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化学物質MOCAでがん、4人労災

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ウレタン防水材の原料となる化学物質「MOCA(モカ)」を取り扱い、ぼうこうがんを発症したと申請した男性4人が労災と認定されたことが23日、分かった。支援する全国労働安全衛生センター連絡会議によると、モカを取り扱った労働者がぼうこうがんで労災認定されるのは初めて。 (引用:共同通信6月23日)

MOCAとは、4,4′-メチレンビス(2-クロロアニリン)のことで、別名のMethylene-bis-ortho-chloroanilineからMOCAと略されているようです。

MOCAの構造式

用途は、ポリウレタンの硬化剤でイソシアネートと混合することで尿素結合を形成しポリマー化します。

ヒドロキシ基とイソシアネート基の反応:R1-N=C=O + R2-OH → R1-NH-CO-R2

アミノ基とイソシアネート基の反応:R1-N=C=O + R3-NH2 → R1-NH-CO-NH-R3

ウレタン樹脂においては、イソシアネートにジオールを作用させて鎖長伸長、ポリマー化する方法が広く使われていますが、ポリマーの物性向上を狙って異なる硬化剤を添加することもあります。

ウレタンで使用される種々のイソシアネート

MOCAをはじめとするジアミンを添加した場合、硬化速度が速まったり、耐酸性・耐水性が向上したりすることが知られており、防水材、床材や全天候型舗装材に利用されるウレタン樹脂の硬化剤に添加されています。また、MOCAを使用することで弾性を持たせることができるため、研磨パッド、搬送機械用のソリッドタイヤ、除雪車のブレード、事務機器用部品などの製造でも使われています。

MOCAの安全性については古くから議論があり、1976年には特定化学物質障害予防規則(特化物)の特定第2類物質、特別管理物質に登録され、製造・取扱においては、密閉化または局所排気装置等の設置などの措置を必要となり、加えて作業記録、健康診断の結果を 30 年間保存することなどが義務付けられるようになりました。さらに、1991年にはTLV-TWA 0.01 ppm、1993年には許容濃度 0.005 ppmと設定され、経皮吸収による健康障害が明確に判明しています。2010年にはIARCによってグループ1(ヒトに対して発がん性がある)と設定されました。古くからMOCAの危険性が指摘されていたにもかかわらず、今、初めて労災認定がなされた理由ですが、その一つに非常に長い潜伏期間が挙げられ、近年になって労災が疑われる例が報告され始めているからだと推測されます。実際認定された4名の方は、ばく露開始から膀胱がん発症まで20年から45年までかかっています。記録によれば、特化物登録前のみMOCAを取り扱っていらした方もいらっしゃるようで、会社が法令遵守していたとしても健康被害が起きてしまったことになります。

労災認定された方の取扱から発症までの時系列

もちろん代替品が各社より製品化されていますが、ポリマーの安定性、加工容易性、物性バランスの良さから完全な置き換えには至っておらず、2014年の時点で2890トンが製造・輸入されているようです。イソシアネートとMOCAを混ぜて塗布して硬化させるため、製造現場だけでなく建築現場の作業員の方が暴露する可能性も高く、適切な保護具の使用して作業することが必須です。膀胱がん発症のメカニズムですが、オルト-トルイジンといった芳香族アミンと同様に、肝臓で代謝酵素により酸化されてヒドロキシルアミンとなり、それが膀胱内の酵素により活性化され DNA付加体を形成し、発がんを誘導すると考えられています。

芳香族アミンがDNAに付加されるまでの反応機構(引用:ケムステ過去記事

MOCAが広く使われていることから、労災認定はさらに増えていく可能性があります。作業記録、健康診断の結果を 30 年間保存すること等が義務られているのは追跡調査のためであり、自分の健康を守るためには少量の使用でも記録に残すことが重要です。化学物質による健康被害は、潜伏期間が極めて長いことがあり、急性毒性はなくても何十年後に被害が出ることもあります。最大の予防策は化学物質を全く使用しないことですが、現代社会においてそれは難しいことであり、どんな化学物質でも人体への暴露をなるべく避けることが最大の予防策ではないでしょうか。化学の発展が人間の健康に影響を与えることを再認識させられたニュースでした。

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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