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日本人化学者インタビュー

第30回「化学研究の成果とワクワク感を子供たちにも伝えたい」 玉尾皓平教授

 

5年前に福山透先生(現・名大教授)からはじめたこの研究者のインタビューも、今回で30回目

50回、100回、200回と続けていきたいと思いますが、節目となった今回は特別インタビューとして、玉尾皓平先生(研究顧問、グローバル研究クラスタ長・京大名誉教授・元日本化学会会長)にお願致しました。玉尾先生は、クロスカップリング反応の走りとなる熊田・玉尾・コリューカップリング反応玉尾・フレミング酸化などの有機人名反応の開発やケイ素化学その材料への応用などの化学研究で著名な化学者です。また、元素の役割を理解し有効活用する、「元素戦略」研究を推進しのみならず、一般的にも「一家に一枚周期表」の配布など元素の理解と普及に多大な貢献をされています。

Chem-Stationとしては、玉尾先生が日本化学会会長であった際に、「若い研究者の交流を図る会をつくって欲しい」と要望をいただき、 現在の「ケムステイブニングミキサー」の開催に至ったことでもお世話になっています。ケムステ代表およびスタッフの嘆願により実現した本インタビュー。お忙しいところ、日本のジャーナル活性化も含め、多くの質問に答えていただきました。それでは御覧ください!

 

Q. あなたが化学者になった理由は?*1

私は、1942年香川県生まれ、1949年から1961年まで、香川県の西の端の観音寺市(1955年の町村合併以前は三豊郡一ノ谷村)で小中高に通い、その後、京都大学工学部合成化学科に入学、京都で40数年間を過ごし、10年前の2005年に東京に移り住みました。

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観音寺市

なぜ私が化学の道に進んだか、その理由は生まれてから大学に進むまでの10数年間の香川での生活に秘められていますね。家庭、自然、恩師、時代の四つの要因を振り返ってみましょう。

内科小児科医の父と薬剤師の母は二人だけで看護婦も居ない小さな開業医として子供たち5人を育ててくれました。終戦直後であったため、我が家は開業医とはいえ貧乏で、麦やサツマイモの沢山入ったご飯しか食べられませんでしたが、自然いっぱいの中で遊んだ楽しい思い出は尽きません。ほとんどの野菜類は自給自足、苗床作りから始めていろいろな花も咲かせました。溜池や小川ではゲンゴロウやアメンボウ、フナやドジョウ、イモリなどと戯れ、その土手はワラビやツクシの宝庫でした。小中6年間は昆虫採集に明け暮れ、四国の蝶はほとんど採集、標本にしました。そして家では、薬ビンの棚のある薬局で調剤をする母の傍らで薬包紙を包む手伝いをしたものでした。重曹 NaHCO3 はドイツ語でナトリウムビカルボナートというのだということ、そして重曹を、庭で採れた夏みかんを搾ったジュースに少し加えてラムネを作り、酸に重曹を加えると炭酸ガスが出るのだ、というようなことを自然に覚えたことでした。普通の理科好き子どもに、家庭で化学が+アルファされたようです。

小中高の理科、化学、数学の素晴らしい先生方に恵まれました。剣山や石鎚山に昆虫採集旅行に連れて行ってくれたのは中学校の先生方です。中学校では植物採集が大好きな先生に、そして高校では黒板に完璧な円をチョークで描く数学の先生に、それぞれ3年間担任してもらい、理系生徒に仕立て上げてもらいました。数学は幾何の問題が大好きでした。補助線がひらめいた時のあの快感が好きなのですね。化学の道に進んだ後の、新しい研究テーマがひらめく時の快感には共通点があります。高校では化学部ではなく、美術部に入って、石膏デッサンや油絵を大いに楽しんだものです。化学も好きだけど、建築にも興味がありました。

時代は戦後復興の真っ只中、そして世界的な科学技術勃興の最中にありました。小学校入学の年、1949年に湯川英樹博士が、わが国初のノーベル賞(物理学賞)を受章し、教室には湯川博士の写真が飾られ、皆さんも将来はノーベル賞をもらえるように頑張りましょう、と鼓舞されたものでした。中学校の先生は江崎ダイオードが発明されました、と紹介されました。中学生だった1957年にはソ連の人工衛星スプートニクが打ち上げられ、明けがたに我が家の屋根に上って、中天をスーッと進む光跡を追い、興奮したことでした。高校の化学の教科書にはわが国初の合成繊維ビニロンの発明者桜田一郎博士のことが書かれていました(今の教科書にももっとそういう我が国の成果をもっと取り入れてほしいものです)。そして、高校に特別講演に来られた愛媛大学の先生から、プラスチックの時代到来の話を聴き、僕も新しいプラスチックを作るぞ、と心躍らされたことでした。モノは無くても元気の出る時代でした。

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そして、大学入試、建築にしようか、化学にしようかと、悩みましたが、高度成長期に新設された合成化学科に入り、建築デザインではなくて、分子や反応をデザインしてきました。四つの要因の相乗効果が化学の道に進ませてくれたのでしょう。

翻って、今の子どもたち、中高生を取り巻く環境は半世紀以上も前の私の時代とは全く異なっています。私の子ども時代、テレビも冷蔵庫も洗濯機も炊飯器も洗濯機もありませんでした。この50年間に発達普及してきたものです。パソコン、デジカメ、ケータイ、スマホなどに至れば、ほんのここ10数年の革命的な技術革新によるものです。この最先端科学技術の果実を享受している子どもたち、若者たちに、発展の歴史や機能の仕組みなどとともに、私が子供時代に感じたあの「ワクワク感」を伝えていくのが私たち研究者たちの責務でしょう。科学技術の新たな発見を先生たちは教室で直に伝えて共に喜んでほしいものです。家庭では親子で科学技術を語れる機会を持ってほしい。そのための良い教材を提供するのも私たち研究者の務めでしょう。家庭、自然、恩師、時代の4要素が、これからの子どもたちにもプラスに働くことを願っています

*1以上の内容は、日本化学会「化学だいすきクラブ」ニューズレターの巻頭言「私が化学を選んだ理由」(2012年秋号)の内容を、許可を得て、再録・一部改訂したものです。ご許可いただいた化学会に感謝申し上げます。

 

Q. もし化学者でなかったら、何になりたいですか?またその理由は?

上記のように、建築家でしょうね。東京に住むようになって、洗練された巨大都市デザインには圧倒され、こんな仕事に参画できたら楽しかろうな、と今でもしばしば羨ましく思います。そんなデカイことはできないので、小さな分子デザイン、反応デザインとともに、時折、ロゴマークのデザインなどを楽しんでいます。たとえば、京大化研時代の「京大COE元素科学拠点」や「元素科学国際研究センター」のロゴマークは私がデザインしたものです(下図)。

Elements Science のE とSを元素から構築して元素一個共有したり、上下に半分重ねて構造体を形成するイメージです。EとSは、上下半分重ねた後も、元のアルファベットがちゃんと形を保っている希な組み合わせなのだ、という小さな発見も喜びの一つなのですね。他愛無いですね、、、でも、この「元素科学」はその後「元素戦略」へと発展したので、コンセプトを表現したこれらのデザインは私としては、とても大切にしています。

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玉尾先生がデザインしたロゴマーク

 

Q. 概して化学者はどのように世界に貢献する事ができますか?

あまりにも教科書的な質問ですね、、、「電子」「原子」「分子」の3基本要素を操り、物質を「創る」「並べる」「観る」「測る」の4基本操作の総合力で「新たな物質を生み出し続けること」が化学の使命、それによって、世界の、環境・資源・エネルギー、情報・通信、ライフサイエンス分野の課題解決に貢献する、というのが教科書的、模範的な回答でしょうね。ただ、その貢献が、一般社会から正当に評価されていないのではないか、科学者・化学者はもっと、理解増進に努力すべきだ、との、2011国際化学年のNature誌(2011、469、January 6 DOI: 10.1038/469005a)の主張、応援メッセージは、同感です。社会のための科学者・化学者、社会における科学者・化学者の意識をこれまで以上に自覚し、清く正しい社会の一員としての研究者として、美しい研究、美しい成果を出し続けることで、化学者は世界に貢献しえるのでしょう。

研究生活を終えつつある立場としては、私たちが中心となって、2005年に作成した「一家に1枚周期表」や、化学会など4団体が2013年に制定した「化学の日」活動などを通して、引き続き、科学(化学)の理解増進・啓発活動には努力していきたい。

これとて、やっぱり他愛ないですね、、、

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Q. あなたがもし歴史上の人物と夕食を共にすることができたら誰と?またその理由は?

玉尾なら当然、メンデレーエフではないかと大方が思うかもしれないので、まずはその期待に沿ってみましょう。

「いつ、どんなきっかけで、周期性に気づき、またデータ集積・解析のどの時点で、確信を持てましたか?きっと、“よっしゃ!”と机をたたいてよろこんだことでしょうね?」

サンクトペテルブルグの美しい白夜を窓越しに愛でながら、ウオッカを流し込みつつ、、、。

もう一人、実はずっと気になっているのが、江戸幕府最後の将軍、徳川慶喜

「300年続いた江戸幕府を閉じる決意、いかなる信念を持って決意したのですか?本に書けないような話も聞かせて、、、」

何事も始めるのにはもちろん勇気は必要だが、むしろ止める勇気と信念とタイミングの方がはるかに難しい。日本史上最大の人物の一人ともいえる徳川慶喜さんから、寿司屋のカウンターで、美味い酒でも呑み交わしながら、、、。

 

Q. あなたが最後に研究室で実験を行ったのはいつですか?また、その内容は?

助手を16年間務めた苦労人、と言われることもありますが、自由な時間をフルに使って実験に明け暮れていました。その後、助教授になっても、49歳ごろまでは数名の学生さんたちと一緒の小さな部屋で実験をしていました。

最後ではないが、それに近い実験で記憶に残っているのは、Org. Synth.誌に収録してもらったの反応です*2。(i-PrO)Me2SiCH2MgCl とシクロヘキサノンの反応後、炭素-ケイ素結合の過酸化水素酸化切断を施し、求核性 HOCH2 化剤として用いる反応です。比較的大スケールで2,3回繰り返して再現性を確認した実験です。この元になる炭素-ケイ素結合の過酸化水素酸化反応は、40歳頃に自分で開発したもので、高い原料のオクチルシラン誘導体を安いオクタノールに変換する反応を連日繰り返していました。その酸化反応の標準実験法として完成させた思い出深い実験ですね。

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Organic Synthesesの反応式

*2: “Nucleophilic Hydroxymethylation of Carbonyl Compounds: 1-(Hydroxymethyl)cyclohexanol.” Org. Synth. 199069, 96. DOI: 10.15227/orgsyn.069.0096

 

Q.もしあなたが砂漠の島に取り残されたら、どんな本や音楽が必要ですか?1つだけ答えてください。

本を読んだり、音楽を聞いたりする余裕はないと思います。そこからどうすれば抜け出せるのか、もし抜け出せないのであれば、いかにして死にゆくのかと思えば、それまでの思い出で頭の中は満ち溢れ、心地よい幸せな時間を過ごすことになるでしょう。これを私は

振り返れば一瞬という名の打ち出の小槌

と表現しています。

 

Q. 次にインタビューをして欲しい人を紹介してください。

村井眞二先生:”I know everything.” あのすべてを俯瞰的に、独自の視点で見通せる感性はどのようにして培われたのか、、、ぜひ、聞かせてほしい。

 

「化学会のジャーナル2誌、Bull. Chem. Soc. Jpn.(BCSJ)と Chem. Lett.(CL)が変わった!もっと前へ進めよう! 

