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化学者のつぶやき

ペプチド縮合を加速する生体模倣型有機触媒

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2019年、ニューヨーク大学のParamjit S. Aroraらは、活性アシル中間体への求核付加遷移状態を安定化させる生体機構を参考に、ペプチド縮合を加速する生体模倣型有機触媒を開発した。

“Rational Design of an Organocatalyst for Peptide Bond Formation”
Handoko, Satishkumar, S.; Panigrahi, N. R.; Arora, P. S.* J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 15977-15985. doi:10.1021/jacs.9b07742

問題設定

ペプチド合成法として汎用される固相合成法は、1残基のペプチド鎖伸長に3~5当量の試薬を必要とする無駄の多い合成法である。そのため、カルボン酸を触媒的に活性化することによるアミド形成反応が必要とされている。カルボン酸エステル[1]や、その他非典型的な基質を用いた触媒的アミド形成[2]は今までに複数報告されているが、慣習的なペプチド合成に大きな影響を与えるには既存法のマイナーチェンジであることが重要である。

その仮説の元、著者らはペプチド固相合成に用いられるFmocアミノ酸を基質としたペプチド合成法の開発を目標とし、以下3点に基づいた触媒設計を行った。

  1. アミド形成反応において生じるテトラへドラル中間体は、生体内では酵素のオキシアニオンホールにより安定化される。
  2. 非リボソームペプチド合成では、カルボン酸はチオエステルとして活性化されることが多い。
  3. チオエステルは、ジスルフィドや三価のリン試薬から容易に調整できる[4]。

技術と手法の肝

触媒1は、著者らが2017年に報告したチオエステルからのアミド形成触媒であり、無触媒条件に比べて反応を1万倍加速する[3]。触媒中のチオールはチオール-チオエステル交換を起こし、触媒-チオエステル複合体を形成する。チオエステル複合体へのアミン求核付加によって生じるテトラへドラル中間体は、触媒のウレア部位によって安定化される。両者が最適な位置関係になるように、分子モデリングから構造最適化がなされている。三級アミンは塩基として働く。
今回の報告では、チオールより求核能・脱離能の高いセレノールを導入することで活性向上を期待している。

主張の有効性検証

①触媒構造の最適化

ジスルフィドと3価リンを用いてチオエステル合成を行う向山らの報告[4]に基づき、触媒1をジスルフィド化した1-Sとトリブチルホスフィン、基質としてp-トルイル酸とベンジルアミン(2当量)を用いて、アミド形成の検討を行った。

触媒1-Sを5mol%、トリブチルホスフィンを1.5当量加え、アセトニトリル溶媒中にて室温で反応を行ったところ、20分後に9%、4時間後に65%のアミド生成物を得た。触媒1-Sの硫黄をセレンへ置換した触媒1-Seを用いたところ、さらに反応性が改善し、20分後に36%のアミド生成物を得た。しかし1-Seを用いた場合、20~30分後以降の反応進行が遅くなるという問題があった。

セレノールからジセレニドへの酸化過程が遅いことがこの原因であると考え、触媒1-Seをリンカーで繋ぎ、ジセレニド形成過程を分子内反応化した触媒3a~3cを設計した。すると、触媒3aを用いた場合にもっとも高収率となり、70%前後まで収率が改善した。

②反応条件の最適化
  • リン

トリブチルホスフィンの酸化が反応効率に影響すると考え、酸化に安定なホスフィンを検討したが、反応は低収率にとどまった。トリブチルホスフィンと似た電気的性質を持つトリイソブチルホスフィンは似たような収率を示した。また、トリブチルホスフィンと似た立体的性質を持つP(OPh)3を用いたところ、反応は遅く、2時間で20%収率でしか目的のアミドは得られなかった。

これらの結果から、ターンオーバーにはリンの電気的性質が影響していると考えられる。立体障害の少ないホスフィンを用いることで改善できる可能性はあるが、同時に試薬がair sensitiveになってしまうため、トリブチルホスフィンを最適なリン試薬とした。

  • 溶媒

アセトニトリル、DMFどちらを用いた場合でも収率はほぼ変わらなかったが、DMFを用いた場合、反応速度は低下した。ウレアの水素結合と競合するためだと考えられる。

  • 脱水剤

用いる脱水剤により収率は大きく変化する。MS4Aが最もよい結果を示した。

  • ホスフィンの加え方

ホスフィンが酸化されるために過剰のホスフィンを用いる必要がある。3当量のホスフィンを用いると、99%収率で目的のアミドが得られた。一方、0.5当量ずつ加えると、1.5当量のホスフィンを加えたときに99%収率で目的のアミドが得られた。

③ 基質一般性

下記の条件にて基質一般性の評価を行っている。N末、C末のアミノ酸を様々に変えても目的のジペプチドは高収率で得られた。エピメリ化はAla-Alaで1%未満、Val-Alaで1%、Phe-Proで2%程度であった。

④ 固相合成法への応用

Fmocアミノ酸を1.1当量、触媒3aを5mol%用い、固相合成法でFmoc-FEKAG-NH2の合成を行っている。レジンからペプチド鎖を切り離しHPLCで純度を確認したところ、HBTU法で同じペプチドを合成した時と同程度の純度であることが確認された。

⑤ 反応機構解析・触媒サイクルの提唱

下記の実験事実に基づき、図の様な触媒サイクルを提唱している。脱離したセレニド(V)は空気中の酸素によって酸化され、触媒3aが再生する。この過程で生成する水はモレキュラーシーブによって捕捉される。律速過程は、セレン触媒の再酸化であると考えられる。

  1. [3a]は1次で反応速度に比例する。この実験事実から3aは1分子のみ反応に寄与していることが示唆された。
  2. カルボン酸が低濃度の場合、[カルボン酸]は1次で反応速度に比例する。高濃度の場合には飽和が見られることから、セレノエステル形成以降のステップが律速段階であると予想される。
  3. [アミン]は反応速度に0次で寄与する。すなわち、セレノエステルへのアミンの求核攻撃は十分に速い。Seの高い求核性と、PyBoPの反応機構から類推し、セレノエステルがアミド形成の中間体であると予想される。
  4. 溶媒をアセトニトリルからDMFへと変更すると反応速度が低下することから、ウレアによる水素結合が反応を加速していると考えられる。
  5. [Bu3P]は-0.5次で反応速度に比例する。セレン触媒の還元以外にも、触媒の再酸化阻害(赤)に関わっている可能性がある。

図は冒頭論文より引用

議論すべき点

  • それほど難しい基質は用いられていない印象。設計上、反応中心が込み入ってくるので、立体的に嵩高い部位での縮合は難しいのかも知れない。
  • アセトニトリル中で固相合成を行っているが、より長鎖ペプチドとなった場合に溶解性が問題になる。DMFでも反応は進行するが、遅い。
  • ジペプチド合成ではエピメリ化するため、純度を高めることを考えるならば配列を選ぶ必要がありそう。

参考文献

  1. Muramatsu, W.; Hattori, T.; Yamamoto, H. J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 12288. doi:10.1021/jacs.9b03850
  2. Nilsson, B. L.; Kiessling, L. L.; Raines, R. T. Org. Lett. 2000, 2, 1939. doi:10.1021/ol0060174
  3. Wu, H.; Handoko, Raj, M.; Arora, P. S. Org. Lett. 2017, 19, 5122. doi:10.1021/acs.orglett.7b02412
  4. Endo, T.; Ikenaga, S.; Mukaiyama, T. Bull. Chem. Soc. Jpn. 1970, 43, 2632. doi:10.1246/bcsj.43.2632
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cosine

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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