[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

シス優先的プリンス反応でsemisynthesis!abeo-ステロイド類の半合成

[スポンサーリンク]

シクロデセノンのシス優先的渡環プリンス反応を見いだし、abeoステロイドbufospirostenin Aおよびophiopogonol Aを合成した。シクロデセノンの立体配座を速度論的に制御したことが鍵である。

シス優先的渡環プリンス反応を用いたabeo-ステロイド骨格の構築

5/7ヒドロアズレノールは多くの生物活性テルペノイドに含まれる重要骨格である[1]。この5/7ヒドロアズレノール骨格を構築する手法として、シクロデセノンの渡環プリンス反応が利用されてきた[2]。本反応では、C5–C6結合とC1–C10結合が同一平面状にある平行型立体配座ではなく、エネルギー的に不安定な交差型立体配座を経由し、高ジアステレオ選択的にトランス体が生成する(図1A)[3]。これは、平行型立体配座を経る環化のエネルギー障壁が高く、Curtin–Hammett則に従って優先的にトランス体を与えるためだと考えられている[3]。実際に、これまでシス選択的プリンス反応の報告例はない。

今回上海有機化学研究所のGui、浙江大学のHongらはステロイド骨格に含まれるシクロデセノン骨格のシス優先的プリンス反応を初めて発見した。また、計算化学的手法により推定反応経路を提唱し、本反応がCurtin–Hammett則に従わないことを示した。さらに、本反応を鍵工程としたabeo-ステロイドbufospirostenin A(4)およびophiopogonol A(5)の半合成を達成した。

図1. ジアステレオ選択的渡環プリンス環化反応

 

“Syntheses of Bufospirostenin A and Ophiopogonol A by a Conformation-Controlled Transannular Prins Cyclization”
Yang, P.; Li, Y.; Tian, H.; Qian, G.; Wang, Y.; Hong, X.; Gui, J. J. Am. Chem. Soc. 2022, 144, 17769–17775.
DOI: 10.1021/jacs.2c07944

論文著者の紹介

研究者:Jinghan Gui (桂敬汉, 研究室HP)

研究者の経歴:

2003–2007 B.Sc., Anhui Normal University, China (Prof. Y. Hu)
2007–2012 Ph.D., Shanghai Institute of Organic Chemistry, China (Prof. W. Tian)
2012–2013 Research Associate, Shanghai Institute of Organic Chemistry, China
2013–2016 Postdoc, The Scripps Research Institute, USA (Prof. P. S. Baran)
2016–                           Professor, Shanghai Institute of Organic Chemistry, China
研究内容:天然物の全合成、C–CおよびC–X(ヘテロ原子)結合形成反応の開発

 

研究者:Xin Hong (洪鑫)

研究者の経歴:

2010–2014 Ph.D., University of California, Los Angeles, USA (Prof. K. N. Houk)
2014–2015 Postdoc, University of California, Los Angeles, USA
2015–2016 Postdoc, Stanford University, USA (Prof. J. K. Nørskov)
2016–                           Assistant Professor, Zhejiang University, China
研究内容:物理有機化学, 理論有機化学, 反応機構解明

 

論文の概要

市販品であるジオスゲニンアセテート(6)の向山水和の後、スピロケタールをラクトンへ変換し、7を合成した。続いて、三級アルコール7のスアレス開裂により、E体のシクロデセノン8を選択的に得た。その後、8に–78 °CでBBr3と炭酸セシウムを作用させることで、渡環プリンス反応が進行し、シス体のヒドロアズレノール骨格の構築に成功した。得られた9の脱水、位置選択的かつジアステレオ選択的向山水和、スピロケタール形成により4の半合成を達成した。なお、類似の合成経路で5の半合成も達成した。

上述のヒドロアズレノール形成反応では、反応条件((i)Me2AlCl/0 °C (ii)BBr3/–78 °C)に依存してトランス体およびシス体が得られる。この立体選択性発現の理由を解明するため、反応経路をDFT計算により解析した(図2B)。計算結果から、シス体は渡環プリンス反応によって、トランス体はカルボニルエン反応(条件i)もしくは[2+2]環化反応(条件ii)を経て生成することが示唆された。(i)の条件では、渡環プリンス反応(TS2)よりも、コンフォマー間の異性化(TS3)やカルボニルエン反応(TS5)の活性化エネルギーが低いため、Curtin–Hammett則に従ってトランス体10が優先的に生成したと推察された。一方で、強いルイス酸であるBBr3を用いる(ii)の条件では、INT8からINT12への異性化が最もエネルギー障壁が高く、より安定なコンフォマーからのプリンス反応が進行し、シス体が生成したと考えられる。各素反応の詳細は本文を参照されたい(注)。

図2. (A) bufospirostenin Aの合成経路 (B) (i)Me2AlClおよび(ii)BBr3を用いた場合の9と10の自由エネルギーの計算値 (kcal/mol)

 

以上、シクロデセノン骨格のシス優先的プリンス反応が見いだされ、bufospirostenin Aおよびophiopogonol Aの半合成が達成された。本研究は巧みな中員環の立体制御により渡環プリンス反応の有用性を拡げ、天然物合成への応用を可能にしたと言える。

(注) (ii)の反応条件では塩基としてCs2CO3が用いられている。難易度は高いが、Cs2CO3も含めたDFT計算結果にも興味がもたれる。

参考文献

  1. For selected examples, see: (a) Brady, S. F.; Singh, M. P.; Janso, J. E.; Clardy, J. Guanacastepene, a Fungal-Derived Diterpene Antibiotic with a New Carbon Skeleton. J. Am. Chem. Soc. 2000, 122, 2116–2117. DOI: 10.1021/ja993835m (b) Chicca, A.; Tebano, M.; Adinolfi, B.; Ertugrul, K.; Flamini, G.; Nieri, P. Anti-proliferative Activity of Aguerin B and a New Rare Nor-guaianolide Lactone Isolated from the Aerial Parts of Centaurea Deflexa. Eur. J. Med. Chem. 2011, 46, 3066–3070. DOI: 10.1016/j.ejmech.2011.03.011 (c) Liu, Y.; Ma, J.; Zhao, Q.; Liao, C.; Ding, L.; Chen, L.; Zhao, F.; Qiu, F. Guaiane-Type Sesquiterpenes from Curcuma phaeocaulis and Their Inhibitory Effects on Nitric Oxide Production. J. Nat. Prod. 2013, 76, 1150–1156. DOI: 10.1021/np400202f (d) Wu, Z.; Zhao, S.; Fash, D. M.; Li, Z.; Chain, W. J.; Beutler, J. A. Englerins: A Comprehensive Review. J. Nat. Prod. 2017, 80, 771–781. DOI: 10.1021/acs.jnatprod.6b01167 (e) Wu, J.; Xi, Y.; Li, G.; Zheng, Y.; Wang, Z.; Wang, J.; Fang, C.; Sun, Z.; Hu, L.; Jiang, W.; Dai, L.; Dong, J.; Qiu, P.; Zhao, M.; Yan, P. Hydroazulene Diterpenes from a Dictyota Brown Alga and Their Antioxidant and Neuroprotective Effects Against Cerebral Ischemia–Reperfusion Injury. J. Nat. Prod. 2021, 84, 1306–1315. DOI: 10.1021/acs.jnatprod.1c00027 (f) Zhang, X.; Liu, Y.; Deng, J.; Xia, J.; Zhang, Q.; Chen, X.; Liu, R.; Gao, Y.; Gao, J.-M. Structurally Diverse Sesquiterpenoid Glycoside Esters from Pittosporum qinlingense with Anti-neuroinflammatory Activity. J. Nat. Prod. 2022, 85, 115–126. DOI: 10.1021/acs.jnatprod.1c00544
  2. For selected examples, see: (a) Mihailovic, M. L.; Lorenc, L.; Forsěk, J.; Nesǒvic,́ H.; Snatzke, G.; Trsǩa, P. Configurational and Conformational Studies of Some B-homo-A-nor-steroids. Tetrahedron 1970, 26, 557–573. DOI: 1016/S0040-4020(01)97849-4 (b) Fuhrer, H.; Lorenc, L.; Pavlovic,́ V.; Rihs, G.; Rist, G.; Kalvoda, J.; Mihailovic,́ M. L. Conformations of the 10-membered Ring in 5, 10-Secosteroids. II. (E)-3α-Acetoxy-5,10-seco-1(10)-cholesten-5-one and (E)-5,10-seco-1(10)-cholestene-3,5-dione. Helv. Chim. Acta, 1979, 62, 1770–1784. DOI: 10.1002/hlca.19790620610 (c) Afonso, M. M.; Mansilla, H.; Palenzuela, J. A.; Galindo, A. Acid Cyclization of 5-Ketogermacren-6,12-olides. A Reactivity and Conformational Study. Tetrahedron, 1996, 52, 11827–11840. DOI: 10.1016/0040-4020(96)00674-6 (d) Riehl, P. S.; Nasrallah, D. J.; Schindler, C. S. Catalytic, Transannular Carbonyl-Olefin Metathesis Reactions. Chem. Sci. 2019, 10, 10267–10274. DOI: 10.1039/C9SC03716K
  3. Fan, W.; White, J. B. Activation of the Ketone of 5-Cyclodecenones towards Thermal Transannular Cyclization to Give trans-Hydroazulenols. Tetrahedron Lett. 1997, 38, 7155–7158. DOI: 1016/S0040-4039(97)01760-7
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. NMRデータ処理にもサブスクの波? 新たなNMRデータ処理ソフト…
  2. 直接クプラート化によるフルオロアルキル銅錯体の形成と応用
  3. 五員環を経て三員環へ!ジ-π-“エタン”転位
  4. 第23回ケムステVシンポ『進化を続ける核酸化学』を開催します!
  5. 化学を広く伝えるためにー多分野融合の可能性ー
  6. ケムステV年末ライブ & V忘年会2021を開催します…
  7. 2014年ケムステ記事ランキング
  8. 3回の分子内共役付加が導くブラシリカルジンの網羅的全合成

