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化学者のつぶやき

ノルゾアンタミンの全合成

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今回は天然物合成の分野から、北大の宮下・谷野先生らによるノルゾアンタミンの全合成を紹介したいと思います。

筆者(ブレビコミン)は京都で行われた第45回天然物討論会での発表を聞いていたのですが、いやーちょっとかなわないな・・・と思いながら聞いていました。

やはりというか、今年のScienceに見事掲載されていました。全合成が載るのは大変珍しいですが、なるべく凄さが分かるように紹介してみたいと思います。(冒頭図は論文より引用)

“Total Synthesis of Norzoanthamine”
Miyashita, M.; Sasaki, M.; Hattori, I.; Sakai, M. Tanino, K.
Science 2004305, 495-499. DOI: 10.1126/science.1098851

ノルゾアンタミンとは?

ノルゾアンタミン1)は、1995年に名古屋大学・上村大輔らによって、さんご礁にいるイソギンチャクの仲間(スナギンチャク(Zoanthus. sp)から単離・構造決定されたアルカロイドです。

スナギンチャク(Wikipediaより引用)

スナギンチャク (Wikipediaより引用)

マウスを用いた試験より、骨密度および骨重量の低下を強力に抑制することが分かっており、骨粗鬆症治療薬のリードとして期待されています。既存のものと作用機序が異なり、現在使用されている女性ホルモン剤のように重篤な副作用が全く見られないことも魅力です。一方、類縁体であるゾアンタミン(2)は顕著な鎮痛作用や抗炎症作用を示すことが報告されています。

しかし,この物質は5kgのスナギンチャクからわずか21 mg(単離収率0.0042%)しか得られず、研究進展のため化学合成による供給が強く望まれています。

こういった背景から世界中のグループで化学合成研究が行われていますが、合成難度も最高クラスであるため、担当している学生にはなかなか結果が出ず困っている人も沢山いるそうです(泣)。

 

合成上の課題

ノルゾアンタミンは数多くの連続不斉炭素(そのうち3つは4級炭素)と7個の縮環形状をもつ特異な骨格を有しており、合成化学者のチャレンジ精神をそそる興味深い標的です。

この全合成を考えた際、問題となるのは以下の3点です。これらの問題をすべて解決しなければ合成はできません。

norzoanthamine_3

C環上には非常に構築の難しい四級不斉炭素が多数あります。これほどまでに混み合っている多官能基化シクロヘキサンを立体制御しながら構築することは困難です。複雑に入り組んだビスアミナール構造も非常にユニークです。平面構造式で見るかぎり、実際の分子構造が想像できない人も沢山居るのではないでしょうか。

 

これまでに報告されている合成研究

ノルゾアンタミンの合成研究はいくつかありますが、完成にはちょっと遠いかな?というものがほとんどです。ここでは炭素ABC環と複素DEFG環に分けて説明します。

 炭素ABC環の構築

Williamsらはニトロトリエンの分子内Diels-Alder反応により、endo選択的にノルゾアンタミンのAB環部にあたる化合物を得ています[1]。norzoanthamine_4

 

Theodorakisらは、Robinson環化で得られる4級炭素を足がかりに、ジアステレオ選択的な反応でABC環部ともう一つの不斉4級炭素を構築しています[2]。不斉点は立体選択的に入っていますが、苦労している印象です。

norzoanthamine_5

 複素DEFG環の構築

小林らは下記モデル化合物を用いて、アミナール部位の構築法を確立しました[3]。すなわち、酸により1つ目の分子内アミナール化を進行させ、続いてH2-Pd/CでCbz基を除去し、最後にMS3Aで処理することにより一挙に5環性骨格を構築しています。非常にうまい方法です。宮下・谷野らもビスアミナール部位の構築には、この方法を採用しています。

norzoanthamine_6

 

一方Williamsらは、下記化合物を用いる連続的環化反応によって、ビスアミナール部位を構築しています[4]。

norzoanthamine_7

 

宮下・谷野らによる逆合成解析

前置きが長くなりましたが、いよいよ本題に入ります。宮下・谷野らは、いかにしてこれらの問題を解決し、ノルゾアンタミンの全合成を達成したのでしょうか?

彼らの逆合成解析を下図に示します。

norzoanthamine_9

 

既に述べたとおり、ノルゾアンタミンのDEFG環は合成後半でのビスアミナール構築によって合成できるとしました。この前駆体はアルキンセグメントとのC-C結合形成によって得られます。これをより簡略化したものが図左下の化合物ですが、ABC環に相当する3環性骨格は、分子内Diels-Alder反応(IMDA)によって4級炭素構築とともに得られると考えました。IMDA前駆体となるトリエン化合物は、β位に不斉点を持つシクロヘキセノンを母核とするMicheal-Aldol型3成分カップリングで得られると考えました。

さて、このような合成経路を設計すると、IMDAの立体選択性および9位メチル基の立体選択的導入が検討課題になると考えられます。

宮下・谷野らの全合成:ABC環の構築

それでは実際の合成経路を説明します。長いので飛ばし飛ばしになるのはご容赦ください。

norzoanthamine_10

(R)-5-メチルシクロヘキセノンを出発物質とし、ビニル銅試薬の立体選択的Michael反応、多置換フリルアルデヒドとの交差アルドール反応を行い3成分連結型化合物を得ました。この時点ではジアステレオ混合物だったため、数工程をかけて立体および官能基を整えています。ジエノフィルの露出は、一重項酸素によるフラン環開環反応を用いています。酸化の位置選択性をコントロールすべくシリル基(TBS)を入れておくなど、随所に細やかな工夫が見られます。相方はDanishefsky型のジエンとし、Diels-Alder前駆体であるトリエン化合物に導いています。

さていよいよ鍵反応の一つ、分子内Diels-Alder反応です。この反応をトルエン還流下に行ったところ、12時間で収率75%、endo/exo=24/76の選択性で3環性骨格が得られることが分かりました。しかし再現性が乏しかった模様で、詳細な検討を経た後に240℃に加熱したクロロベンゼンへ原料滴下するという手順によって、98%の高収率(endo/exo=24/76)で目的物を得ることに成功しました。

Diels-Alder環化体は二重結合の異性体混合物として得られますが、TBS基をHF・ピリジンで除去することによりトリエン体より51%収率、単一ジアステレオマーとして3環性化合物を得ました。

以上により、課題であったABC環部の立体選択的な構築、3つある不斉四級炭素のうち2つの構築をクリアしました。 ここまでの収率は16工程で29%と非常に効率的です。

 

宮下・谷野らの全合成:C9位不斉四級炭素の構築

残る4級炭素は一つです。この導入を次に説明しましょう。これには大変な苦労の跡が見られます。

まずDiels-Alder成績体を、重水素化Wittig試薬(Ph3P=CD2)、2級選択的なTrost酸化などを駆使することで、メチル化前駆体へと高収率で変換し ました。

この化合物からLiOtBuでエノラートを生成させ、メチル化を行うことでようやくC9位の不斉四級炭素を構築することができました。

norzoanthamine_11

ここで重水素化試薬を用いて合成を進めている理由は、アルキンへの変換時に収率を向上させるためです。これは非常に優れた工夫であり、重水素同位体効果を全合成に活用した画期的事例の一つとして今後も長く語り継がれることでしょう。詳しい理屈について知りたい方は、こちらの記事を参照してください。

宮下・谷野らの全合成:DEFG環構築~全合成完了

いよいよDEFG環部の構築です。

norzoanthamine_12

アセチレンフラグメントとアルデヒドとのカップリング反応を行い、諸々の官能基変換を経て11工程でビスアミナール形成前駆体を得ています。合成に不要な重水素は、エステルへの酸化で消えて無くなっていることに着目してください。極めて巧妙な経路設計です。

ビスアミナール構築については、まずはじめに酢酸、水中100℃で過熱することによりイミニウムイオンとし、さらにトリフルオロ酢酸を作用させることでアンモニウム塩を得るという2段階が必要となっています。

最後に、塩基性アルミナを通すことによりビスアミノアセタール構築を81%という高収率で進行させることができ、ノルゾアンタミンの全合成を達成し ました。

 

まとめ

以上見てきた経路は、41工程、総収率3.5%(92%/step)という、これほどの難度を誇る化合物としては格別に高い効率が実現されています。

そのために用いられている独創的な発想ももちろん優れているのですが、「骨粗鬆症という難治性疾患に有効な手立てを与えうる研究」という側面も持ち合わせた研究となっています。これらの観点が評価され、Science誌に掲載されたのではないかと考えられます。

今後さらなるルートの洗練化により、骨粗鬆症の治療法開発も進むことを期待したいところです。

(2005.1. 2 by ブレビコミン、2015.2.15 加筆修正 by cosine)

(※本記事は以前公開されていた記事を加筆修正して「つぶやき」に移行したものです。)

関連文献

[1] D. R. Williams et al. Org. Lett. 2000, 2, 1023.

[2] E. A. Theodorakis et al. Org. Lett. 2004, 6, 941.

[3] S. Kobayashi et al. Tetrahedron Lett. 1998, 39, 6241.

[4] D. R. Williams et al. Tetrahedron Lett. 1998, 39, 2675.

 

関連書籍

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。現在国立大学教員として勤務中。専門は有機合成化学、主に触媒開発研究。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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