 私は、現在、日本化学会の「ジャーナル戦略委員会」委員長も務めています。その立場からの、会員の皆さん方へのご理解、ご支援のお願いです。

3年前から、BCSJ,CLの両誌は、科研費:研究成果公開促進費「国際情報発信強化(A)」の援助を受け、国際的リーディングジャーナルの仲間入りを果たすべく、編集部の総力をあげて取り組んでいます。海外の大手出版社などの助けを借りることなく、国際レベルに引き上げるには、会員の皆さん、特に若い会員の皆さんのご理解とご協力、積極的な引用、投稿などが必須です。というより、皆さん方がその気になれば、すぐにでもインパクトファクターIFは一気に上昇します。IF至上主義ではありませんが、このアップを目指すのが現実的な取組みなのです。

 既に、両誌合同の編集体制強化、high impact 招待論文・アカウンツ・レビュー作戦、Websiteのリニューアル、Focus CollectionやDiamond Collection などのテーマ別特集サイト(Virtual Journal)、注目論文を集めた CSJ Journal Selects Vol. 2 の発行、Thomson Reuter社との提携および化学会独自の各種お知らせサービスなど、これまでにない、論文PR大作戦を展開中です。CSJ Journal Selects Vol. 2は今年(2015年)10月に全会員に化工誌と一緒に配布しました。Author index、Keyword indexも完備していますので、論文作成時に容易にそこから最適引用論文を探し出せます。ぜひ座右の友として、活用ください。

今後、このChem-Station でも、BCSJ, CL両誌のリーディングジャーナル化への取組みも紹介していただけることになりました。ぜひ、注目論文などのタイムリーな発信にご注目ください。

若い研究者の皆さんの意識をほんの少しだけでもBCSJ, CL両誌に注いでいただくだけで、必ず国際誌の仲間入りができます。「我らが化学会は国際レベルの一流誌を発刊しているのだ」という誇りと自信を一緒に取り戻しましょう!

化学会ジャーナル Website にもぜひアクセスしてください。

 

玉尾皓平教授の経歴

2015-11-11_00-37-13京都大学名誉教授・理化学研究所 研究顧問、グローバル研究クラスタ長。1965年京都大学工学部合成化学科卒業後、同大学院工学研究科に進学、1970年博士課程退学後、同大学助手(熊田誠教授)となる。1971年工学博士。1973年ニューヨーク州立大学(John. J. Eish教授)博士研究員を経て、1986年京都大学工学部合成化学科助教授(伊藤嘉彦教授)、1993年に京都大学化学研究所教授となる。2000年同研究所所長、2003年同研究所元素科学国際研究センター長を歴任した後、2005年京都大学名誉教授。同年、理化学研究所に移り、フロンティア研究システム長、2008年基幹研究所長を経て、現在に至る。専門分野は有機合成化学、有機金属化学、有機元素化学、機能性物質科学。受賞歴は、日本化学会賞(2002年)、東レ科学技術賞(2002年)、アメリカ化学会F.Sキッピング賞(2003年)、朝日賞(2003年)、向井賞(2004年)、紫綬褒章(2008年)、文化功労者(2012年)、有機合成化学協会特別賞(2013年)など多数。

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Chem-Station代表。早稲田大学理工学術院准教授。専門は有機化学。主に有機合成化学。分子レベルでモノを自由自在につくる、最小の構造物設計の匠となるため分子設計化学を確立したいと考えている。趣味は旅行(日本は全県制覇、海外はまだ20カ国ほど)、ドライブ、そしてすべての化学情報をインターネットで発信できるポータルサイトを作ること。

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