注目情報

ピックアップ記事

  1. キッチン・ケミストリー
  2. 海外学会出張でeSIMを使ってみました
  3. 研究室の安全性は生産性と相反しない
  4. ニルスの不思議な受賞 Nils Gustaf Dalénについて
  5. パーフルオロ系界面活性剤のはなし 追加トピック
  6. 日本ビュッヒ「Cartridger」:カラムを均一・高効率で作成
  7. マテリアルズ・インフォマティクスの基礎知識とよくある誤解
  8. 第35回安全工学シンポジウム
  9. 植物たちの静かな戦い
  10. 室温で二酸化炭素をメタノールへ変換できる触媒の創製

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2023年1月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

欧米化学メーカーのR&D戦略について調査結果を発表

この程、TPCマーケティングリサーチ株式会社(本社=大阪市西区、代表取締役社長=松本竜馬)は、欧米化…

有馬温泉でラドン泉の放射線量を計算してみた【化学者が行く温泉巡りの旅】

有馬温泉は、日本の温泉で最も高い塩分濃度を持ち黄褐色を呈する金泉と二酸化炭素と放射性のラドンを含んだ…

アミンホウ素を「くっつける」・「つかう」 ~ポリフルオロアレーンの光触媒的C–Fホウ素化反応と鈴木・宮浦カップリングの開発~

第684回のスポットライトリサーチは、名古屋工業大学大学院工学研究科(中村研究室)安川直樹 助教と修…

第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」を開催します!

第56回ケムステVシンポの会告を致します。3年前(32回)・2年前(41回)・昨年(49回)…

骨粗鬆症を通じてみる薬の工夫

お久しぶりです。以前記事を挙げてから1年以上たってしまい、時間の進む速さに驚いていま…

インドの農薬市場と各社の事業戦略について調査結果を発表

この程、TPCマーケティングリサーチ株式会社(本社=大阪市西区、代表取締役社長=松本竜馬)は、インド…

【味の素ファインテクノ】新卒採用情報(2027卒)

当社は入社時研修を経て、先輩指導のもと、実践(※)の場でご活躍いただきます。…

味の素グループの化学メーカー「味の素ファインテクノ社」を紹介します

食品会社として知られる味の素社ですが、味の素ファインテクノ社はその味の素グループ…

味の素ファインテクノ社の技術と社会貢献

味の素ファインテクノ社は、電子材料の分野において独創的な製品を開発し、お客様の中にイノベーションを起…

サステナブル社会の実現に貢献する新製品開発

味の素ファインテクノ社が開発し、これから事業に発展して、社会に大きく貢献する製品…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP