西田篤司(にしだ あつし、1954年– )は、日本の有機化学者。千葉大学名誉教授、千葉大学学術研究・イノベーション推進機構 特任教授。海綿動物や熱帯の植物、カビなどがつくる複雑な環をもつ窒素化合物(アルカロイド)を、新しい反応を開発しながら人工的に組み上げてきた。 2024年にも、千葉大学の共同研究者とともにホルミウム触媒やニッケル触媒を用いる合成反応の論文を発表している[12,15]。第21回ケムステVシンポ講師。
経歴
1977 北海道大学薬学部製薬化学科 卒業
1979 北海道大学大学院薬学研究科製薬化学専攻 修士課程修了
1979 帝京大学薬学部 助手(池上四郎教授)
1985 薬学博士(北海道大学、論文博士)
1985 マサチューセッツ工科大学(MIT)化学科 博士研究員(Rick L. Danheiser教授)
1986 北海道大学薬学部 助手(米光宰教授)
1990 北海道薬科大学 助教授(川原徳夫教授)
1996 千葉大学薬学部 助教授(中川昌子教授)
2001 千葉大学大学院薬学研究院 教授(薬品合成化学研究室)
2010 千葉大学大学院薬学研究院長(2012年まで)
2014 千葉大学 副学長(国際担当)
2016 千葉大学 副学長(国際・広報担当)
2017 千葉大学 副学長(国際・研究担当)
2020 千葉大学 学術研究・イノベーション推進機構 副機構長、のち同機構 特任教授(千葉大学名誉教授)
帝京大学の助手時代には、β-ラクタム系抗生物質であるチエナマイシンとモノバクタムの合成研究で博士号を取得した[注1]。MITで環形成反応で知られるダンハイザーのもとに留学したのち、北海道の二つの大学を経て千葉大学の中川昌子研究室に移り、含窒素天然物の全合成を本格的に進めた。教授就任後は研究室を率いるかたわら、薬学研究院長と副学長(国際・広報・研究担当)として大学運営にも携わった。
受賞歴
2004 日本薬学会学術振興賞(2004年度、日本薬学会)
2006 Lectureship Award, International Conference on Cutting-Edge Organic Chemistry in Asia(第0回、名古屋)[注2]
2009 Lectureship Award, 第4回 ICCEOCA(バンコク)
2011 Lectureship Award, 第6回 ICCEOCA(香港)
2013 Lectureship Award, 第8回 ICCEOCA(大阪)
2013 千葉大学優秀発明賞(2013年度、千葉大学)
2020 日本薬学会賞(2020年度、日本薬学会)
日本薬学会賞の受賞題目は「新規反応開発を基盤とする多環性天然物合成」である。フラン・イミニウムカチオン環化などの独自の反応を開発し、それを鍵としてナカドマリンA、マンザミン類、コプシア属アルカロイド、シゾコムニンなど骨格の異なる天然物を合成した一連の研究が対象となった。受賞記念の総説は薬学雑誌に掲載されている[1]。2004年度の学術振興賞の題目は「新規骨格構築法の開発と天然物合成への応用」で、薬学会賞はその延長上にある。千葉大学優秀発明賞は、セラミド誘導体を用いたゴルジ体を標識する蛍光プローブの発明に対するものである。
研究概要
自然界の生き物がつくる、環がいくつも組み合わさった複雑な窒素化合物を、フラスコの中で一から組み立てる研究である。設計図どおりに部品をつなぐ道具(反応)が足りなければ、まず道具そのものを新しくつくる。そうして合成した化合物を天然物と比べることで、報告されていた構造の誤りを正したこともある。
西田の研究は「新しい反応の開発」と「多環性天然物の全合成」を往復する形で進んできた[1]。標的は海綿由来のマンザミン類、熱帯植物コプシア属のインドールアルカロイド、病原性のカビがつくる色素など多岐にわたり、合成にはフラン・イミニウムカチオン環化、閉環メタセシス(RCM)、キラルな希土類錯体を用いた不斉ディールス・アルダー反応などを使い分けた。
フラン・イミニウムカチオン環化とマンザミン類の合成
マンザミンAは沖縄産の海綿から単離された抗腫瘍性アルカロイドで、β-カルボリンと多環性の骨格に大員環を組み合わせた構造をもつ[2]。同じ海綿由来の類縁体ナカドマリンAは、さらにフラン環を含む6環性の骨格をもつ。西田らは、フラン環がイミニウムカチオンを分子内で攻撃して環をつくる「フラン・イミニウムカチオン環化(FIC)」を開発し、これを鍵としてナカドマリンAの初の全合成を2003年に報告した[3]。翌2004年には天然型の(−)-ナカドマリンAの不斉全合成も達成している[4]。15員環の形成には第一世代Grubbs触媒による閉環メタセシスを用いた[1,3]。
FIC反応はマンザミンAの合成にも展開された。フラン環を4炭素の部品として骨格に組み込み、マンザミンAの合成前駆体であるイルシナールAを合成することで、マンザミンAの形式全合成に至った[5]。
コプシア属インドールアルカロイドの全合成
ランドリン類は、マレーシアの植物 Kopsia tenuis から単離されたシクロプロパン環をもつインドールアルカロイドで、メラノーマ細胞への細胞毒性と、抗がん剤への耐性を示すがん細胞で耐性を弱める作用が報告されている[6]。西田らは2014年にラセミ体のランドリンBの全合成を報告し[7]、2015年には不斉全合成によって天然物の絶対立体配置を決定した[8]。さらに同じ属の(+)-グランジロジンCと(+)-ラピジレクチンBを全合成し、絶対配置を決めた[9]。
シゾコムニンの全合成と構造改訂
シゾコムニンは、アレルギー性気管支肺真菌症の患者から分離されたスエヒロタケ(Schizophyllum commune)の培養液から1999年に得られた色素で、強い細胞毒性が報告されていた[10]。提唱構造はシンノリン環とオキシインドールが二重結合でつながったもので、二重結合の立体配置は未確定だった。西田らはE体・Z体の両方を合成したが、どちらも天然物のNMRデータと一致しなかった。そこで元の分光データを見直し、キナゾリノン骨格をもつ構造を提案した。市販の2-メチルキナゾリン-4(3H)-オンとイサチンから1段階で合成した化合物が天然物のデータと一致し、X線結晶構造解析でZ配置も確かめられた[10]。合成によって天然物の構造を改める、全合成の古典的な役割を示した例である。
キラル希土類錯体による不斉反応
全合成の効率を上げるため、西田らは不斉触媒の開発にも取り組んだ。イッテルビウム(III)とキラルなビナフチル系アミド配位子(BINAMIDE)からなる錯体を触媒に用い、ダニシェフスキー型ジエンと電子不足アルケンとのディールス・アルダー反応を高いエナンチオ選択性で進めた[11]。その後はホルミウム錯体を用いて、シロキシビニルインドールから四置換炭素をもつ光学活性ヒドロカルバゾールを合成する方法へと展開し、発光測定と密度汎関数理論(DFT)計算で反応機構を検討している[12]。ヒドロカルバゾールはインドールアルカロイドに共通する部分骨格であり、触媒開発は天然物合成と結びついている。
エピソード
- 2021年8月、第21回ケムステVシンポ「Grubbs触媒が導く合成戦略」で、「強力な合成ツールメタセシス:天然物合成にてどう使う?」と題して講演した(ケムステ)。
- 日本薬学会賞の受賞にあたり、ファルマシア誌の紹介記事は川端猛夫が執筆した。2022年には西田自身が、千葉大学の根本哲宏の学術振興賞受賞を紹介する記事を同誌に寄稿している[注4]。
- アジアの有機化学者の交流の場である Cutting-Edge Organic Chemistry in Asia の国際会議で、2006年から2013年にかけて4回の講演賞を受けた。副学長としては国際担当を長く務め、2014年には香港中文大学でアルカロイド全合成についてのセミナー講演を行っている[注5]。
- 薬品合成化学研究室は2023年4月に山次健三が教授として引き継いだ[注3]。
関連動画
関連文献&注釈
- Nishida, A. Yakugaku Zasshi 2021, 141, 985–994. DOI: 10.1248/yakushi.21-00054
- Sakai, R.; Higa, T.; Jefford, C. W.; Bernardinelli, G. J. Am. Chem. Soc. 1986, 108, 6404–6405. DOI: 10.1021/ja00280a055
- Nagata, T.; Nakagawa, M.; Nishida, A. J. Am. Chem. Soc. 2003, 125, 7484–7485. DOI: 10.1021/ja034464j
- Ono, K.; Nakagawa, M.; Nishida, A. Angew. Chem. Int. Ed. 2004, 43, 2020–2023. DOI: 10.1002/anie.200453673
- Tokumaru, K.; Ohfusa, T.; Arai, S.; Nishida, A. J. Antibiot. 2016, 69, 340–343. DOI: 10.1038/ja.2016.24
- Kam, T.-S.; Lim, K.-H.; Yoganathan, K.; Hayashi, M.; Komiyama, K. Tetrahedron 2004, 60, 10739–10745. DOI: 10.1016/j.tet.2004.08.091
- Hoshi, M.; Kaneko, O.; Nakajima, M.; Arai, S.; Nishida, A. Org. Lett. 2014, 16, 768–771. DOI: 10.1021/ol4034786
- Nakajima, M.; Arai, S.; Nishida, A. Chem. Asian J. 2015, 10, 1065–1070. DOI: 10.1002/asia.201403407
- Nakajima, M.; Arai, S.; Nishida, A. Angew. Chem. Int. Ed. 2016, 55, 3473–3476. DOI: 10.1002/anie.201510561
- Uehata, K.; Kimura, N.; Hasegawa, K.; Arai, S.; Nishida, M.; Hosoe, T.; Kawai, K.; Nishida, A. J. Nat. Prod. 2013, 76, 2034–2039. DOI: 10.1021/np400263f
- Sudo, Y.; Shirasaki, D.; Harada, S.; Nishida, A. J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 12588–12589. DOI: 10.1021/ja804430n
- Harada, S.; Sekino, S.; Inaba, M.; Okita, A.; Nemoto, T.; Arai, S.; Ohmagari, H.; Hasegawa, M.; Nishida, A. J. Org. Chem. 2024, 89, 8305–8310. DOI: 10.1021/acs.joc.4c00837
- Cheng, B.; Reyes, J. Nat. Prod. Rep. 2020, 37, 322–337. DOI: 10.1039/c9np00031c
- Filip, R.; Shaw, T. A.; Nishida, A.; Pezacki, J. P. MedChemComm 2019, 10, 985–990. DOI: 10.1039/c9md00138g
- Arai, S.; Nakazawa, K.; Yang, X.; Nakajima, M.; Harada, S.; Nishida, A. Org. Biomol. Chem. 2024, 22, 3606–3610. DOI: 10.1039/D4OB00380B
- 注1: 博士論文は「チエナマイシン及びモノバクタム抗生物質の合成研究」(北海道大学、1985年、乙第2768号)。国立国会図書館サーチ
- 注2: 名古屋での会議は主催側の開催一覧で「0th ICCEOCA」(2006年3月)と数えられており、第1回は同年10月の沖縄である。ICCEOCA開催一覧
- 注3: 千葉大学 薬品合成化学研究室
- 注4: 川端猛夫 ファルマシア 2020, 56, 353. DOI: 10.14894/faruawpsj.56.4_353/西田篤司 ファルマシア 2022, 58, 610. DOI: 10.14894/faruawpsj.58.6_610
- 注5: 香港中文大学 化学系セミナー案内(2014年9月)
関連リンク
- researchmap 西田篤司
- 千葉大学 大学院薬学研究院 薬品合成化学研究室
- 日本薬学会 日本薬学会賞 歴代受賞者
- ケムステ内:
- 第21回ケムステVシンポ「Grubbs触媒が導く合成戦略」を開催します!
- (-)-ナカドマリンAの全合成
- 神秘的な海の魅力的アルカロイド
- (+)-マンザミンAの全合成
- オレフィンメタセシス Olefin Metathesis
- 不斉ディールス・アルダー反応 Asymmetric Diels-Alder Reaction
- ロバート・グラブス Robert H. Grubbs
- リック・ダンハイザー Rick L. Danheiser
- ダンハイザー環形成反応 Danheiser Annulation
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