[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

臭素もすごいぞ!環状ジアリール-λ3-ブロマンの化学

[スポンサーリンク]

簡便かつ高収率で環状ジアリールλ3ブロマンを合成する手法が開発された。調製したλ3ブロマンは弱塩基と求核剤を作用させるだけで、遷移金属を用いないC–OおよびC–N結合形成が可能である。

環状ジアリール-λ3-ブロマン

超原子価ヨウ素は、穏やかで化学選択性の高い酸化特性を有し、また入手が容易であることから有機合成で広く用いられる。この超原子価ヨウ素の類縁体である超原子価臭素は、臭素の高い電気陰性度とイオン化ポテンシャルから超原子価ヨウ素を超える高い反応性が期待できる。しかし、超原子価臭素はその調製の難しさから、十分に研究されていない。ジアリール-λ3-ブロマンの合成例としては、1952年にSandinとHayらが報告したジアゾニウム塩をもつアリールブロミドの熱分解法[1]がある(図1A)。また、1980年にNesmeyanovらが報告したBrF3を用いた配位子交換による調製法[2]も知られている。これらの調製法は、過酷な反応条件かつ低収率、もしくは試薬(BrF3)の高い毒性により汎用性に乏しかった。今回、ストラスブール大学のWencel-Delordらは、亜硝酸tert-ブチルを用いた簡便で汎用性の高い環状ジアリール-λ3-ブロマンの調製法を開発した(図1B)。
著者らは環状ジアリール-λ3-ブロマンが、弱塩基との反応において環状ジアリール-λ3-ヨーダンとは異なる挙動を示すことを見いだした(図1C)。環状ジアリール-λ3-ブロマンは弱塩基を作用させるとアラインが生成し、遷移金属フリーで求核剤と反応し、メタ位選択的にC–OおよびC–N結合を形成する。一方、環状ジアリール-λ3-ヨーダンを同様の条件に付してもアラインは生成しない。

図1. (A) 環状ジアリール-λ3-ブロマンの合成法 (B) 今回の研究(C) 環状ジアリール-λ3-ブロマンのアライン生成

 

Cyclic Diaryl λ3-Bromanes as Original Aryne Precursors

Lanzi, M.; Dherbassy, Q.; Wencel-Delord, J. Angew. Chem., Int. Ed. 2021, 60, 14852–14857. DOI: 10.1002/anie.202103625

論文著者の紹介


研究者: Joanna Wencel-Delord
研究者の経歴:
–2007 B.S., National School of Chemistry in Rennes, France
2007–2010 Ph.D., University Rennes 1, France (Prof. Christophe Crévisy and Prof. Marc Mauduit)
2011–2012 Postdoctoral fellow, University of Münster, Germany (Prof. Frank Glorius)
201             2–2013 Temporary Assistant Prof., University of Strasbourg, France (Prof. Philippe Compain)
2013– Associated Scientist II, University of Strasbourg, France (Prof. Françoise Colobert)
研究内容:軸不斉の制御、C–H活性化、光触媒

論文の概要

著者らはアミノ基を有するアリールブロミド1に亜硝酸tert-ブチルおよびブレンステッド酸を作用させると環状ジアリール-λ3-ブロマン2を合成できることを見いだした(図2A)。異なるブレンステッド酸を用いることで、2のカウンターアニオンは自在に変更可能である(2a2c)。
調製したブロマン2は弱塩基を作用させることで容易にアラインを生成する。この性質を利用して、炭酸セシウム存在下、ブロマン2とカルボン酸を反応させると遷移金属フリーでメタ位選択的にC–O結合を形成できる(図2B)。本反応は電子求引基を有するカルボン酸や嵩高いカルボン酸にも適用可能である(3a, 3b)。また、求核剤としてアミンを用いた場合も同様に反応は進行するが、メタ置換体(3c, 3d)だけでなくオルト置換体(4c, 4d)も生成する。
C–O結合形成の推定反応機構を示す(図2C)。まず、炭酸イオンにより2からプロトンが引き抜かれアライン5が生成する。続いて、カルボキシアニオンがメタ位選択的に求核攻撃し中間体6を与える。最後に6がブロマン2または炭酸水素イオンからプロトンを引き抜くことで3が生成する。また、2からプロトンが引き抜かれる場合はアライン5が新たに生成する。

図2. (A) 環状ジアリール-λ3-ブロマンの調製法 (B) C–OおよびC–N結合形成の基質適用範囲 (C) 推定反応機構

以上、環状ジアリール-λ3-ブロマン2を高収率かつ簡便に調製する手法が開発された。また、環状ジアリール-λ3-ブロマン2に対する遷移金属フリーのC–OおよびC–N結合形成反応が報告された。今回の研究が環状ジアリール-λ3-ブロマン2の研究の促進剤となることを期待する。

