[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

糖のC-2位アリール化は甘くない

[スポンサーリンク]

スピン中心移動を利用したグリコシドのC-2位アリール化反応が開発された。基質適用範囲が広く、従来の手法では合成困難なアリールグリコシドが合成できる。

グリコシドのC-2位アリール化

糖類は生体内でタンパク質の活性や安定性、細胞内輸送などを司る。その多様な機能を解明するためには糖鎖や糖類縁体の合成法の確立は不可欠である。糖類を修飾する反応は盛んに研究されてきたが、O-グリコシル化やC-グリコシル化に代表されるアノマー位の変換反応と比較すると、C-2位の例は極めて少ない。
2012年Davisらは鈴木-宮浦カップリングを利用して、C-2位の分子間アリール化反応を初めて達成した[1]。この報告の後、溝呂木–Heck反応を利用したアリール化が数例報告されたが、いずれも基質は不飽和糖に限られていた (図1A)[2]。こうした不飽和糖へのアリール基の導入と対照的な手法として、Gandon、Messaoudiらは飽和糖C-2位のC(sp3)-Hアリール化反応を報告した。しかし、C-グリコシド結合で連結された配向基が必須であり、入手容易な糖誘導体のC-2位アリール化は依然として挑戦的な課題であった (図1B)[3]
最近、本論文の著者であるNgaiらは1,2-スピン中心移動 (1,2-SCS)を利用した、ハロゲン化糖のC-2位官能基化反応を開発した。パラジウム触媒存在下、可視光照射により発生したアノマー位のラジカルがC-2位に移動し、(重)水素もしくはヨウ素化が進行する (図 1C)[4]。今回彼らは、1,2-SCSを経るNi触媒を用いたグリコシドC-2位アリール化反応を開発した。本手法は基質適用範囲の広さが魅力であり、従来では合成困難であったC-2位アリールグリコシドを、入手容易なハロゲン化糖から一工程で合成できる。

図1. (A) 不飽和糖のC-2位アリール化、(B) 飽和糖のC-2位アリール化、(C) 1,2-SCSを経るC-2位変換

“Nickel-Catalyzed Radical Migratory Coupling Enables C-2 Arylation of Carbohydrates”

Zhao, G.; Yao, W.; Kevlishvili, I.; Mauro, J. N.; Liu, P.; Ngai, M. -Y. J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 8590–8596.

DOI: 10.1021/jacs.1c03563

論文著者の紹介

研究者:Ming-Yu Ngai

研究者の経歴:
2000–2003 B.Sc. in Chemistry, University of Hong Kong (Prof. Chi-Ming Che and Prof. Wai-Kin Chan)
2004–2008 Ph.D. in Chemistry, University of Texas at Austin (Prof. Michael J. Krische)
2009–2011 Postdoc, Stanford University (Prof. Barry M. Trost)
2011–2013, Postdoc, Harvard University (Prof. Tobias Ritter)
2013–2019 Assistant Professor, Stony Brook University
2019– Associate Professor, Stony Brook University

研究内容:フォトレドックス触媒開発および合成反応への応用、有機分子へのフッ素の導入

研究者:Peng Liu

研究者の経歴:
1999–2003 B.Sc. in Chemistry, Peking University (Prof. Wen Liu)
2004–2006 M.Sc. in Chemistry, University of Guelph (Prof. John D. Goddard)
2006–2010 Ph.D. in Chemistry, University of California, Los Angeles (Prof. Kendall N. Houk)
2010–2014 Postdoc, University of California, Los Angeles (Prof. Kendall N. Houk)
2014–2019 Assistant Professor, University of Pittsburgh
2019– Associate Professor, University of Pittsburgh

研究内容:量子化学計算による反応機構解析および触媒開発

論文の概要

本反応はNi/dtbbpy触媒存在下、イソプロピルアルコールと炭酸セシウムを添加し、ブロモ糖1とアリールボロン酸をカップリングさせることで、目的のC-2位アリールグリコシド2を与える(図 2A)。本反応はトリフェニルアミン(1a)やチオアニソール (1b)など種々のボロン酸が利用できる。また、フランのようなヘテロ環を含むグリコシド (1c)にも適用でき、ピバロイル基をもつ場合(1d)には、高いジアステレオ選択性で2が得られる。また、ザルトプロフェン、フェブキソスタット、プロベネシド、アダパレンといった医薬品誘導体を基質とした場合にも良好な収率で2を与える。
反応機構は次のように提唱されている(図 2B)。まず、Ni触媒Iとアリールボロン酸のトランスメタル化により錯体IIが生じる。IIがハロゲン化糖IIIの臭素原子を引き抜くことで、二価のNi種とグリコシルラジカルIVが生成する。次に五員環遷移状態IVを経て1,2-SCSが起こり、Vが得られる。続いて、Ni種にC-2位のラジカルが付加してVIを与える。還元的脱離により、VIから目的のC-2位アリール化体が生成し、一価のNiが再生することで触媒サイクルが完結する。本文では異なる反応機構の可能性も言及されている (詳細は論文参照)。

図 2. (A) 基質適用範囲、(B) 推定反応機構

 

以上、1,2-SCSを経るNi触媒を用いたグリコシドのC-2位アリール化反応が開発された。合成終盤において有効である本手法は、新たな糖類の変換反応として糖化学に貢献しうる。今後は本触媒系を利用した他の官能基化が待たれる。

参考文献

  1. Cobo, I.; Matheu, M.; Castillón, S.; Boutureira, O.; Davis, B. G. Phosphine-free Suzuki-Miyaura Cross-Coupling in Aqueous Media Enables Access to 2-C-Aryl-Glycosides. Org. Lett.. 2012, 14, 1728–1731. DOI: 10.1021/ol3003139
  2. Ghouilem, J.; Franco, R.; Retailleau, P.; Alami, M.; Gandon, V.; Messaoudi, S.; Regio- and diastereoselective Pd-catalyzed synthesis of C2-aryl glycosides. Chem. Commun. 2020, 56, 7175–7178. DOI: 10.1039/D0CC02175J
  3. Probst, N.; Grelier, G.; Dahaoui, S.; Alami, M.; Gandon, V.; Messaoudi, S. Palladium(II)-Catalyzed Diastereoselective 2,3-Trans C(sp3)–H Arylation of Glycosides. ACS Catal. 2018, 8, 7781–7786. DOI: 1021/acscatal.8b01617
  4. Zhao, G.; Yao, W.; Mauro, J. N.; Ngai, M.-Y. Excited-State Palladium-Catalyzed 1,2-Spin-Center Shift Enables Selective C‐2 Reduction, Deuteration, and Iodination of Carbohydrates. J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 1728−1734. DOI: 10.1021/jacs.0c11209
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 電子実験ノートSignals Notebookを紹介します ①
  2. Sim2Realマテリアルズインフォマティクス:データの乏しさを…
  3. シグマアルドリッチ器具・消耗品大特価キャンペーン【2018年3月…
  4. SFTSのはなし ~マダニとその最新情報 前編~
  5. 研究室の安全性は生産性と相反しない
  6. 100 ns以下の超高速でスピン反転を起こす純有機発光材料の設計…
  7. 第8回 FlowSTシンポジウム
  8. アルカリ金属でメトキシアレーンを求核的にアミノ化する

注目情報

ピックアップ記事

  1. MEDCHEM NEWS 32-2号 「儲からないが必要な薬の話」
  2. 【書籍】タンパク質科学 生物物理学的なアプローチ
  3. 陰山 洋 Hiroshi Kageyama
  4. 第103回―「機能性分子をつくる有機金属合成化学」Nicholas Long教授
  5. 1,3-ジエン類のcine置換型ヘテロアリールホウ素化反応
  6. AI解析プラットフォーム Multi-Sigmaとは?
  7. ベテラン研究者 vs マテリアルズ・インフォマティクス!?~ 研究者としてMIとの正しい向き合い方
  8. カーボンナノチューブをふりかえる〜Nano Hypeの狭間で
  9. ミドリムシが燃料を作る!? 石油由来の軽油を100%代替可能な次世代バイオディーゼル燃料が完成
  10. 2009年度日本学士院賞、化学では竜田教授が受賞

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2021年8月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

第18回 Student Grant Award 募集のご案内

公益社団法人 新化学技術推進協会 グリーン・サステイナブルケミストリーネットワーク会議(略称:JAC…

杉安和憲 SUGIYASU Kazunori

杉安和憲(SUGIYASU Kazunori, 1977年10月4日〜)は、超分…

化学コミュニケーション賞2024、候補者募集中!

化学コミュニケーション賞は、日本化学連合が2011年に設立した賞です。「化学・化学技術」に対する社会…

相良剛光 SAGARA Yoshimitsu

相良剛光(Yoshimitsu Sagara, 1981年-)は、光機能性超分子…

光化学と私たちの生活そして未来技術へ

はじめに光化学は、エネルギー的に安定な基底状態から不安定な光励起状態への光吸収か…

「可視光アンテナ配位子」でサマリウム還元剤を触媒化

第626回のスポットライトリサーチは、千葉大学国際高等研究基幹・大学院薬学研究院(根本研究室)・栗原…

平井健二 HIRAI Kenji

平井 健二(ひらい けんじ)は、日本の化学者である。専門は、材料化学、光科学。2017年より…

Cu(I) の構造制御による π 逆供与の調節【低圧室温水素貯蔵への一歩】

2024年 Long らは、金属有機構造体中の配位不飽和な三配位銅(I)イオンの幾何構造を系統的に調…

可視光活性な分子内Frustrated Lewis Pairを鍵中間体とする多機能ボリルチオフェノール触媒の開発

第 625 回のスポットライトリサーチは、名古屋大学大学院 工学研究科 有機・高…

3つのラジカルを自由自在!アルケンのアリール-アルキル化反応

アルケンの位置選択的なアリール-アルキル化反応が報告された。ラジカルソーティングを用いた三種類のラジ…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP