[スポンサーリンク]

一般的な話題

構造式を美しく書くために【準備編】

化学はとにかく「ビジュアル要素」が強い学問です。分かりやすい文章を書くだけでは「化学」を伝えるのに不十分であり、化学構造式に気を遣わない姿勢は、全く片手落ちといえるでしょう。

普段我々が何気なく見ている論文にしても、どれも整ったバランスで構造式が仕上がっています。綺麗な紙面は、それだけで論文を読むストレスを大幅に減らしてくれます。構造式のスタイルやレイアウト一つで、情報伝達の効率が格段に違うわけです。

そこで本シリーズでは、「見やすく整った化学構造式を書くための工夫」について紹介してみたいと思います。

まずはその【準備編】。普及版であるChemDrawを例にとりますが、無料ソフトのChemSketchMarvinSketchなどにも使えるような、基礎をメインに説明します。

化学構造式:情報伝達のための強力なツール

化学構造式ひとつには、結合・反応性・3次元配置など、かなり多くの情報が詰め込めます。場合によっては、解説テキストより重要と言っても過言では無いでしょう。読者によっては構造式しか追わない人もいるほどです。

たとえば以下の図は、とある全合成研究の紙面[1]。こんな長い合成経路、いちいち文章で説明してられませんよね。

 

chemformula_2

また超分子化学領域でも、とにかく構造式の作成にエネルギーが割かれます。化合物が複雑なので、美麗な図が作れないと何が何だか・・・となり、そもそも仕事内容からして伝わらないわけです。

chemformula_3

J.F.Stoddartスタイルの構造式。化学的な意味合いも込めて、色付きで描かれています。

これらの例を引くまでも無く、有機化学における構造式の使用頻度は高く、書き方に一家言お持ちの化学者は多くいらっしゃいます。構造式のスタイル・見やすさに心を砕いても砕きすぎることは無い、と筆者自身も思っています。

しかし経験が少なく書き慣れない学生さんや、構造式を書く機会に乏しい無機・物理化学領域の方であればどうでしょう。そもそも「どうやれば綺麗に書けるか分からない」人も多いのが現実ではないでしょうか?

 

ジャーナル指定スタイルで描いてみよう

描画ソフトを使い慣れない方は、デフォルトスタイルのまま描き続けていることが多いように思われます。実はこれでは、どうやっても綺麗な構造式に仕上げることができません。

この解決法は簡単で、「構造式スタイルシート」を使うようにすればOKです。ChemDrawの場合、[File]→[Open Style Sheetsとメニューを辿ると、ジャーナル推奨スタイルがプリインストールされていることが分かります。そもそも紙面に印刷して広く読んでもらう想定なので、整った万人向けスタイルにいずれも設定されています。

 

chemformula_1

 

とくに普段使いには、アメリカ化学会御用達・「ACS Documentスタイル」の使用をおすすめします。

フォントが構造式に比して大きめなので読みやすく、線の太さ・長さ・破線の間隔など総合的にみてバランスが良いからです。沢山詰め込んでも、押し出しが強くなりすぎないのも良いです。

このため、紙に印刷したり、全合成のように1ページに多くの構造式を示す目的に適している印象です。もちろん好みで他ジャーナルのスタイルを使っても良いと思います。

 

差は一目瞭然

差は一目瞭然

(論文[2]より引用)

 

とにかく目立つ!構造式を魅せる「Coreyスタイル」

ACSスタイルは万能なのですが、少し優等生的で悪く言えば面白みがありません。化合物を目立たせたり、大きな構造式を描いて見せたい機会も時には出てきます。

そんな用途にオススメなのが「Coreyスタイル」です。これはノーベル賞学者・E.J.Corey教授が自らの論文でACS推奨を無視して使い始めたフォーマットです。遠目からでも化学構造式が映えて見える、実に優れたスタイルです。目立つせいか、世界中にいる彼の弟子たちが好んで使っており、あちこちの論文で見かけるようになりました。筆者も論文上で一度使ってみた経験がありますが、実になかなか具合がよろしい(笑)。一度試してみるのも悪くないでしょう。

corey_font

 

このスタイルについては、Corey研出身の知人づてで詳細を知りましたので、設定法をここで示しておきます。

[File]→[Document Setting]と選んだあと、以下の様にパラメータを設定します。

 

chemformula_6

chemformula_7

②その後、[File]→[Save As]でファイルの種類を[Chem Draw Style Sheet(*.cds)]とし、[ChemDraw Itemsフォルダ]に保存します。

chemformula_8

 

③次からは[File]→[Open Style Sheets]で選べるようになります。

おまけ:自分で設定するのすら面倒というものぐさChemDrawユーザもいるでしょう。そんなのためにCoreyスタイル設定ファイル(corey_font.cds)を作ってみました。この場を借りて配布します。これを[ChemDraw Itemsフォルダ]に保存すればOKです。