 参考文献

  1. Sandin, R. B.; Hay, A. S. Stable Bromonium and Chloronium Salts. J. Am. Chem. Soc. 1952, 74, 274–275. DOI: 10.1021/ja01121a524
  2. a) Nesmeyanov, A. N.; Vanchikov, A. N.; Lisichkina, I. N.; Lazarev, V. V.; Tolstaya, T. P.; Dokl.  Akad. Nauk SSSR 1980, 255, 1136–1140. b) Nesmeyanov, A. N.; Vanchikov, A. N.; Lisichkina, I. N.; Grushin, V. V.; Tolstaya, T. P. Dokl. Akad. Nauk SSSR 1980, 255, 1386–1389. c) Nesmeyanov, A. N.; Vanchikov, A. N.; Lisich-kina, I. N.; Khruscheva, N. S.; Tolstaya, T. P. Dokl. Akad. Nauk SSSR 1980, 254, 652–656. d) Farooq, U.; Shah, A. A.; Wirth, T. Hypervalent Bromine Compounds: Smaller, More Reactive Analogues of Hypervalent Iodine Compounds. Angew. Chem., Int. Ed. 2009, 48, 1018–1020. DOI: 10.1002/anie.200805027
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 2010年人気記事ランキング
  2. 少量の塩基だけでアルコールとアルキンをつなぐ
  3. 100年前のノーベル化学賞ーフリッツ・ハーバーー
  4. 「高分子材料を進化させる表面・界面制御の基礎」
  5. 名もなきジテルペノイドの初の全合成が導いた構造訂正
  6. MDSのはなし 骨髄異形成症候群とそのお薬の開発状況 その1
  7. 気になるあの会社~東京エレクトロン~
  8. シグマトロピー転位によるキラルα-アリールカルボニルの合成法

注目情報

ピックアップ記事

  1. Ti触媒、結合切って繋げて二刀流!!アルコールの脱ラセミ化反応
  2. 新規性喪失の例外規定とは?
  3. 軽くて強いだけじゃないナノマテリアル —セルロースナノファイバーの真価
  4. 韮山反射炉
  5. 水素原子一個で強力な触媒をケージング ――アルツハイマー病関連のアミロイドを低分子で副作用を抑えて分解する――
  6. クオラムセンシング阻害活性を有する新規アゾキシアルケン化合物の発見―薬剤耐性菌の出現を抑える感染症治療薬への応用に期待―
  7. 洗浄ブラシを30種類試してみた
  8. 未解明のテルペン類の生合成経路を理論的に明らかに
  9. 銅中心が動く人工非ヘム金属酵素の簡便な構築に成功
  10. ベンジジン転位 Benzidine Rearrangement

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2021年8月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

粉末 X 線回折の基礎知識【実践·データ解釈編】

粉末 X 線回折 (powder x-ray diffraction; PXRD) は、固体粉末の試…

異方的成長による量子ニードルの合成を実現

第693回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院理学系研究科(佃研究室)の髙野慎二郎 助教にお願…

miHub®で叶える、研究開発現場でのデータ活用と人材育成のヒント

参加申し込みする開催概要多くの化学・素材メーカー様でMI導入が進む一…

医薬品容器・包装材市場について調査結果を発表

この程、TPCマーケティングリサーチ株式会社(本社=大阪市西区、代表取締役社長=松本竜馬)は、医…

X 線回折の基礎知識【原理 · 基礎知識編】

X 線回折 (X-ray diffraction) は、原子の配列に関する情報を得るために使われる分…

有機合成化学協会誌2026年1月号:エナミンの極性転換・2-メチル-6-ニトロ安息香酸無水物(MNBA)・細胞内有機化学反応・データ駆動型マルチパラメータスクリーニング・位置選択的重水素化法

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2026年1月号がオンラインで公開されています。…

偶然と観察と探求の成果:中毒解毒剤から窒素酸化物を窒素分子へ変換する分子へ!

第692回のスポットライトリサーチは、同志社大学大学院理工学研究科(小寺・北岸研究室)博士後期課程3…

嬉野温泉で論文執筆缶詰め旅行をしてみた【化学者が行く温泉巡りの旅】

論文を書かなきゃ!でもせっかくの休暇なのでお出かけしたい! そうだ!人里離れた温泉地で缶詰めして一気…

光の強さで分子集合を巧みに制御!様々な形を持つ非平衡超分子集合体の作り分けを実現

第691回のスポットライトリサーチは、千葉大学大学院 融合理工学府 分子集合体化学研究室(矢貝研究室…

化学系研究職の転職は難しいのか?求人動向と転職を成功させる考え方

化学系研究職の転職の難点は「専門性のニッチさ」と考えられることが多いですが、企業が求めるのは研究プロ…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP