[スポンサーリンク]

ディスカッション

自動車の電動化による素材・化学業界へのインパクト

[スポンサーリンク]

EV普及の動きは拡大し、テスラだけでなく現在ほとんどの自動車会社が小型から高級モデルまでの何らかのEVを発売しています。EV普及で産業の構造が変わるとよく言われていますが、その変化は分野に大きく依存することは言うまでもありません。そこで化学業界において、具体的にどのような製品の需要が増減するか考えてみました。

前置き

本記事ではエンジンが搭載された従来の自動車とEV(Electric Vehicle:電気自動車)の構造を比較して、どんな部材が必要なくなる/新たなに必要になるかを見ていきます。広義の電気自動車ではToyota Priusのようなエンジンもモーターも搭載しているハイブリッド車も含まれますが、ここではNissan LEAFのようなエンジンを搭載していないタイプ(BEV:Battery Electric Vehicle)を電気自動車とします。両者を比較するときにはエンジンやバッテリーなど動力に関わるユニットがよく注目されますが、自動車には動く機能だけでなく、乗員を守る機能や車内を快適にする機能も備わっており、一見、電動化で変化しなさそうな部品についても、本当に影響が無いのか考えていきます。

原動機

まず、電動化により自動車を動かす動力は、燃料を燃焼させるエンジンに取って代わってバッテリーに貯めた電気で動くモーターとなります。すると、もちろんエンジンは搭載されないのでエンジンに使われている部材は必要なくなります。第一に、燃料であるガソリンや軽油は必要ありませんし、エンジン内を循環して潤滑や冷却、清浄分散、防錆防蝕といったエンジンを保護するためのエンジンオイル不必要になります。

エンジンオイルの流れとその役割を解説

またこれらの液体が通る流路は複雑で、金属部品同士の接続部にはパッキンやガスケットといったシール材が使われています。振動や高温といった過酷な条件でも流体が漏れないようにするために、各流体や部品に適した素材でシール材が製造されていますが、こちらも必要なくなります。またエンジンは、燃料の燃焼によって運動エネルギーを得ていますが、その排出されたガスを浄化するために貴金属触媒が使われています、またディーゼルエンジン車では加えて排ガスに尿素水を噴射しSCR触媒でNOxの分解を行っている車もあります。電気自動車からは排ガスが出ないので、こういった触媒も必要ありません。

NOx浄化用触媒システムの解説

ここまで、必要ないものを挙げていきましたがエンジンに関連する部材で残るものもあり、一つは冷却液です。多くの自動車ではエンジンのオーバーヒートを防ぐために冷却液を循環させていますが、テスラをはじめとする一部のEVでは、バッテリーを冷やすために冷却液が使用されています。バッテリーは熱に対して敏感であり、高温に長時間曝されると放電容量が低下し劣化が早まる事象が確認されています。バッテリーの劣化は不可逆的であるため、修理はバッテリー自体を交換する高価で大掛かりな作業となります。そうならないために冷却液によって温度をコントロールし、性能低下を防いでいるようです。冷却液には、氷点下でも凍結しないようにエチレングリコールが使われている他、錆を防ぐ防食剤や冷却効率を高める消泡剤が添加されています。現状、エンジンに使われる冷却液と同じものが使われていますが、EVの進化によっては別の化合物が使われるようにあるかもしれません。熱伝導率が高く経済性に優れた冷却材料は水であり、冷却効率を向上させる開発の伸びしろは不明ですが、バッテリー自体やその冷却構造の変化を転機として新しい冷却材料の開発機会があるかもしれません。

Tesla車にも使えることを謳っている冷却液(出典:Valvoline

ではEVにおいて必要になるのは、バッテリーモーターです。正確に言えば、バッテリーとして鉛電池とモーターであるオルタネーターもエンジン車にも搭載されていますが、EVに使われる物よりも小さく、補助的な意味合いが強い部品となっています。一方、EVではこれらは動力源であり、なるべく長い航続距離を走れるようにバッテリーやモーターの開発が進められています。バッテリーについては、全固体型電池の実用化が本格化しており、モーターについてもより高効率を目指して開発が進んでいるため、電解質や電極、磁性材料の開発には各社大きなリソースが割かれていると予想されます。

日本電産のモーターラインナップと採用実績

新しく必要になる部品としてインバーターがあります。バッテリーから取り出される電気は直流ですが、EVで使われるモーターは交流で動くタイプのため変換が必要です。この変換を担うのがコンバーターであり、パワーデバイスとしてマテリアルサイエンスの分野で効率の高いデバイスの研究が進んでいます。また補助的に必要になる部材として冷却油が挙げられます。モーターやインバーターも発熱するため冷却する必要があり、絶縁性を考えて油が使用される場合もあるようです。ただし、エンジンオイルのように潤滑や清浄分散性能は必要ないため、モーターの保護における役割はエンジンオイルほど大きくはないように思えます。

エンジン車とEVの動力を比較して必要なくなるもの、新たに必要なものをざっと挙げてみましたが、液体や気体とそれに関連する部材がなくなり、電気に関連する部材が新たに必要になるような印象を受けました。

ドライブトレイン、足回り

次に発生された回転エネルギーがタイヤに伝わって車体が動くところまでを追って見ていきます。エンジン車にはトランスミッションがあり低速時においてトルクを増幅させていますが、EVに搭載されているモーターは、トルクを増幅させる必要がないのでトランスミッションは装備されていないことが多いようです。ただし、モーターの回転数そのままで駆動させると実用的でないので、ギア比固定の減速機で回転数を落として駆動システムに伝えています。また、電気使用の効率を上げるためにEV専用のトランスミッションを搭載している車もあります。トランスミッションはエンジン車では重要な部品ですが、EVでは脇役として面が強いように感じます。ただ、役割が小さくなっても何かしらのギアがある限り、ギア同士の摩耗や、固定部と可動部の間の摩擦が発生するため、金属材料とその表面処理の開発は今後も必要であると考えられます。

ZFが開発したEV向け2速トランスミッション(出典:ZFプレスリリース

トランスミッションから先、ドライブシャフト、ホイールとタイヤ、減速するためのブレーキ、路面からの衝撃や振動を吸収して車体を安定させるサスペンションなどが装備されていますが、EVでも大きな違いはないようです。ただタイヤについてはEV独特の小さな走行音によりロードノイズが逆に気になってしまったり、低重心かつ重い車両質量、モーター駆動による高トルクでの加速性能の高さにより、摩耗しやすい問題があり、これらに対処したEV向けのタイヤも発売されております。ブレーキはもちろん必要ですが、モーターで発電して減速させることができるので、ブレーキの役割が軽くなるようです。また各社は、EV化に乗じて新しい構造のブレーキを開発しているようです。

ブリジストンのEV向けタイヤ、低抵抗、高い静粛性、耐摩耗性を謳っている。(出典:ブリジストン

ドライブトレイン、足回りについては、原動機ほど大きな違いはありませんでしたが、タイヤやブレーキのように今はエンジン車と兼用でもEV独特の短所長所があり、それ活かしたりカバーする製品を開発している動きもあり、今後さらにEVの割合が多くなってくると、直接電動化に関係なくても新製品の機会として開発が進む可能性もあります。

内外装

ボディ、窓ガラス、シート、ハンドル、ダッシュボード、メーター、スイッチ類など、見た目や乗員の快適性のための装備、安全性を守る装置などもEVにおいて変わりません。バッテリーのところでは触れませんでしたが、EVも駆動用のバッテリーとは別に鉛電池を搭載していて、これはヘッドライトやウインカー、オーディオなどの電装系はエンジン車と同様に12Vで動くようになっているため、従来の鉛電池から電気を供給する必要があるからのようです。ただしこちらもタイヤやブレーキと同様に、EVの割合が多くなってくると、EV専用のパーツの開発が進むかもしれません。また車全体に電気関係の配線が多くなってくると、直接電気が関係ない部材やメンテナンス器具でも漏電のリスクを考えて絶縁性能が求められることも考えられます。

空調に関して、車内の温度を下げるときは、エンジンとベルトで繋がったコンプレッサーが冷媒を圧縮しそれを低圧にすることで送風を冷やし、温度を上げるときは、エンジンの熱で暖められた冷却水で送風を暖めるようにエンジンを活用した空調になっています。一方、EVでは、ヒートポンプや電熱線で温度を調整しています。同じカーエアコンでも機構が異なると使用される冷媒も異なるようで、ダイキンではEV向け冷媒開発を開始したことが発表されました。

エンジン車の冷房の仕組み

続々と発表されるEVは近未来的なダッシュボードになっており、ディスプレイが多用されています。また最新の運転支援システムも搭載しているようで、電子機器が数多く搭載されているようです。車内の環境は電子部品にとって過酷で、低高温、湿気、振動などに長時間耐える必要があります。そのため車載電子部品に関わる材料開発はより重要になると考えられます。