ChemDrawiconcorey_font.cdsのダウンロード

ChemSketchやMarvinSketchなどでも、対応箇所のパラメータ設定を行えば同じスタイルで書けるはずです(確認はしてませんが・・・)。もちろんこのやり方で独自のフォーマットを作って保存しておくこともできます・・・が、ほとんどの場合は改悪になるので、よほどデザインセンスに自信のある人以外は止めておくのが無難でしょう(笑)

 

おわりに

さて、構造式の描画スタイル一つとっても、長年にわたる工夫があることが分かったと思います。「綺麗な構造式で魅せて欲しい!」これは世界共通の願いなのですね。

最近のジャーナルを眺めていると、崩れかかった化学構造式を見かけることが増えた気がします。ちゃんとしたジャーナルならば編集側の細やかな配慮があり、校正を行ったうえで一定のクオリティに仕上げて公開するものです。しかしオープンアクセスジャーナルの乱立・世界的な投稿数激増・編集コスト軽減などの諸現実を反映してか、そこまで手が回らないケースも多くなっているようです。

もちろん、読み手からは好ましくない現状です。「意味が伝わる限りは、評価に勘定しない」という建前ではいるものの、読者も人間です。やはり「見やすい図で論文を気持ちよく読みたい」と思うのは、これ人情というものでしょう。

先日のACS Catalysis誌にも、関連する心の叫び(?)が掲載されていました[2]。「指定のフォーマットを使ってくれ!」という短い主張ではありますが、文章の短さが逆に切実さを感じさせます。どこまで雑な投稿論文が多いのか?と勘ぐりたくもなりますね・・・。

今回の知識をもとに、整った構造式を描く実践的なコツをいずれ紹介してみたいと思います。

 

関連商品

 

関連文献

[1] Harutyunyan, S. R.; Zhao, Z.; den Hartog, T.; Bouwmeester, K.; Minnaard, A. J.; Feringa, B. L.; Govers, F. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 2008, 105, 8507. doi: 10.1073/pnas.0709289105
[2] Jones, C. W. ACS Catal. 2013, 3, 2194. DOI: 10.1021/cs400678e

 

関連リンク

The following two tabs change content below.
cosine

cosine

博士(薬学)。Chem-Station副代表。現在国立大学教員として勤務中。専門は有機合成化学、主に触媒開発研究。 関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。 素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 当量と容器サイズでヒドロアミノアルキル化反応を制御する
  2. 高機能な導電性ポリマーの精密合成法の開発
  3. 立体選択的な(+)-Microcladallene Bの全合成
  4. 高機能・高性能シリコーン材料創製の鍵となるシロキサン結合のワンポ…
  5. 水入りフラーレンの合成
  6. サイエンスアゴラの魅力-食用昆虫科学研究会・「蟲ソムリエ」中の人…
  7. アルケンとニトリルを相互交換する
  8. 「医薬品クライシス」を読みました。

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 向山 光昭 Teruaki Mukaiyama
  2. 橋頭位二重結合を有するケイ素化合物の合成と性質解明
  3. 有機反応を俯瞰する ーヘテロ環合成: C—X 結合で切る
  4. 最も引用された論文
  5. 理化学研究所、植物の「硫黄代謝」を調節する転写因子を発見
  6. チチバビン反応 Chichibabin Reaction
  7. カルボニルトリス(トリフェニルホスフィン)ロジウム(I)ヒドリド:Carbonyltris(triphenylphosphine)rhodium(I) Hydride
  8. ヘキサン (hexane)
  9. ハートウィグ・宮浦C-Hホウ素化反応 Hartwig-Miyaura C-H Borylation
  10. OMCOS19に参加しよう!

関連商品

注目情報

注目情報

最新記事

アルキルアミンをボロン酸エステルに変換する

不活性C(sp3)–N結合をボリル化する初めての反応が開発された。入手容易なアルキルアミンから様々な…

生物の仕組みに倣う:背景と光に応じて色が変わる顔料の開発

第165回目のスポットライトリサーチは、名古屋大学大学院工学研究科 ・坂井美紀(さかい みき)さんに…

イミデートラジカルを用いた多置換アミノアルコール合成

イミデートラジカルを用い、一挙に多置換アミノアルコールを合成する方法が開発された。穏和な条件かつ位置…

ジェフリー·ロング Jeffrey R. Long

ジェフリー·ロング(Jeffrey R. Long, 1969年xx月xx日-)は、アメリカの無機材…

【なんと簡単な!】 カーボンナノリングを用いた多孔性ナノシートのボトムアップ合成

第 164 回目のスポットライトリサーチは東京大学大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻の森泰造 (…

「進化分子工学によってウイルス起源を再現する」ETH Zurichより

今回は2018年度のノーベル化学賞の対象となった進化分子工学の最前線でRNA・タンパク質工学を組み合…

PAGE TOP