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マイケル付加/Michael Addition

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概要

マイケル付加(Michael Addition、共役付加 Conjugate Addition、1,4-付加とも呼ばれる)は、Arthur Michaelが 1887 年に報告した、ナトリウムマロン酸エステル・アセト酢酸エステルの不飽和エステルへの付加に由来する[1][2]

電子求引基(EWG:カルボニル、エステル、ニトロ、シアノ、スルホニルなど)で活性化された電子不足のアルケン(またはアルキン)に対し、求核剤が付加してC–C(あるいはC–ヘテロ原子)結合を形成する反応である。もっとも典型的には、α,β-不飽和カルボニル化合物(マイケルアクセプター)に、活性メチレン化合物由来の安定化エノラート(マイケルドナー)が付加する。付加はカルボニル炭素(1,2位)ではなく、共役系のβ炭素(1,4位=共役付加)で起こり、いったん生成したエノラートがプロトン化されてケトン/エステル体に戻る。

元々はカルボニル基が共役した電子不足二重結合に炭素アニオンが1,4-付加する反応を指していたが、現在ではカルボニル基以外の電子求引基が置換した電子不足二重結合・三重結合をアクセプターとする反応、および有機金属化合物(RLiRMgXR2CuLiなど)・アミン・アルコキシド・チオールなどをドナーとする反応にも拡張して「マイケル付加(共役付加)」と総称される。近年は不斉触媒による触媒的不斉マイケル付加が精力的に開発され、天然物・医薬品の実用的な不斉合成にも用いられている[5][6][7][8][9][10]

反応機構

塩基触媒による古典的なマイケル付加の素過程は次の通りである。(i) マロン酸エステルなどの活性メチレン化合物は、二つの電子求引基に挟まれたC–Hの酸性度が高く(pKa ≈ 11–13)、触媒量の塩基(アルコキシドなど)で容易に脱プロトン化され、共鳴で安定化された炭素アニオン(エノラート)を生じる。(ii) この求核剤が、マイケルアクセプターのβ炭素を攻撃して1,4-付加し、新たなC–C結合とともにアクセプター由来のエノラートを生成する。(iii) 生じたエノラートは、系中の別のマロン酸エステルからプロトンを引き抜き(あるいは後処理でプロトン化され)、中性の1,4-付加体を与えるとともに次の求核剤を再生する。

この機構の要点は、β炭素への付加が熱力学的に有利である点にある。付加の初期段階(1,2 vs 1,4)は可逆でありうるが、より安定な1,4-付加体(弱いC=Cπ結合を強いC–Cσ結合に組み替える)へ収束する。付加体のエノラートがマロン酸エステルのプロトンを引き抜く段階がほとんど不可逆的に進むため、アルドール反応と異なり、求電子剤と求核剤を1:1の量比で用いても収率よく生成物が得られ、塩基は触媒量でよい。

求核剤の「硬さ/軟らかさ」が1,2-/1,4-選択性を左右するという整理も広く用いられている。硬い求核剤(有機リチウム、グリニャール試薬など)はカルボニル炭素(1,2-付加)へ、軟らかい求核剤(有機銅、安定化エノラート、チオール、アミン、シアニドなど)はβ炭素(1,4-付加)へ向かいやすいとされる。グリニャール試薬に触媒量の銅塩を加えると1,4-付加へ切り替わるのはこの典型例である。

特徴・適用範囲・類似反応との比較

強み: 触媒量の塩基で進行し、原子効率よくC–C結合を一段で構築できる。求電子剤(アクセプター)と求核剤(ドナー)を等量で用いても高収率が得られやすい。アクセプター・ドナーの電子求引基を選ぶことで幅広い基質に適用でき、続くアルドール/環化と組み合わせてロビンソン環化など多段変換の起点になる。不斉触媒の発展により、四級炭素を含む不斉中心の構築にも用いられる[7][8]

弱み・注意点: 強い塩基性条件では逆マイケル(retro-Michael)や、アクセプター過剰では二重付加(bis-addition)、アクリレート系では塩基によるアニオン重合などの副反応が起こりうる(教材的な一般的注意。要確認)。硬い求核剤では1,2-付加が競合する。立体的に混み合った基質や、四級炭素生成を伴う付加では反応が遅く、触媒設計を要する。

適用範囲: ドナーはマロン酸エステル・β-ケトエステル・ニトロアルカン・シアノ酢酸エステルなどの安定化炭素求核剤、有機銅アート試薬、エナミン、シリルエノールエーテル(向山–マイケル反応)、およびアミン・チオール・アルコキシドなどのヘテロ原子求核剤(アザ/チア/オキサ-マイケル)まで広い。アクセプターはエノン・エナール・不飽和エステル/ニトリル/ニトロ/スルホン、キノンなど電子不足のアルケン・アルキン全般に及ぶ。

反応例

有機銅による1,4-付加

有機銅アート試薬(R₂CuLi)を用いる共役付加は、単純な炭素基をエノンのβ位へ位置選択的に導入でき、ステロイド骨格CD環の構築などに用いられてきた。

向山–マイケル付加

シリルエノールエーテルを、四塩化チタン等のルイス酸存在下でα,β-不飽和ケトン・アセタールへ付加させると、中性〜弱酸性の温和な条件で1,4-付加体が得られる[4]。塩基性条件に弱い基質に有用である。

触媒的不斉マイケル付加

柴崎らは、ランタン–BINOL系ヘテロ二金属触媒(La-linked-BINOL 錯体)を用い、マロン酸エステル類のエノン(シクロヘキセノン等)への触媒的不斉マイケル付加を高エナンチオ選択的に達成した。この安定・保存・再利用可能な触媒は、対応する光学活性1,4-付加体を与える[7]。ヘテロ二金属不斉触媒の一般的背景は総説[6]も参照。

