[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

天然イミンにインスパイアされたペプチド大環状化反応

[スポンサーリンク]

スクリプス研究所・Phil S. Baranらは、天然に存在するペプチドのイミン環化過程にインスパイアされ、様々な構造を持つ大環状ペプチドを合成する手法を開発した。反応は水中で側鎖保護なしに進行する。生成したイミン(およびそれを還元したアミン)を足掛かりとし、機能性分子を結合させることもできる。

“Peptide Macrocyclization Inspired by Non-Ribosomal Imine Natural Products”
Malins, L. E.; deGruyiter, J. N.; Robbins, K. J.; Scola, P. M.; Eastgate, M. D.; Ghadiri, M. R.; Baran, P. S.* J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 5233. DOI: 10.1021/jacs.7b01624 (アイキャッチ画像は本論文より引用)

問題設定と解決した点

 分子量500~2000程度の中分子化合物は、タンパク-タンパク相互作用阻害などに代表される高難度創薬標的を狙える化合物として、近年需要が高まっている。中でもプロテアーゼ耐性が高く、膜透過性や薬物特性に優れる大環状ペプチドがとりわけ注目を集めている。

 Baranらは天然がつくり出す環状ペプチドを参考に、N末端アミンとC末端に導入したアルデヒドを直接環化させる方法によって、様々な大環状ペプチドへとアプローチする手法を開発した。原料はイミン体と平衡状態にあるが、これを適切な求核剤で捕捉することで平衡が生成物へと傾く(冒頭画像参照)。

技術と手法の肝

 非リボソームペプチド(non-ribosomal peptide)[1]は、高い構造多様性と様々な生物活性を持つことが知られている。その中には還元酵素経由でイミン環化を経るものが存在している。そのプロセスを参考にした本法で合成される環状ペプチドも、そのような優れた特性を秘める可能性を持つ。

冒頭論文より引用

 本法を実行するには、C末端にアルデヒドを有するペプチドを合成しなくてはならない。これはRinkアミドレジンを用いるFmoc固相合成法をアレンジすることで達成している。

主張の有効性検証

①環化反応条件の最適化

 環化反応は水中もしくは緩衝液中で進行する。最適濃度は1 mM。ペプチドの濃度を上げると分子間反応が進行したり、還元的アミノ化条件でアルデヒドが還元される副反応が起こる。原料のペプチドは-20℃で保管しても多量体を形成してしまう。しかしながらこれは平衡反応なので、1 mMの溶液にしてしばらく置いておくと解離し、問題なく後続の反応が進行するようになる。

②基質一般性

 Tyr, His, Ser, Asp, Arg, Gln, シスチン(Cys-Cys)等を含む5~10残基のペプチドに対し、ストレッカー型環化、還元的アミノ化環化がいずれも保護基フリーで進行した。Lysを含む基質であってもpHを調整してやれば、ほとんどN末のアミノ基が反応する。ただLys側鎖との反応も全く進行しないわけではなく、N末生成物との分離が難しい。Lysは保護したまま反応させるほうがベターではある。

適用基質の抜粋

③生体直交的な官能基導入

ストレッカー型反応では、13Cラベル化を簡単に行える。還元的アミノ化型反応では2級アミンが生成するので、そこを足掛かりとしてビオチン、アルキンタグの導入などが可能なことが実証されている。環化N末端のアミノ酸をCys、Ser、His、Trpなどにしておけばイミンが分子内でトラップされ、剛直な縮環構造に導くことも可能。

④アミノ酸配列が環化に与える影響

反応前と反応後のペプチドに対し温度可変NMRを取り、N-H結合の化学シフト推移から水素結合の度合を調べたところ、天然構造の非リボソームペプチドのほうが、人工的配列よりもペプチド内の水素結合が強く、また環化しやすいことが分かった。天然に存在する非リボソームペプチドは疎水性アミノ酸の含有率が多いため、疎水性相互作用も重要な役割を果たしていることが考察される。

コメント

  • 米製薬大手ブリストル・マイヤーズ・スクイブ(BMS)との共同研究である。ちなみにBMS社は2010年からペプチドリーム社と提携し、特殊環状ペプチド薬の臨床試験を昨年より開始している。

参考文献

  1. Schwarzer, D.; Finking, R.; Marahie, M. Nat. Prod. Rep. 2003, 20, 275. DOI: 10.1039/B111145K
Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 液晶の薬物キャリアとしての応用~体温付近で相転移する液晶高分子ミ…
  2. 抗生物質の話
  3. 有機合成化学協会誌2019年12月号:サルコフィトノライド・アミ…
  4. 速報! ノーベル物理学賞2014日本人トリプル受賞!!
  5. NMR化学シフト予測機能も!化学徒の便利モバイルアプリ
  6. ペプチドのらせんフォールディングを経る多孔性配位高分子の創製
  7. 脳を透明化する手法をまとめてみた
  8. 計算化学を用いたスマートな天然物合成

注目情報

ピックアップ記事

  1. タンパク質の構造ゆらぎに注目することでタンパク質と薬の結合親和性を評価する新手法
  2. 夏本番なのに「冷たい炭酸」危機?液炭・ドライアイスの需給不安膨らむ
  3. サントリー、ビールの「エグミ物質」解明に成功
  4. 細胞同士の相互作用を1細胞解析するための光反応性表面を開発
  5. アーウィン・ローズ Irwin A. Rose
  6. 化学産業のサプライチェーンをサポートする新しい動き
  7. ナタリー カロリーナ ロゼロ ナバロ Nataly Carolina Rosero-Navarro
  8. 天然の保護基!
  9. 有機リチウム試薬 Organolithium Reagents
  10. 化学者のためのエレクトロニクス講座~有機半導体編

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年7月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31  

注目情報

最新記事

位置・立体選択的に糖を重水素化するフロー合成法を確立 ― Ru/C触媒カートリッジで150時間以上の連続運転を実証 ―

第 659回のスポットライトリサーチは、岐阜薬科大学大学院 アドバンストケミストリー…

【JAICI Science Dictionary Pro (JSD Pro)】CAS SciFinder®と一緒に活用したいサイエンス辞書サービス

ケムステ読者の皆様には、CAS が提供する科学情報検索ツール CAS SciFind…

有機合成化学協会誌2025年5月号:特集号 有機合成化学の力量を活かした構造有機化学のフロンティア

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年5月号がオンラインで公開されています!…

ジョセップ・コルネラ Josep Cornella

ジョセップ・コルネラ(Josep Cornella、1985年2月2日–)はスペイン出身の有機・無機…

電気化学と数理モデルを活用して、複雑な酵素反応の解析に成功

第658回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院 農学研究科(生体機能化学研究室)修士2年の市川…

ティム ニューハウス Timothy R. Newhouse

ティモシー・ニューハウス(Timothy R. Newhouse、19xx年xx月x日–)はアメリカ…

熊谷 直哉 Naoya Kumagai

熊谷 直哉 (くまがいなおや、1978年1月11日–)は日本の有機化学者である。慶應義塾大学教授…

マシンラーニングを用いて光スイッチング分子をデザイン!

第657 回のスポットライトリサーチは、北海道大学 化学反応創成研究拠点 (IC…

分子分光学の基礎

こんにちは、Spectol21です!分子分光学研究室出身の筆者としては今回の本を見逃…

ファンデルワールス力で分子を接着して三次元の構造体を組み上げる

第 656 回のスポットライトリサーチは、京都大学 物質-細胞統合システム拠点 (iCeMS) 古川…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP