[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

第一手はこれだ!:古典的反応から最新反応まで|第6回「有機合成実験テクニック」(リケラボコラボレーション)

[スポンサーリンク]

理系の理想の働き方を考える研究所「リケラボ」とコラボレーションとして「有機合成実験テクニック」の特集を10回に渡り配信する予定です。

さて第6回目となる今回は、「第一手はこれだ!:古典的反応から最新反応まで」と題して、具体的な有機合成反応についてお話しましょう。

さて、ある化合物を化学変換したいとします。

SciFinderで調べると、同じ化合物の合成法が出てくるときもあれば、全く無いこともあります。合成化学的には、全く出てこないほうがワクワクしますね。

同じ化合物の合成法はコストや手間、危険性などを考慮しなければ、そのまま同じ方法を使えばよいです。では全く無い場合どうしましょう。類似の構造をもっている化合物で検索をかけます。ここで発見できれば、前述したように、その方法に従えばよいと思います。それでも検索にかからなかったときはどうしましょう。

当たり前ですが、自分でその化学変換反応を考える必要があります。正確にいうと、新反応開発でない限り、数多の反応が報告されているため、反応を「選択」しなければなりません。

では、第一手としてどの反応を選択するか? 人によって好みもありますし、それじゃない!という人もいるとは思いますが、ファーストチョイスとしておすすめの合成反応を紹介したいと思います。古典的反応から最近報告された反応まで、できるかぎり紹介します(本記事は3回に渡って紹介していきたいと思います)。

反応を選択する際のポイント

まずは、個々の反応を紹介する前に、一般的に反応を選択する際のポイント(指標)は以下の通り。

  1. 試薬を所有している?
  2. 試薬のコストは?
  3. 目的の反応に適している?
  4. 反応や後処理の簡便性は?
  5. 反応の大きさ(スケール)は?

まず、1です。反応を行いたいときに試薬がなければ話になりませんね。もう少し言えば、購入できるor簡単に調製できる試薬を用いるといったことがファーストチョイスとしては大前提になる可能性が高いです。2つめは、試薬のコスト。大変有用な反応に見えても、試薬のコストが高ければ(調製する場合の原料のコストも含む)、躊躇してしまいます。5とも関係があります。次は、目的の反応に適しているか3)。試薬を所有していて、コストが安くとも、そもそも出発原料を目的化合物に変換できなければ話になりません。文献を調べることもできますが、有機化学的な知識も必要となる場面です。続いて、反応や後処理の簡便性(4)。試薬1つをいれるだけ、水も空気もケアする必要なく、後処理も簡単!というのが理想ですが、なかなかうまくはいきません。自身の環境でできないような実験や再現性が低い反応などはさけたいところです。最後は反応の大きさ(5)。例えば、ごく少量のスケールでも対応できるのか?もしくは、大量スケールでも反応は進行するのか?安全性やコストも関係してくる案件だと思います。

以上を考慮して、反応を選択していくわけですが、特に有機合成化学初心者にとっては難しいわけです。冒頭では同じ化合物(もしくは類似化合物)が報告されていれば、その文献に従い反応を行えばよいと述べましたが、それが本当に上記の1-5を考慮するとベストなのでしょうか。もっと安くて、反応も簡単で、スケールアップができる方法はあるかもしれません。

そんな事を考えながら、個々の反応のファーストチョイスをこれから紹介していきたいと思います。

まずは基本。アルコールの酸化反応

アルコールの酸化反応、たくさんの方法がありますが、どれがファーストチョイスなのでしょう。それはやはり状況によって異なるので、いくつか簡単な指標をだしたいと思います。

反応例1: 小スケールで第二級アルコールを酸化したい:Dess-Martin酸化

数ミリグラムほどの第二級アルコールをケトンに酸化するのならば真っ先におすすめするのがDess-Martin酸化。個人的な印象ですが、かなりオールマイティー(いろいろなアルコールに使える)かつキレが良い(すぐに反応が終わるものが多い)イメージがあります。経験上、これでしか反応が進行しなかったという例も。アルコールをジクロロメタン(CH2Cl2)に溶解させ、試薬を投入するだけなので、反応のセットアップも簡単です。水もそこまでケアする必要もなく(量論量の水によって反応加速効果があるので、再現性には注意)、反応終了後も、重曹水やバッファーで反応停止してもよいですが、シリカゲルカラムに通せば、試薬の残骸ものぞけるため、3分クッキングといわんばかりの速さで、目的のケトンを得ることができます。

反面、デメリットは、コストですね。酸化剤であるDess-Martin Periodinaneは購入可能ですが、多少高価です。自分で調製することも可能なので、合成しても良いと思いますが、反応には化学量論量以上の酸化剤が必要なため、それなりに量が必要になります。したがって、小さなスケールでもとにかくすぐに酸化したい!という場合のファーストチョイスだと思います。

同様な状況で、TPAP酸化もおすすめです。水に多少気をつけてモレキュラーシーブをいれる必要がありますが、空気下でも反応が進みます。数ミリグラムの原料で反応を行うならば、TPAP自体は、スパチュラの先っぽに少しつけてそのまま溶液につけて投入するぐらいでもよいです(再現性に注意)。反応が進行しなければNMOを追加し、反応終了後は、シリカゲルカラムに通すだけで、生成物が得られます。

反応例2: 大スケールでアルコールを酸化したい:Swern酸化

数グラムもしくは数グラム以上の原料アルコールを酸化したい場合は、化学量論量必要な高価な試薬は避けるべきです。その場合のファーストチョイスは学部生でも知っている、Swern酸化になるのではと思います。オキサリルクロリド・ジメチルスルホキシド・トリエチルアミンいずれの試薬もただ同然(いいすぎですが)で手に入れることができ、研究室にも常備されていることが多いからです。

そもそも途中の中間体が不安定であるという理由より、低温で反応後、昇温します。したがって、大スケールで安全性の意味でも問題となる発熱を抑えることもできます。デメリットは、低温にしなければいけない手間と、生成するジメチルスルフィドの臭いですか。

それ以外に、個人的に大スケールでおすすめなのは、パリック・デーリング酸化ですね。SO3・Pyを化学量論量必要としますが、安価に購入できますし、クロロ硫酸とピリジンを混ぜるだけで大量に合成可能です。反応は濃度が高く、塩基(Et3N)が多い方が進みやすいため、溶媒料も少なくてすみ、うまく条件を設定すれば第一級アルコール→アルデヒドならば10分で反応が終わります。Swern酸化のように低温にする必要もなく、ジクロロメタン、DMSO、トリエチルアミンの順でに反応溶液を調製し、そこにSO3・Pyを固体のまま投入するのみです。大量スケールでも高沸点のDMSOを溶媒量用いているため、急激な温度変化にも原料が問題なければ反応が暴走することもほとんどありません(温度は上がります)。

ただしこれも難点は、臭いですね。ピリジンと相まってくさったポテトチップスのりしおのような臭いが充満します。

反応例3: 一級アルコールをアルデヒドに簡単に酸化したい:IBX酸化

第一級アルコールをアルデヒドに酸化したい場合は、もちろん、例1の反応もおすすめですが、個人的に好きなのはIBX酸化。一般的にIBXを溶解させるためDMSO溶媒を用いる必要がありますが、反応が速く比較的どんな一級アルコールにも対応可能です。IBX(2-ヨードキシ安息香酸)はDess-Martin Periodinaneの原料であるので、Dess-Martin酸化と比較し安価に反応させることができます。

なお、DMSO溶媒でないとだめなのかと思う方、経験上熱した溶媒に投入すると意外と反応進行します。ベンゼン溶媒(あまり使いたくないですが)で80℃に熱したなかにIBXを投入すると、第二級アリルアルコールが酸化され、その後の反応のジアステレオ選択性も改善された例を知っています(DOI: 10.1002/anie.200705913)。

それ以外には、TEMPO酸化も良いと思います。なんと言っても酸化剤が触媒量ですしクリーンです。いくつか条件がありますが、コストも気にせず、購入可能な試薬で簡単に反応させたいのならばジアセトキシヨードベンゼン(PIDA)を共酸化剤に用いる条件がおすすめです。簡単ですし、反応のキレもよいです。ただし、この条件の場合第二級アルコールは酸化されないので注意(逆手にとって、第二級アルコールが共存下、第一級アルコールを酸化可能ですが)。なお、二級アルコールも酸化したい、より反応点の混み合ったアルコールを酸化したいのならば、AZADOもおすすめ。東北大学の岩渕教授らの開発した、いわゆる“TEMPOの強化版”であり、より少ない触媒量でより難しい酸化も可能になっています。ちょっと試してみたい方は、生産元の日産化学にお問い合わせを(要相談です)。

さらに、個人的には使ったことがないですが、IBXやDess-Martinを触媒量に低減した、2-ヨードベンゼンスルホン酸を用いた酸化法(名大石原教授ら。例:DOI: 10.1021/ja807110n)もありますので、これらの酸化剤を用いて、大量スケールで反応しなければならない状況でしたら試してみる価値はあると思います。

アルコールだけで終わってしまいました

たくさん紹介しようと思いましたが、文字数の関係でアルコールの酸化のみで終わってしまいました(残念)。これでも対象者を絞って(有機合成化学初心者)、1/10以下に情報は抑えているつもりですが、なかなか難しいですね。次回は、他の反応についてのファーストチョイスを紹介していきたいと思います。

他のコラボレーション記事(全10回)

第一回有機合成に活躍する器具5選
第二回:実験でよくある失敗集30選
第三回使っては・合成してはイケナイ化合物
第四回お前はもう死んでいる:不安定な試薬たち
第五回:もう別れよう:化合物を分離・精製する
第六回第一手はこれだ!:古典的反応から最新反応まで (本記事)
第七回第一手はこれだ!:古典的反応から最新反応まで2
第八回第一手はこれだ!:古典的反応から最新反応まで3
第九回:研究を加速する最新機器紹介
第十回:ものづくりのコツ

第六回第一手はこれだ!:古典的反応から最新反応まで(本記事)

関連書籍

[amazonjs asin=”4759814795″ locale=”JP” title=”天然物合成で活躍した反応: 実験のコツとポイント”]

リケラボプロフィール

本記事はリケラボとのコラボレーション記事です。リケラボは理系の知識や技術をもって働くみなさんのキャリアを応援するWEBメディアです。
研究職をはじめとする理系人の生き方・働き方のヒントとなる情報を発信しています。
理想的な働き方を考えるためのエッセンスがいっぱいつまったリケラボで、人・仕事・生き方を一緒に考え、自分の理想の働き方を実現しませんか?

Avatar photo

webmaster

投稿者の記事一覧

Chem-Station代表。早稲田大学理工学術院教授。専門は有機化学。主に有機合成化学。分子レベルでモノを自由自在につくる、最小の構造物設計の匠となるため分子設計化学を確立したいと考えている。趣味は旅行(日本は全県制覇、海外はまだ20カ国ほど)、ドライブ、そしてすべての化学情報をインターネットで発信できるポータルサイトを作ること。

関連記事

  1. 私達の時間スケールでみても、ガラスは固体ではなかった − 7年前…
  2. 機能を持たせた紙製チップで化学テロに備える ―簡単な操作でサリン…
  3. 研究生活の心構えー修士課程、博士課程に進学したあなたへー
  4. (+)-マンザミンAの全合成
  5. SNS予想で盛り上がれ!2025年ノーベル化学賞は誰の手に?【1…
  6. このホウ素、まるで窒素ー酸を塩基に変えるー
  7. 反応開発はいくつ検討すればいいのか? / On the Topi…
  8. 高難度分子変換、光学活性α-アミノカルボニル化合物の直接合成法

注目情報

ピックアップ記事

  1. ライマー・チーマン反応 Reimer-Tiemann Reaction
  2. 新しい芳香族トリフルオロメチル化試薬
  3. シュプリンガー・ジャパン:生化学会書籍展示ケムステ特典!
  4. ノーベル化学賞は化学者の手に
  5. 化学 2005年7月号
  6. 阪大・プリンストン大が発見、”高温”でも超伝導
  7. A-ファクター A-factor
  8. 炭素をつなげる王道反応:アルドール反応 (1)
  9. 小林 修 Shu Kobayashi
  10. Cleavage of Carbon-Carbon Single Bonds by Transition Metals

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2020年4月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930  

注目情報

最新記事

アンモニウム構造によりラジカル種の発生位置を完全に制御!

第710回のスポットライトリサーチは、関西学院大学理工学研究科 村上研究室の榊原 陽太(さかきばら …

化学つれづれ草【ある研究者の回想】

概要物理化学者で量子機能材料を専門とする著者によるエッセイ集.化学者としての研究,教育,人生…

第60回有機反応若手の会

開催概要有機反応若手の会は、有機化学分野で研究を行う全国の大学院生を中心とした若手研究者が集い、…

ノーベル賞受賞者と語り合う5日間!「第18回HOPEミーティング」参加者募集!

申し込みはこちら概要主催:独立行政法人 日本学術振興会(JSPS)開催地:神奈川…

光触媒による高効率なCO2還元の実現―まさかの光を弱く当てることが重要だった―

第709回のスポットライトリサーチは、東京科学大学 理学院(前田研究室)博士後期課程2年の仲田竜一 …

「π-πスタッキング」という言葉が生む誤解【芳香環の相互作用を見直す: 前編】

芳香環が平行に並んで近接しているとき、その構造を「π–π スタッキング」と表されることがよくあります…

一重項酸素によるC(sp2)−P結合切断を用いた長波長光によるリン化合物のアンケージング

第 708 回のスポットライトリサーチは、同志社女子大学 薬学部 医療薬学科 5…

マテリアルズ・インフォマティクスにおける画像解析の活用ガイド

開催概要材料開発において、電子顕微鏡やX線トモグラフィーを用いて材料の微細構造を観察するために画…

世界初のPROTAC医薬、ついに承認 ―「タンパク質を阻害する」から「分解する」時代へ

2026年5月、創薬化学の歴史に残る大きな出来事が起きました。米国 FDA は、…

有機蛍光とは異なる新しい有機りん光の分子設計指針の発見

第707回のスポットライトリサーチは、電気通信大学 情報理工学研究科(牧昌次郎研究室)の林希久也 助…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP