[スポンサーリンク]

一般的な話題

21世紀に入り「世界同時多発研究」は増加傾向に

[スポンサーリンク]

ケムステをはじめ、各所で取りざたされてきた「世界同時多発研究」。「一つのアイデアを思い付いたら、同じことを考えている人は、世界に3人居ると思え」と筆者の学生時代には口うるさく教えられたものです。しかし現代では、3人どころの話では済まなくなっているようにも感じます。

今回は、『科学論文における”Twinning(双子)”が 21世紀に入って増えている』と指摘する、Angew. Chem. Int. Ed.のエッセイを紹介します。

“21st Century, More Twins in Scientific Literature: Intentional or Accidental ?”
Mainkar, P.; V. Ambica, Chandrasekhar, S. Angew. Chem. Int. Ed. 2020, doi:10.1002/anie.201915777

1900~2000年代初頭ぐらいまで、「双子」研究論文はあくまで偶発的なものでした。それ以前にも全く例が無かったわけでは無く、エッセイ中では下記の論文が例示されています。

  • 酸素の発見(Priestley 1774 vs Scheele 1772 vs Lavoisier 1775)
  • 自然淘汰進化論(Darwin 1859 vs Wallace 1858)
  • DNAの発見(Crick, Watson, Wilkins vs その他)

有機合成分野を例に取ると、競争原理が強まった結果、典型的な例も多く知られるようになりました。たとえば全合成分野におけるWoodward, CoreyのErythronolide合成、Halton, Nicolaou, Danishefsky, WenderらによるTaxol合成などは有名です。近年ではコンビナトリアル化学有機触媒C-H活性化グリーンケミストリーLate-Stage Functionalizationなどのキーワードに沿う同時多発研究は、偶発的のレベルを超え、枚挙に暇がなくなっています。最近では被った人同士で政治的に摺り合わせ、共著・共同研究の体裁に落ち着けているのでは?と思える事例もあるほどです。

以前にも過去記事で考察しましたが、最新情報はネットを通じてすぐさま共有されてしまう時代です。「アイデアの源が誰しも同じになっている」「同じ『最近のキー論文』を参考にした上でヨーイドンで取り組み始める」ことはすでに普通です。手書き論文・紙論文の時代とは隔世と言えます。加えて学会・ポスター発表のオンライン化、公開データベースの整備、オープンアクセス潮流の台頭、論文レコメンデーションAIなどの発展も進み、誰もが同じデータソースを参照する傾向には、拍車がかかっているといえそうです。

情報爆発の帰結として、「流行分野・バズワードを安易に取り入れる」「タイトル・アブストラクトのみの表面的な文献調査を行う」「時間がないため論文を丁寧に読めない」ままに研究テーマを組む人が増えている事実も指摘されています。

「ファンディング機関がお題の決まったものにグラントを与える」傾向も双子論文の生産を加速するとされます。

「発表の場であるジャーナル数が増えた」「(中印の台頭により)同分野の研究者人口が増えた」ことも当然ながら手伝っているでしょう。特に前者については、編集部はジャーナル毎に独立なわけで、窓口が増えた分、並行審査中の論文を全て把握することは誰にとっても困難になっています。

こういう事情から、投稿日がタイムスタンプとして記録される一元化窓口=プレプリントの検討ニーズはいよいよ増しているように思います。「プレプリントとして公開=先取権を主張できる」ことは、少なくとも科学者コミュニティ内においては明確に受け入れられています。とはいえあくまで科学者の善性によって成り立つ話でしかありません。「査読無し論文」の扱いであることは留意すべきであり、悪意をもってすればScoop可能です(ただしそういう姿勢が、科学者コミュニティからの村八分を生むことは容易に想像できるでしょう。詳しくはこちらこちらの議論を参照下さい)。化学界において、プレプリントの理解増進状況はまだまだですので、各自で勉強しておく必要があるでしょう。必要な情報提供は、自分としても引き続き行って行こうと思います。

AI 時代においては「双子論文発表」の傾向はより強まり、双子どころか多数のクローンが登場するだろう、とまでエッセイ中では述べられています。人間の創造性はバズワードやAIに毀損されてしまうのでしょうか?これは科学者全員が考えていかねば成らないことでしょう。ほんの20年前と比べても、創造性の発露が難しくなっていることは確かです。時の評価に耐える問題設定こそが、現代の研究者にはいっそう求められているといえそうです。

 

関連文献

  1. “Ten simple rules to consider regarding preprint submission” Bourne, P. E.; Polka, J. K.; Vale, R. D.; Kiley, R. PLOS Comput. Biol. 2017, 13, e1005473. doi:10.1371/journal.pcbi.1005473

ケムステ関連記事

外部リンク

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. Brevianamide Aの全合成:長年未解明の生合成経路の謎…
  2. NMRの化学シフト値予測の実力はいかに
  3. 同位体効果の解釈にはご注意を!
  4. オンライン座談会『ケムステスタッフで語ろうぜ』開幕!
  5. 続・名刺を作ろう―ブロガー向け格安サービス活用のススメ
  6. ChemDraw for iPadを先取りレビュー!
  7. アレノフィルを用いるアレーンオキシドとオキセピンの合成
  8. 生命が居住できる星の条件

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. とにかく見やすい!論文チェックアプリの新定番『Researcher』
  2. 【書籍】理系のための口頭発表術
  3. C–NおよびC–O求電子剤間の還元的クロスカップリング
  4. マリウス・クロア G. Marius Clore
  5. フィリピン海溝
  6. 全薬工業とゼファーマ、外用抗真菌薬「ラノコナゾール」配合の水虫治療薬を発売
  7. 化学プラントにおけるAI活用事例
  8. 第122回―「分子軌道反応論の教科書を綴る」Ian Fleming教授
  9. アザヘテロ環をあざとく作ります
  10. カリックスアレーン /calixarene

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2020年3月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

注目情報

最新記事

日本薬学会  第143年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part 2

第一弾に引き続き第二弾。薬学会付設展示会における協賛企業とのケムステコラボキャンペーンです。…

有機合成化学協会誌2023年3月号:Cynaropicri・DPAGT1阻害薬・トリフルオロメチル基・イソキサゾール・触媒的イソシアノ化反応

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2023年3月号がオンライン公開されました。早…

日本薬学会  第143年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part 1

さて、日本化学会春季年会の付設展示会ケムステキャンペーンを3回にわたり紹介しましたが、ほぼ同時期に行…

推進者・企画者のためのマテリアルズ・インフォマティクスの組織推進の進め方 -組織で利活用するための実施例を紹介-

開催日:2023/03/22 申し込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足の…

日本化学会 第103春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part3

Part 1・Part2に引き続き第三弾。日本化学会年会の付設展示会に出展する企業とのコラボです。…

第2回「Matlantis User Conference」

株式会社Preferred Computational Chemistryは、4月21日(金)に第2…

日本化学会 第103春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part2

前回のPart 1に引き続き第二弾。日本化学会年会の付設展示会に出展する企業とのコラボです。…

マテリアルズ・インフォマティクスにおける従来の実験計画法とベイズ最適化の比較

開催日:2023/03/29 申し込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足の…

日本化学会 第103春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part1

待ちに待った対面での日本化学会春季年会。なんと4年ぶりなんですね。今年は…

グアニジニウム/次亜ヨウ素酸塩触媒によるオキシインドール類の立体選択的な酸化的カップリング反応

第493回のスポットライトリサーチは、東京農工大学院 工学府生命工学専攻 生命有機化学講座(長澤・寺…

Chem-Station Twitter

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP