[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

還元的にアルケンを炭素官能基で修飾する

[スポンサーリンク]

アルケンに二種類の求電子剤を一挙に導入する手法が開発された。還元的条件下、ニッケル触媒を用いることで位置選択的なアルケンの二炭素官能基化を可能にしている。

アルケンの分子間1,2-炭素官能基化反応

アルケンに二つの炭素官能基を一挙に導入する手法は高効率的に多様な化合物を合成することができる。

古典的な手法として、α,β-不飽和カルボニルに対する1,4-付加、生じるエノラートの捕捉による二炭素導入法が知られる。遷移金属触媒を用いた手法も知られており、古くは1982年のCatellani、ChiusoliらのPd触媒を用いたノルボルネンの1,2-炭素官能基化反応まで遡る1](図1Aa)。

2010年頃になってこの分野は大きく進展し、2011年Sigmanらは1,3-ジエンの、2016年にEngleらは二座配向基をもつアルケンの分子間1,2-炭素官能基化反応を報告した[2a,b](図 1Ab,c)。また、Liuら、BaranらはそれぞれTogni試薬やredox活性エステルを使い、アルキルラジカル生成を鍵とすることでアルケンの二炭素官能基化反応を開発した[2c,d](図 1Ad,e)

これらの報告は、形式的には炭素求核剤と求電子剤を用いいることで二つの異なる炭素官能基の導入に成功している。一方、二つの炭素求核剤を反応させる酸化的手法としては、Pd触媒存在下、スチレン及びジエンとアリールスズまたはアルケニルズズとの反応が知られるが、この反応形式では異なる炭素置換基の付加はできていない[2e](図1B)。

今回、チューリッヒ大学のNevado教授らはNi触媒を用いて、様々なアルケンに対し還元的に二種類の求電子剤を反応させる新たな反応形式二炭素官能基化を開発したので紹介する(図1C)。本手法では有機金属試薬を調製する必要がないため、反応の短工程化が可能といった利点がある。

図1.アルケンの1,2-二炭素官能基化反応

Nickel-Catalyzed Reductive Dicarbofunctionalization of Alkenes”

García-Domínguez, A.; Li, Z.; Nevado, C. J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 6835.

DOI: 10.1021/jacs.7b03195

論文著者の紹介

研究者:Cristina Nevado
研究者の経歴:
-2004 PhD, Autónoma University of Madrid (Prof. Antonio M. Echavarren)
-2007 Posdoc, Max-Planck-Institut für Kohlenforschung (Prof. Alois Fürstner)
-2013 Assistant Professor, University of Zürich
2013- Full Professor, University of Zürich
研究内容:反応開発、天然物の全合成、医薬品設計

論文の概要

Nevadoらは種々のアルケンにNi/dtbbpy触媒存在下、還元剤としてTDAE(tetrakis(dimethylamino) ethylene)を用いることで二種類の求電子剤(ヨウ化アリール、ヨウ化アルキル)を位置選択的に導入する手法を開発した(図2A)。

アリール基はアルケンのα位にアルキル基はβ位に導入される。また、配位性官能基を必要とするものの、様々な末端アルケンで反応が進行している(図 2B)。

位置選択性は想定反応機構に基づいて考えることができる(図2C)。

ここでは要点のみ述べるが、鍵となるのは、本反応がラジカル機構で進行する点と、反応中で生成するアルキルラジカルdの安定性である。

具体的には、系中で生じたNi(I)により3級ヨウ化アルキルから3級ラジカルcが発生する。cはアルケンと反応しdを与えるが、この際安定な2級ラジカルを生成する様にアルキルラジカルcはアルケンの末端炭素と結合する。これにより位置選択性が発現していると考えられる。

一方で、ヨウ化アリールはNi(0)と酸化的付加しaを生成する。このadとが反応してbを生成し、bから還元的脱離が進行することでアルキルアリール化体eが得られる。

形式論ではあるものの、本報告はアルケンの二炭素官能基化反応として、新たに還元的手法を提示した。現状適用可能なハロゲン化アルキルが3級ヨウ化アルキルに限られるが、今後の研究により基質一般性の高い改良法が開発されることに期待したい。

図2. アルケンの還元的1,2-二炭素官能基化反応

参考文献

  1. Catellani, M.; Chiusoli, G. P. Tetrahedron Lett. 1982, 43, 4517. DOI: 10.1016/S0040-4039(00)85642-7
  2. Selected examples. (a) Liao, L.; Jana, R.; Urkalan, K. B.; Sigman, M. S. J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 5784. DOI: 10.1021/ja201358b (b) Liu, Z.; Zeng, T.; Yang, K. S.; Engle, K. M. J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 15122. DOI: 10.1021/jacs.6b09170 (c) Wang, F.; Wang, D.; Mu, X.; Chen, P.; Liu, G. J. Am. Chem. Soc. 2014, 136, 10202. DOI: 10.1021/ja504458j (d) Qin, T.; Cornella, J.; Li, C.; Malins, L. R.; Edwards, J. T.; Kawamura, S.; Maxwell, B. D.; Eastgate, M. D.; Baran, P. S. Science 2016, 352, 801. DOI: 10.1126/science.aaf6123 (e) Urkalan, K. B.; Sigman, M. S. Angew. Chem., Int. Ed. 2009, 48, 3146. DOI: 10.1002/anie.200900218
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 有機合成化学協会誌2023年7月号:ジボロン酸無水物触媒・E-E…
  2. Spiber株式会社ってどんな会社?
  3. 映画007シリーズで登場する毒たち
  4. ヒドラジン合成のはなし ~最新の研究動向~
  5. 真空ポンプはなぜ壊れる?
  6. マテリアルズ・インフォマティクス適用のためのテーマ検討の進め方と…
  7. マイクロ空間内に均一な原子層を形成させる新技術
  8. ReadCubeを使い倒す!(2)~新着論文チェックにもRead…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 化学オリンピック:日本は金2銀2
  2. 野依 良治 Ryoji Noyori
  3. “かぼちゃ分子”内で分子内Diels–Alder反応
  4. 未来博士3分間コンペティション2021(オンライン)挑戦者募集中
  5. 軽くて強いだけじゃないナノマテリアル —セルロースナノファイバーの真価
  6. 未来のノーベル化学賞候補者(2)
  7. 「コミュニケーションスキル推し」のパラドックス?
  8. 「ラブ・ケミストリー」の著者にインタビューしました。
  9. Bayer/Janssen Rivaroxaban 国内発売/FDA適応拡大申請
  10. 安全なジアゾ供与試薬

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年7月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31  

注目情報

最新記事

7th Compound Challengeが開催されます!【エントリー〆切:2026年03月02日】 集え、”腕に覚えあり”の合成化学者!!

メルク株式会社より全世界の合成化学者と競い合うイベント、7th Compound Challenge…

乙卯研究所【急募】 有機合成化学分野(研究テーマは自由)の研究員募集

乙卯研究所とは乙卯研究所は、1915年の設立以来、広く薬学の研究を行うことを主要事業とし、その研…

大森 建 Ken OHMORI

大森 建(おおもり けん, 1969年 02月 12日–)は、日本の有機合成化学者。東京科学大学(I…

西川俊夫 Toshio NISHIKAWA

西川俊夫(にしかわ としお、1962年6月1日-)は、日本の有機化学者である。名古屋大学大学院生命農…

市川聡 Satoshi ICHIKAWA

市川 聡(Satoshi Ichikawa, 1971年9月28日-)は、日本の有機化学者・創薬化学…

非侵襲で使えるpH計で水溶液中のpHを測ってみた!

今回は、知っているようで知らない、なんとなく分かっているようで実は測定が難しい pH計(pHセンサー…

有馬温泉で鉄イオン水溶液について学んできた【化学者が行く温泉巡りの旅】

有馬温泉の金泉は、塩化物濃度と鉄濃度が日本の温泉の中で最も高い温泉で、黄褐色を呈する温泉です。この記…

HPLCをPATツールに変換!オンラインHPLCシステム:DirectInject-LC

これまでの自動サンプリング技術多くの製薬・化学メーカーはその生産性向上のため、有…

MEDCHEM NEWS 34-4 号「新しいモダリティとして注目を浴びる分解創薬」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

圧力に依存して還元反応が進行!~シクロファン構造を活用した新機能~

第686回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機化学第一研究室(鈴木孝…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP