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厚労省が実施した抗体検査の性能評価に相次ぐ指摘

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厚生労働省は、2020年5月15日、日本医療研究開発機構(AMED)の研究班が日本赤十字社の協力を得て取りまとめた「抗体検査キットの性能評価」の研究結果を公表した。しかし、今回結果が公表された性能評価の研究については、「そもそも研究のデザインからしておかしいのでは」と根本的な指摘が幾つも出ている。 (引用:日経バイオテク5月18日)

以前の記事にて、⽇本感染症学会がキットの性能評価を行ったことを報告しましたが、国立研究開発法人である日本医療研究開発機構(AMED)でも抗体検査キットの性能評価が実施され、その結果が先日公開されました。その研究の実験の目的や方法に対していろいろな指摘が寄せられており、この記事では実験のデザインという観点で公表された結果について見ていきます。

感染症学会によるキットの性能評価(上段がPCRで陽性だった検体の判定で下段が検出感度未満だった検体の判定)

厚生労働省が公表した抗体検査キットの性能評価(出典:厚生労働省

実験の目的と結論

まず、この実験の目的ですが、図の通り抗体検査キットの性能評価です。一方、結論は2020年の結果について偽陽性が含まれる可能性が高いということで、あまりしっくりこない文言が書かれています。目的を明らかにするような実験結果を示すことは研究における大前提であり、例えば有機合成の新規反応を評価する研究では、基質の分子構造の影響を調べる目的で、官能基を変えて反応を試行し、特定の分子構造では反応が進行しやすいか/しにくいかを調べます。抗体検査キットの性能評価が目的であるならば、日本感染症学会のような新型コロナウィルスへの感染がPCRによって確認した人と感染していないことが確認された人の検体を使ってキットをテストし、PCRとの比較で判定率を算出すれば、わかりやすい結論が出るはずです。しかしAMEDの結論は、偽陽性が含まれる可能性が高いということであり疑問の声が上がるのは当然だと言えます。もう少しこの結論の意図を読み解くと、この結論の前に

2019年当初には新型コロナウイルス感染症は存在しなかったことから、それらは偽陽性であるとともに、

と書かれています。これはC社とE社のキットの評価では2020年4月の検体に加えて2019年1月から3月の検体でも実験が行われていることに関連していて、2019年は新型コロナウィルスが発生していなかったのでその結果は理論的には0%になるはずだという前提の解説のようです。よって、その0%が予測される評価で0.2から0.4%検出されたため、抗体検査キットでは偽陽性が含まれる可能性が高いという結論になったようです。また下記のような文言が括弧で付け加えられています。

(一般的には0.4%程度の非特異は許容)

これは、どれくらいの誤差まで許容できるかということを示していて、この結果で示された0.4%の誤判定率は抗体検査の精度としては十分に低いため許容されるべきとの主張のようです。まとめるとAMEDは、抗体検査キットには0.2から0.4%ぐらいの偽判定があることがわかったが、それは検査として普通のレベルの精度であり問題ないという主張をしたいと読み取れます。

調査方法の適切性

次は評価方法についてですが、実験の評価の大前提は調べたい項目以外はできる限り同じにすることです。例えば有機合成の実験で反応結果を比較する場合には、調べたい事柄以外の実験条件(温度や合成スケール、撹拌方法など)や分析(分析方法やや分析機器)はなるべく同じにします。それは結果が変わってしまう要因を減らすためで、過去には試薬のサプライヤーごとに微量の不純物の含有量が異なり、反応収率が大きく変化した事例も報告されています。しかしながら、この評価ではC社とE社のみ検査数が多く、またC社とE社のみ2019年の検体を使った試験を行っています目的は置いておいて、検出率をこの比較で算出することはフェアな比較ではないことになります。その点を補うためか、陽性になった検体番号が書かれていて、aは4/5で陽性になっているため陽性の可能性が高いですが、bは1/5なので偽陽性の可能性が高く、c、a’、b’は1/2はCとEでしか検査されていないので本当に感染しているかわかりません。陽性でありそうなaを判定できなかったDは検出率が低く、CとEは偽陽性が入っているので信頼性低いと読み取れます。このようによく考えればAMEDの主張を想像できますが、ざっと見ただけでは結果を読み取ることはできず批判が出るのは仕方がないと思います。

10年以上前に話題になった鉄触媒に含まれる微量の銅によって反応が進行していた事例(参考:Big Role For Tiny Impurity

また検体の出所を都内と東北と区切っていることもキットの評価を考える上では無意味であり、この表をわかりにくくしていると思います。

検体の出所

献血者の保存検体を使ったことに関してもフェアな評価ではないとの批判の声が上がっていますが、目的が偽陽性の評価+コロナウィルスに感染していても症状がない人の調査ならば、明らかに間違った選択ではないと思います。なぜならば2020年4月に献血できた人=健康な人(新型コロナウィルスの症状がなく、他の病気にもかかっていない人)であり、何となく上記の調べたい項目以外は条件がそろっているからです。もちろん、確実な評価方法であるPCRが実施されていないので比較のしようがなく、陽性の人の検体も入っていないため陽性の的中率を算出できないのことは、目的を明らかにする実験のデザインとしては大きなマイナスであることには変わりありません。

調査の背景

ここまでこの評価がわかりにくいことを示してきましたが、実験を計画するときには理想を妥協して現実に即したデザインにすることも必要です。正確性を向上するために何回も実験を繰り返したくても高額なテストならば難しく、理想の材料を入手するのに一年もかかる場合には評価の意味はなくなってしまいます。ここからは自分の想像になりますが、緊急事態宣言により外出が制限され人の接触が避けられる中、国民から検体の提供を受けることは難しく、ましてや陽性となった患者から同意を得て検体を集めることは困難だったので、血液サンプルをたくさん保有している赤十字の協力を仰いだと考えられます。CとEだけ検体数が多いのは、保存サンプルの量が限られていて(例えば、一週間前までの献血は500mlほど保管しているが、それ以前は10mlしかサンプルを保管していないなど)5社すべてでそれぞれ500件のテストを行うことはできず、CLIAから1社、ICAからも1社何らかの基準でピックアップして行ったと考えられます。そしてこの限られた結果から上記のような結論を導き出したのではないでしょうか。

保管されている血液(出典:日本赤十字社

この公表はあくまでも速報で、のちに詳細な報告書が提出されるのかもしれませんが、この資料一枚で意図を理解するのは難しいと言えます。キット一つの値段を2千円だとするとキットの費用だけで650万円以上かかっていて、それは国民の税金から支払われたものであり、費用を負担をしたスポンサーを納得できるほどの有意義な結果は得られていないと思います。今後も大規模な抗体検査キットを使った調査が予定されていますが、より分かりやすく、得られるものが大きい実験のデザインを考えてほしいと思います。

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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