全合成での鍵段階

触媒的不斉マイケル付加を全合成の鍵C–C結合形成に用いた実例として、以下が知られる。

  • (−)-ストリキニーネの不斉全合成(柴崎ら, 2002): Al–Li–BINOL(ALB)系ヘテロ二金属触媒による触媒的不斉マイケル反応(報告では 0.1 mol% の触媒で >99% ee、kg スケールでの実施)を鍵段階とし、続くタンデム環化で複雑な多環骨格を構築した[8]。低触媒量・大スケール適用は不斉マイケル付加の実用性を示す好例である。
  • リッチオカルピンA(ricciocarpin A)の簡潔合成(List ら, 2009): 有機触媒による分子内マイケル付加を鍵段階として、少工程で標的を合成した[9]
  • オルガノカスケード触媒による天然物の一括合成(MacMillan ら, 2011): イミダゾリジノン系有機触媒を用いる共役付加を含むカスケードで、Strychnos/Aspidosperma/Kopsia 系など多数のインドールアルカロイドを共通中間体から合成した[10]

実験手順

代表的プロトコル

マロン酸ジエチル等の活性メチレン化合物を、触媒量の塩基(ナトリウムエトキシド、炭酸カリウム、DBU など)とともに無水溶媒(エタノール、THF など)に溶かす。ここへマイケルアクセプター(エノン・アクリレート等、多くは1.0〜1.1当量)を、必要に応じて冷却しながら加え、室温〜穏やかな加熱で撹拌して反応をTLC等で追跡する。完了後、酸で中和し、抽出・洗浄・乾燥・濃縮し、再結晶またはクロマトグラフィーで精製する。

実験のコツ・テクニック

  • 有機銅試薬は低温・不活性雰囲気で: R₂CuLi等のキュープラートはCuI由来で調製し、低温・アルゴン下で扱う。
  • 副反応(逆マイケル・二重付加・重合)に注意: 過剰の塩基や高温では逆マイケルが、アクセプター過剰では二重付加が、アクリレート系では塩基によるアニオン重合が起こりうるとされ、塩基量・温度・添加順序の管理が推奨される。

参考文献

  1. Michael, A. “Ueber die Addition von Natriumacetessig- und Natriummalonsäureäthern zu den Aethern ungesättigter Säuren.” J. Prakt. Chem. 1887, 35, 349–356. DOI: https://doi.org/10.1002/prac.18870350136 (基本文献)
  2. Michael, A. J. Prakt. Chem. 1894, 49, 20–25. DOI: https://doi.org/10.1002/prac.18940490103 (基本文献)
  3. Bergmann, E. D.; Corett, R. “Basic Exchange Resins as Catalysts in the Michael Reaction. II.” J. Org. Chem. 1958, 23, 1507–1510. DOI: https://doi.org/10.1021/jo01104a028
  4. Narasaka, K.; Soai, K.; Aikawa, Y.; Mukaiyama, T. “The Michael Reaction of Silyl Enol Ethers with α,β-Unsaturated Ketones and Acetals in the Presence of Titanium Tetraalkoxide and Titanium Tetrachloride.” Bull. Chem. Soc. Jpn. 1976, 49, 779–783. DOI: https://doi.org/10.1246/bcsj.49.779 (向山–マイケル付加)
  5. d’Angelo, J.; Desmaële, D.; Dumas, F.; Guingant, A. “The Asymmetric Michael Addition Reactions Using Chiral Imines.” Tetrahedron: Asymmetry 1992, 3, 459–505. DOI: https://doi.org/10.1016/S0957-4166(00)80251-7 (不斉マイケル付加の方法論・総説)
  6. Shibasaki, M.; Sasai, H.; Arai, T. “Asymmetric Catalysis with Heterobimetallic Compounds.” Angew. Chem. Int. Ed. Engl. 1997, 36, 1236–1256. DOI: https://doi.org/10.1002/anie.199712361 (ヘテロ二金属不斉触媒の総説)
  7. Kim, Y. S.; Matsunaga, S.; Das, J.; Sekine, A.; Ohshima, T.; Shibasaki, M. “Stable, Storable, and Reusable Asymmetric Catalyst: A Novel La-linked-BINOL Complex for the Catalytic Asymmetric Michael Reaction.” J. Am. Chem. Soc. 2000, 122, 6506–6507. DOI: https://doi.org/10.1021/ja001036u
  8. Ohshima, T.; Xu, Y.; Takita, R.; Shimizu, S.; Zhong, D.; Shibasaki, M. “Enantioselective Total Synthesis of (−)-Strychnine Using the Catalytic Asymmetric Michael Reaction and Tandem Cyclization.” J. Am. Chem. Soc. 2002, 124, 14546–14547. DOI: https://doi.org/10.1021/ja028457r (不斉マイケル付加を鍵段階とする全合成)
  9. Michrowska, A.; List, B. “Concise Synthesis of Ricciocarpin A and Discovery of a More Potent Analogue.” Nat. Chem. 2009, 1, 225–228. DOI: https://doi.org/10.1038/nchem.215 (分子内マイケル付加を鍵段階とする合成)
  10. Jones, S. B.; Simmons, B.; Mastracchio, A.; MacMillan, D. W. C. “Collective Synthesis of Natural Products by Means of Organocascade Catalysis.” Nature 2011, 475, 183–188. DOI: https://doi.org/10.1038/nature10232 (共役付加を含む有機触媒カスケード)

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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