まとめると、エンジンに関連する部材がEVでは使われなくなり、その分でバッテリー、モーターを中核に電気で動くような部材が必要になることが分かりました。自動車の電動化による素材・化学業界へのインパクトとタイトルを付けましたが、一般的な内容をまとめた記事になってしまった気がします。問題は、電動車の割合が今後どのような増え方をするかで、政府の政策、電気のインフラなどいろいろなことが関係しており、専門家が提示する予測値はバラバラです。その中で各社は開発の推進と製造への投資のタイミングを見計らっていると思われます。開発の順番として、機械的、電気的な構造が始めに決まり、そこに要求される性能の目標値を達成するために素材の開発が行われることが多いですが、逆に素材の卓越したパフォーマンスから構造が決まっていき、新しい製品が開発されることが化学の開発としては理想だと思います。現状の性能に満足せず、EVに関連したいろいろな分野でイノベーションが生まれることを期待します。

関連書籍

[amazonjs asin=”4860435230″ locale=”JP” title=”ポストリチウムに向けた革新的二次電池の材料開発”] [amazonjs asin=”4753623084″ locale=”JP” title=”遷移金属酸化物・化合物の超伝導と磁性 (物質・材料テキストシリーズ)”]

関連リンク

 

Avatar photo

Zeolinite

投稿者の記事一覧

ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

関連記事

  1. 冬虫夏草由来の画期的新薬がこん平さんを救う?ーFTY720
  2. 酵素の分子個性のダイバーシティは酵素進化のバロメーターとなる
  3. 有機合成化学協会誌2020年5月号:特集号 ニューモダリティ;有…
  4. 元素周期 萌えて覚える化学の基本
  5. 高活性、高耐久性を兼ね備えた世界初の固体鉄触媒の開発
  6. 2011年人気記事ランキング
  7. ビール好きならこの論文を読もう!
  8. 「糖鎖レセプターに着目したインフルエンザウイルスの進化の解明」ー…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 第93回日本化学会付設展示会ケムステキャンペーン!Part II
  2. デス・マーチン酸化 Dess-Martin Oxidation
  3. 副反応を起こしやすいアミノ酸を迅速かつクリーンに連結する
  4. 複雑なアルカロイド合成
  5. ニセ試薬のサプライチェーン
  6. 「2010年トップ3を目指す」万有製薬平手社長
  7. ファイザーがワイスを買収
  8. ダルツェンス縮合反応 Darzens Condensation
  9. 第52回「薬として働く人工核酸を有機化学的に創製する」和田 猛教授
  10. 第99回日本化学会年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part II

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2021年8月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

アクリルアミド類のanti-Michael型付加反応の開発ーPd触媒による反応中間体の安定性が鍵―

第622回のスポットライトリサーチは、東京理科大学大学院理学研究科(松田研究室)修士2年の茂呂 諒太…

エントロピーを表す記号はなぜSなのか

Tshozoです。エントロピーの後日談が8年経っても一向に進んでないのは私が熱力学に向いてないことの…

AI解析プラットフォーム Multi-Sigmaとは?

Multi-Sigmaは少ないデータからAIによる予測、要因分析、最適化まで解析可能なプラットフォー…

【11/20~22】第41回メディシナルケミストリーシンポジウム@京都

概要メディシナルケミストリーシンポジウムは、日本の創薬力の向上或いは関連研究分野…

有機電解合成のはなし ~アンモニア常温常圧合成のキー技術~

(出典:燃料アンモニアサプライチェーンの構築 | NEDO グリーンイノベーション基金)Ts…

光触媒でエステルを多電子還元する

第621回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域(魚住グループ)にて…

ケムステSlackが開設5周年を迎えました!

日本初の化学専用オープンコミュニティとして発足した「ケムステSlack」が、めで…

人事・DX推進のご担当者の方へ〜研究開発でDXを進めるには

開催日:2024/07/24 申込みはこちら■開催概要新たな技術が生まれ続けるVUCAな…

酵素を照らす新たな光!アミノ酸の酸化的クロスカップリング

酵素と可視光レドックス触媒を協働させる、アミノ酸の酸化的クロスカップリング反応が開発された。多様な非…

二元貴金属酸化物触媒によるC–H活性化: 分子状酸素を酸化剤とするアレーンとカルボン酸の酸化的カップリング

第620回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院工学研究院(本倉研究室)の長谷川 慎吾 助教…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP