[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

白リンを超分子ケージに閉じ込めて安定化!

[スポンサーリンク]

white_phosphorus_3.gif

White Phosphorus Is Air-Stable Within a Self-Assembled Tetrahedral Capsule
Mal, P.; Breiner, B.; Rissanen, K.; Nitschke, J. R. Science 2009, 324, 1697. DOI: 10.1126/science.1175313

英ケンブリッジ大学・Jonathan Nitschkeらによる報告です。

自己組織化によって合成される超分子ケージ(カプセル)化合物は、現在世界中で活発に研究されています。 ケージ内部は、その外部とは異なる環境にあるのが通例で、例えば極めて反応性の高い不安定化学種でも、ケージ内部では安定に存在しうることなどが、多数示されています。

今回紹介するScience誌の報告は、超分子ケージ内に高反応性物質・白リンを閉じ込め安定化させた、という内容です。

白リン(white phosphorus)は、P4の化学式をもつ正四面体状分子です(冒頭図)。

酸素との反応性が極めて高く、60度で自然発火することが知られています。それゆえ、通常は水中で保存します。その危険度は、下の動画を見れば一目瞭然ですね。

 

 

こういう高い反応性を持つがゆえ、白リン弾は軍事兵器としても使われています。”white phosphorus”で画像検索をすれば、被害にあった人達の無残な写真が沢山出てきて、効果のほどはすぐに理解できるのですが・・・どれも結構なグロ画像なので、閲覧はあまりお勧めしません。

 

話がだいぶ逸れてしまいましたが、本論に戻りましょう。

今回の研究でNitschkeらは、独自に開発した超分子ケージを用いています。
以下に示す成分を混ぜて水中で加熱すれば、正四面体状の鉄錯体超分子ケージが組み上がります。ケージ内部は疎水的環境にあることが示されています[1]。

 

white_phosphorus_1.gif

 

このケージと白リン(=疎水性物質)を共存させれば、白リンがケージ内に取り込まれた化合物が高収率で得られてきます。

 

white_phosphorus_2.gif

一旦ケージに取り込まれた白リンは、大気中に4ヶ月放置しても変化がなかったそうです。ケージには大きな開口部があり、酸素と接触することは十分可能なようです。にも関わらずこれほどまでに安定化されるというのは興味深い事実といえます。論文では、酸化における合理的遷移状態がケージの大きさを超えてしまうために反応しないのでは、と考察されていました。

この分子にベンゼン(orシクロヘキサン)を加えると、白リンが有機層に抽出されてきます。一旦抽出されると容易に酸化されることは、NMR実験からも確認されています。しかしn-ヘプタンのような大きな溶媒分子を用いても、白リンは抽出されません。ケージ内でのゲスト交換(溶媒浸入)過程が上手く進むことも重要なようです。

科学的に面白い事実であるのは勿論ですが、「高反応性の危険な試薬を安全に運搬・使用可能にする」「毒劇物を吸着させて簡便に処理する」ためのジェネラルコンセプトとして捉えれば、応用観点からも意義深い研究成果と言えそうです。

この成果がそのままに実用化されるかどうかはともかく、こういった知見の蓄積が、巡り巡って便利な生活につながってくるわけですね。化学の限りない可能性を見た思いがします。

  • 関連論文
[1] Mal, P.; Schultz, D.; Beyeh, K.; Rissanen, K.; Nitschke, J. R. Angew. Chem. Int. Ed. 2008, 47, 8297. doi: 10.1002/anie.200803066

 

  • 関連リンク

リン – Wikipedia

White Phosphorus Tamed (Chemistry World)

Nitschke Group

White Phosphorous Can Be Safely Handled And Transported With New Technique (Science Daily)

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 印象に残った天然物合成 2
  2. 最終面接で内定をもらう人の共通点について考えてみた
  3. フリー素材の化学イラストを使ってみよう!
  4. シンクロトロンで実験してきました【アメリカで Ph.D. を取る…
  5. 分子研オープンキャンパス2022 参加登録受付中!
  6. 話題のAlphaFold2を使ってみた
  7. CSJジャーナルフォーラム「ジャーナルの将来像を考える」
  8. 第93回日本化学会付設展示会ケムステキャンペーン!Part II…

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 美しい化学構造式を書きたい方に
  2. フリーラジカルの祖は一体誰か?
  3. 香料:香りの化学3
  4. 米のヒ素を除きつつ最大限に栄養を維持する炊き方が解明
  5. フラノクマリン -グレープフルーツジュースと薬の飲み合わせ-
  6. 超難溶性ポリマーを水溶化するナノカプセル
  7. セントラル硝子、工程ノウハウも発明報奨制度対象に
  8. 第137回―「リンや硫黄を含む化合物の不斉合成法を開発する」Stuart Warren教授
  9. 第38回ケムステVシンポ「多様なキャリアに目を向ける:化学分野のAltac」を開催します!
  10. 基底三重項炭化水素トリアンギュレンの単離に世界で初めて成功

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2009年8月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31  

注目情報

最新記事

マリンス有機化学(上)-学び手の視点から-

概要親しみやすい会話形式を用いた現代的な教育スタイルで有機化学の重要概念を学べる標準教科書.…

【大正製薬】キャリア採用情報(正社員)

<求める人物像>・自ら考えて行動できる・高い専門性を身につけている・…

国内初のナノボディ®製剤オゾラリズマブ

ナノゾラ®皮下注30mgシリンジ(一般名:オゾラリズマブ(遺伝子組換え))は、A…

大正製薬ってどんな会社?

大正製薬は病気の予防から治療まで、皆さまの健康に寄り添う事業を展開しています。こ…

一致団結ケトンでアレン合成!1,3-エンインのヒドロアルキル化

ケトンと1,3-エンインのヒドロアルキル化反応が開発された。独自の配位子とパラジウム/ホウ素/アミン…

ベテラン研究者 vs マテリアルズ・インフォマティクス!?~ 研究者としてMIとの正しい向き合い方

開催日 2024/04/24 : 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足…

第11回 慶應有機化学若手シンポジウム

シンポジウム概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大…

薬学部ってどんなところ?

自己紹介Chemstationの新入りスタッフのねこたまと申します。現在は学部の4年生(薬学部)…

光と水で還元的環化反応をリノベーション

第609回のスポットライトリサーチは、北海道大学 大学院薬学研究院(精密合成化学研究室)の中村顕斗 …

ブーゲ-ランベルト-ベールの法則(Bouguer-Lambert-Beer’s law)

概要分子が溶けた溶液に光を通したとき,そこから出てくる光の強さは,入る前の強さと比べて小さくなる…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP