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化学者のつぶやき

人工プレゼン動画をつくってみた

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コロナ禍を契機に、既存の学会もオンライン化が進みつつあります。回線負荷を下げるためにカメラOFFで進める文化が一般的だと思いますが、講演側からするとなかなか空気感とインタラクティブ感に乏しいので困るところもあります。今回はこの文化を逆手にとった(?)化学研究ライフハックを紹介してみます。

百聞は一見にしかず、手持ちの講演スライドと発表原稿を素材に、英語プレゼンを作ってみました。顔出ししなければ「これが私の学会発表です!」と主張されても、突っ込みづらいところでしょう。

実はこの動画では、人工読み上げ技術(機械音声、text-to-speech)を使って全てのプレゼントークを仕上げてあります。発表者はひと言も発しておりません。

英語の学会発表(?)動画の作り方

人工読み上げ技術は、ゆっくり動画などの形で以前から盛んに使われていました。いかにも人工感が拭えなかったわけですが、最近になって技術の進歩が進み、桁違いに滑らかになりました。人工英語プレゼン動画の作り方は下記の通りです。

① 英語の発表原稿を用意します。

ここではみんな大好きDeepLをフル活用します。スライド1枚当たりの文章が長くなりすぎないよう気をつけましょう。英語として変なところは手直ししましょう。文法チェックソフトのGrammarlyなどを補助的に使うのも良いです。

② 発表原稿を音声ファイルに変換します。

今回は「音読さん」を使いました。声質はお好みで良いでしょう。非情に滑らかでいい感じの出力になるのですが、無料範囲では使用可能字数が少ないのが欠点です。ややクオリティは落ちますが、Balabolkaなどの別ソフトを使うのもOKと思います。

③ Zoomで発表動画を録画します。

レコーディング一人部屋をつくり、スライドを誰も居ない空間にむかって寂しく共有し、レコーディングボタンを押します。バックグラウンドで発表音声を連続再生しながら、それにあわせてパワーポイントのレーザーポインターを動かします。学会発表ぽく見せかけるためにやっているに過ぎないので、動画編集スキルを使ってテロップ出したり、もっと分かりやすくできるなら、そちらのほうが断然良いと思います(苦笑)。

④ 録画動画を加工し、音声ファイルを充てます。

音声と動画を切り貼りできさえすれば、動画編集ソフトは何でも良いです。今回はWinアプリのOliveを使いました。MacならiMovieFinalCutで十分です。

日本語発表の作り方

もうちょっと話を進めてみます。「どうせなら日本語発表も機械化出来ないか?」「なるべく自分の声に近くできないか?」と考えて見ました。ありものの人工音声は、あまりにも自分の声・しゃべり方と違いすぎます。さすがにアラフォーおっさんが女性の人工音声で発表するわけにはいかないので、できれば自声をボーカロイド化したいところ。

そんなことできるの??と思われるでしょうが、コエステーションというスマホアプリをつかえば可能です。ただ音声ファイルに直接出力できないので、実用性は低いです(今回はスマホの録画機能で動画ごと録り、音声だけ抽出してノイズリダクション処理を行いました)。学習過程もかなり面倒ですが、我慢してやり遂げてみました。

学習プロセスでは200文をひたすらスマホに喋りかけなくてはならない

長い時間をへて出来上がった人工日本語プレゼン動画はこちら!

前半では、筆者はひと言も喋っていません。完全アプリ任せの音声です。筆者のパーソナリティをよく知らない人なら、「ちょっと妙だけど、そういう声なんだな」と思うのではないでしょうか。後半の自声プレゼンと比較いただければ、発語のクセなども反映されていて、いい感じにクローンできていることもわかります。

なぜ今回の動画を作ったのか?

実は、こんな話を聞いたことがきっかけです。この話を聞いた筆者はむしろ、「この発表者、賢いなぁ!」と感嘆しました。

とある国内オンライン学会で、英語での研究発表が行われた。発表者の一人が、異常なまでに流暢な英語で発表していた。間の取り方からも「これは機械音声で読んでいるに違いない」という議論になった。ビデオOFF文化で顔出しもなければ、まったく調べようがない。発表賞の審査になった時、これをどう扱うべきかという話に当然なった。結局は「英語ではなく学術発表の審査なので、そういうものとして扱うべき」という判断に落ちついた。

ご存じの通りここ数年、英語発表は多くの国内学会で半ば義務的に行われています。日本人しかいない会場なのに、なぜ英語発表をやらねばならないのか・・・と本心では誰しも思っているところでしょう。出来もしない英語を衆目披露して、英語なので議論も盛り上がらず、ヘタな発表だと陰で囁かれ、あとでそれを知って意気消沈する・・・こんなことは発表者からすればとてもアホらしい話です。そんな悶々を抱えるぐらいなら・・・と「音読さん」に課金(980円)し、発表練習の代わりに動画編集に時間を充てさえすれば回避できてしまうわけです。衆人環視のプレゼンに強い苦手意識を持つ人は技術者にも多くいるわけで、そういう人にとっては十分見合う作業コストともいえます。

また極論言えば、こういう動画に類するものを映してチャットで質疑応答すれば、本人は一切露出せずとも事足ります。「グローバルに科学を伝えること」が本筋なのであれば、いまいちな日本人英語で喋るよりも、クリアで聞き取りやすい人工音声のほうがずっと良さそうな気もします。もっと言うなら、「優れた科学を英語で伝えるだけでよければ、人間が発表する必要もないのでは?」という主張すらできそうです。

「そもそも、学会発表ってなんじゃろ?」

先日、期せずして東工大・岡田教授による巻頭言『学会活動は何のため?』が「化学と工業」誌に掲載されていました。ここでも指摘される様子=学会業務が細分化されて激増し、コスト感覚と効果測定に欠ける上意下達の付き合いばかりが増え、本来の目的を見失いつつあるさまは、若手~中堅世代にあるいち研究者としても肌感覚で痛感しています。現代的な学会がどうあるべきかは以前から様々な議論が出てきましたが、コロナ禍によって認識シフトもいっそう進むことになりそうです。

実のところ、学会の体裁で行われる多くの活動は、ITの力によって安価な代替手段が既に出来ています。そういう現実を主催側が理解することがともかく第一歩でしょう。にもかかわらず、それなりの額の年会費を徴収しつづけ、発表会の形にしたて、ひとところに人を集めるイベントを続けなくてはならない合理性は、一体どこにあるのでしょうか?

次世代の学生たちには、クローズドな学会会場で上手くプレゼンするためのスキルではなく、YouTuberスキルと、ネット大海原・SNSでの立ち回り方を教え込む方が、世界的にも優れた研究者として見られやすくなっていく本質なのかも知れません。このトレンドを象徴する最近の事例として、Supporting Information(SI)にプレゼン動画がそのまま掲載されている事例J. Am. Chem. Soc.誌に登場していました。少し前からあるACS LiveSlidesと呼ばれる仕組みで、オープンアクセス論文化に伴う特典のようです。契約しなくても見れるSIにこれほどまでしっかりした解説動画を載せられれば、ジャーナルと読者(研究者)間の距離感をいっそう縮められるわけで、新規読者獲得という点でも極めてスマートです。このような学術広報スタイルが一般化すると、もはや既存スタイルの学会発表=学術情報の中抜きでしかないという話になりはしないでしょうか。

J. Am. Chem. Soc. 2020, 142, 14267より引用

今回のコロナ禍は、「学会(発表)じゃないと達成出来ないことって、一体何だろう?」と各自が考え、議論していくべき良いタイミングだと思っています。この動画と記事が、議論に一石を投じる素材となれば幸いです。

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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