても有名なので、名前ぐらいは知っていると思いますが、ビスフェノールAと申します。一見して「普通の化合物」にみえますが、個体は粉塵爆発も起こしやすいですし、内分泌攪乱化学物質として知られている化合物です。

こんなもん作らねえよ。という言葉が聞こえてきそうですが、さあどうやってできるのでしょう。答えは、2つのフェノールと、アセトンから酸触媒反応でできます。

「実験室でフェノールがたくさんこびりついたガラス器具を酸やアセトンで洗浄する。」

なんだかありそうな状況ですね。特に女性の方は気をつけてください。

ナフチルアミン・トルイジン

めちゃめちゃ危険な発がん性化合物です。ただ、問題な化合物はナフチルアミンとトルイジンでなく、正確にはβ-ナフチルアミン(2-ナフチルアミン)と、オルトトルイジン。接頭語でアミノ基(-NH2)の位置が違うんです。例えば、パラトルイジンはなんの問題もありません。これらがなぜ危険なのかは以前の記事(オルト−トルイジンと発がんの関係)にて述べています。

有機合成の現場でも、アニリン誘導体の代わりに(実際いくつか使っている論文をみたことある)ちょっと構造を変えてみようと思って作ってしまった。なんてことがありそうなので気をつけてくださいね。ほとんど大声を挙げないある教授が、作ってしまったポスドクにブチギレしていたのを思い出します。

まとめ

化合物はどれが危険かわからないときが往々にしてあります。みなさま実験をするときは必ず、手袋・実験メガネ・白衣の3点セットを忘れずに。

他のコラボレーション記事(全10回予定)

第一回有機合成に活躍する器具5選
第二回:実験でよくある失敗集30選
第三回使っては・合成してはイケナイ化合物  (本記事)
第四回お前はもう死んでいる:不安定な試薬たち
第五回:もう別れよう:化合物を分離・精製する
第六回第一手はこれだ!:古典的反応から最新反応まで
第七回第一手はこれだ!:古典的反応から最新反応まで2
第八回第一手はこれだ!:古典的反応から最新反応まで3
第九回:研究を加速する最新機器紹介
第十回:ものづくりのコツ

リケラボプロフィール

本記事はリケラボとのコラボレーション記事です。リケラボは理系の知識や技術をもって働くみなさんのキャリアを応援するWEBメディアです。
研究職をはじめとする理系人の生き方・働き方のヒントとなる情報を発信しています。
理想的な働き方を考えるためのエッセンスがいっぱいつまったリケラボで、人・仕事・生き方を一緒に考え、自分の理想の働き方を実現しませんか?

webmaster

投稿者の記事一覧

Chem-Station代表。早稲田大学理工学術院教授。専門は有機化学。主に有機合成化学。分子レベルでモノを自由自在につくる、最小の構造物設計の匠となるため分子設計化学を確立したいと考えている。趣味は旅行(日本は全県制覇、海外はまだ20カ国ほど)、ドライブ、そしてすべての化学情報をインターネットで発信できるポータルサイトを作ること。

関連記事

  1. 分子レベルでお互いを見分けるゲル
  2. 【イベント】「化学系学生のための企業研究セミナー」「化学系女子学…
  3. ケミストリー四方山話-Part I
  4. 有機合成にさようなら!“混ぜるだけ”蛍光プローブ3秒間クッキング…
  5. 表裏二面性をもつ「ヤヌス型分子」の合成
  6. 「次世代医療を目指した細胞間コミュニケーションのエンジニアリング…
  7. 酸化反応を駆使した(-)-deoxoapodineの世界最短合成…
  8. 【追悼企画】化学と生物で活躍できる化学者ーCarlos Barb…

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. パラジウム価格上昇中
  2. 陰山 洋 Hiroshi Kageyama
  3. 【書籍】すぐにできる! 双方向オンライン授業 【試験・評価編】
  4. 固体高分子電解質の基礎、材料技術と実用化【終了】
  5. アメリカ大学院留学:卒業後の進路とインダストリー就活(2)
  6. 【日本精化】新卒採用情報(2024卒)
  7. 藤田 誠 Makoto Fujita
  8. タキサン類の全合成
  9. TPAP(レイ・グリフィス)酸化 TPAP (Ley-Griffith)Oxidation
  10. (–)-Spirochensilide Aの不斉全合成

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2020年1月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  

注目情報

最新記事

超塩基に匹敵する強塩基性をもつチタン酸バリウム酸窒化物の合成

第604回のスポットライトリサーチは、東京工業大学 元素戦略MDX研究センターの宮﨑 雅義(みやざぎ…

ニキビ治療薬の成分が発がん性物質に変化?検査会社が注意喚起

2024年3月7日、ブルームバーグ・ニュース及び Yahoo! ニュースに以下の…

ガラスのように透明で曲げられるエアロゲル ―高性能透明断熱材として期待―

第603回のスポットライトリサーチは、ティエムファクトリ株式会社の上岡 良太(うえおか りょうた)さ…

有機合成化学協会誌2024年3月号:遠隔位電子チューニング・含窒素芳香族化合物・ジベンゾクリセン・ロタキサン・近赤外光材料

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年3月号がオンライン公開されています。…

日本化学会 第104春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part3

日本化学会年会の付設展示会に出展する企業とのコラボです。第一弾・第二弾につづいて…

ペロブスカイト太陽電池の学理と技術: カーボンニュートラルを担う国産グリーンテクノロジー (CSJカレントレビュー: 48)

(さらに…)…

日本化学会 第104春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part2

前回の第一弾に続いて第二弾。日本化学会年会の付設展示会に出展する企業との…

CIPイノベーション共創プログラム「世界に躍進する創薬・バイオベンチャーの新たな戦略」

日本化学会第104春季年会(2024)で開催されるシンポジウムの一つに、CIPセッション「世界に躍進…

日本化学会 第104春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part1

今年も始まりました日本化学会春季年会。対面で復活して2年めですね。今年は…

マテリアルズ・インフォマティクスの推進成功事例 -なぜあの企業は最短でMI推進を成功させたのか?-

開催日:2024/03/21 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足の影…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP