[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

有機反応を俯瞰する ー芳香族求電子置換反応 その 2

[スポンサーリンク]

前回、芳香族求電子置換反応の概要と一般的な反応機構についてお話ししました。そこでは、ベンゼンの安定な芳香族 π 電子を、強力な求電子剤が無理やり引き出すことで、ベンゼンの求電子置換反応が起こることを説明しました。今回は、フェノールの反応性と配向性について説明し、ベンゼンの反応とフェノールの反応の反応機構を書き分けるべきだということについてお話しします。

前回からの課題

本題に入る前に、簡単に前回の復習をします。前回、ベンゼンおよびフェノールの臭素化について比較し、次の疑問をあげました。

  1. なぜベンゼンとフェノールで反応性が違うのか。(触媒の必要性)
  2. フェノールはなぜ o,p- 位で反応するのか 。逆になぜ m- 位だけ反応しないか。

%e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-11-04-23-34-15ベンゼンの反応性が低い理由については、前回お話ししたとおりです。手短に言うと、ベンゼン環が持つ π 電子系は、電子が環全体に非局在化して安定だから反応性が低いのでした。一方、上の反応式(むしろ実験事実)が示しているように、フェノールは触媒なしでも臭素と 3 回反応します。明らかにフェノールはベンゼンよりも高い反応性を有します。このことを説明できるような反応機構を書くことを目標とします。

フェノールの共鳴構造式

さて、フェノールとベンゼンの違いは、見た目通りヒドロキシ基 (OH 基) の有無です。そして、フェノールのヒドロキシ基の酸素は非共有電子対(ローンペア)を持っており、次の共鳴極限構造式を書くことができます。

%e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-11-06-23-32-59

この式が意味していることは、

酸素の非共有電子対はベンゼン環上に流れ込んでおり、
その負電荷がヒドロキシ基から見て o 位と p 位にも分布している

ということです。

ところで、非共有電子対(あるいは非結合電子対ともいう)という言葉を文字どおり読めば、”分子内の共有結合に関与していない電子” です。したがってその非共有電子対は、”これから新しい結合を作る” ことに適しており、o 位と p 位は反応性が高いことが読み取れます。(フロンティア軌道論の言葉を借りれば、酸素の非結合電子対が π 共役によって非結合性の HOMOの形成に関与しているということです。その非結合性軌道は、共鳴構造式が表すようにベンゼン環の o,p 位に軌道係数を有しています。)

反応機構 -共鳴構造を意識して書く-

それでは、上で説明したことを踏まえて、フェノールの臭素化の反応機構を次のように書いてみます。

%e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-11-13-23-49-25

1つの段階あたりに多くの巻矢印を書いていますが、理由なく矢印を並べているわけではありません。各段階の電子の流れを追ってみましょう。

第一段階で、酸素上から出発した電子が、ベンゼン環上の  p 位の炭素から流れ出て、臭素に攻撃します。ここでは p 位で反応させていますが、o 位で反応するようにも書けます。(しかしm 位で反応するようには書けません。)

続いて第二段階で、プロトンを放出して電子を酸素上に戻すことにより、置換反応が完結します。

が、さらに反応は繰り返されます。なぜなら共鳴構造式が示してくれたように酸素の非共有電子対はヒドロキシ基の o 位と p 位に流れ込んでいるために、o 位と p 位はどちらも高い反応性を有するからです。したがって、置換反応はそれらの位置において容易に進行します。もしフェノールの臭素化を一度で止めたいなら、低温下でフェノールに対して臭素を少しずつ、正確に 1 等量加える必要があります。

ローンペアを押し流す

今回の反応の鍵段階は、この場面です。

%e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-11-12-22-16-09

この図は、

酸素がローンペアをベンゼン環に押して、p 位で流れ出る

と読みます。多くの矢印が書かれていますが、ベンゼン環は、電子の流れを伝える媒体になっているだけです。反応の起点(電子の流れの始点)はあくまでも酸素の非共有電子対です。このように反応機構を書くと、電子がベンゼン環の外へ向かうには、必然的に o 位か p 位の炭素を通り抜けなければなりません。このことから配向性を説明できます。さらにフェノールの反応を担うのが安定なベンゼン環由来の π 電子ではないことが示されているので、ベンゼンと比べて反応性高いことも説明できています。他にもアニリンのように、ローンペアを有する原子がベンゼン環に直接結合している場合には、この方針に従って反応機構を書くことができます。

芳香族求電子置換反応を俯瞰する

比較のために前回の鍵段階も並べて書いてみましょう。

%e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-11-13-23-49-37

一見すると、同じ形式の反応ですが、ベンゼン環から臭素へ向かう矢印の意味合いは違っています。

ベンゼンの求電子置換反応の場合、臭素へ向かう π 電子は、ベンゼン環の芳香族安定性を直接担う電子なので、強力な求電子剤による引き出しが反応の起点になります。一方、フェノールの求電子置換反応の場合、酸素がローンペアをベンゼン環上へ押し流して、反応に関与します。このような酸素原子からの押し出しがあるので、フェノールは比較的弱い求電子剤とも反応します(例えば臭素分子のような)。

別の視点からの説明

ここから先は蛇足の話を 2 点。まずフェノールの配向性に関して、次のような説明も可能です。

%e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-11-13-23-50-05

通常のベンゼンと同じようにベンゼン環上の π 電子が求電子剤と反応するが、o,p- 位で反応した場合には、中間体のカルボカチオンは酸素のローンペアが共鳴構造に関与する。その共鳴構造は、分子中の全ての原子がオクテットを満たしており、通常のカルボカチオンよりも安定である。したがって、o,p- 攻撃は活性化エネルギーが低く、有利である。

こちらの説明も説得力がある事実ですが、この説明では酸素の非共有電子対の役割が「中間体の正電荷を埋め合わせることである」という印象を受けます (私が初めてこの説明を聞いたときはそう思いました)。一方、今回紹介したように最初から酸素の非共有電子対から電子の流れを出発させると、酸素がフェノールの反応性を通常のベンゼンよりも劇的に高めていること(活性化していること)を明記できます。なので個人的には、”ローンペアを押し流す” 書き方の方が好きです。

m 配向の説明

また、配向性の話を完結させるために m 配向性についても付け加えておきます。(今回の鍵段階である ” ローンペアを押し流す” こととは正反対ですが。)

m 配向性を示すベンゼン誘導体の代表例は、ニトロベンゼンです。ニトロベンゼンのニトロ基のような非常に強い電子求引基は、以下のような共鳴構造式が書けます。

%e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-11-13-23-50-25

上の式は、ニトロ基がベンゼン環上の π 電子を引き込んで、ベンゼン環上のo 位と p 位の電子密度を低下させている様子を表しています。したがって、求電子剤は、残った m 位に仕方なく攻撃することになります。したがってこちらの m 配向性の芳香族求電子置換反応は、強力な求電子剤で π 電子を無理やり “引き出す” 機構に分類できます。

%e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-11-13-23-50-38

 

以上、前回と今回の記事で芳香族求置換反応を見てきました。前回は、活性化されていない芳香族化合物における求電子置換反応をピックアップしたので、今回は、活性化された芳香族化合物が出発物質となる人名反応を中心的に取り上げておきます。

反応名 鍵段階 備考
Kolbé–Schmitt 反応 %e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-11-26-22-46-39 オルト置換体の生成が有利である。このことはナトリウムのキレート効果に由来すると考えられている。
 %e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-11-26-21-54-11
Fries 転位 %e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-11-26-22-46-47  分子内での Fridel-Crafts アシル化とみなすことができる。
%e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-11-26-21-54-31
ジアゾカップリング %e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-11-27-22-48-17
   %e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-11-26-21-54-56
Reimer–Tiemann 反応 %e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-11-26-22-47-27 クロロホルムに強塩基を作用させることで発生するジクロロカルベンが求電子剤として作用する。
%e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-11-19-22-36-11
ピリジン N-オキシドへの求電子置換反応 %e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-11-26-22-47-36 ピリジンは通常、芳香族求電子置換反応に対して反応性が低いが、ピリジン N-オキシドでは酸素原子の非共有電子対が芳香環に流れ込むことで反応性が高められている。
%e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-11-19-22-36-32
Vilsmeier–Haack 反応 %e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-11-26-22-47-46 DMF とオキシ三塩化リンとの反応により生じる Vlismeier 反応剤が求電子剤として作用する。 求電子置換反応に続いてアミドが加水分解されることで、ホルミル基が導入される。
   %e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-11-23-22-08-58
Bischler–Napieralski  イソキノリン合成 %e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-11-26-22-47-59 芳香族化合物の分子内に Vilsmeier 反応剤を発生させ、分子内芳香族求電子置換反応を起こす反応。
%e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-11-26-23-15-14
von Pechmann 反応 %e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-11-26-22-48-20  求電子置換反応に続いて、脱水とラクトン化が起こりクマリン誘導体が得られる。
%e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-11-26-22-01-53

関連動画

フェノール誘導体 (4-ヒドロキシ安息香酸メチル)の臭素化。臭素を加えると、直ちに反応して白色沈殿が生じる。ベンゼンの臭素化 (前回も参照)と違って、触媒の必要はなく室温でも反応が進行していることに注目。ベンゼンとは明らかに反応性が異なることがわかります。

本連載の過去記事はこちら

関連反応

関連書籍

ボルハルト・ショアー現代有機化学下

ボルハルト・ショアー現代有機化学下

K.P.C.Vollhardt, N.E.Schore
Amazon product information
ウォ-レン有機化学 (上)

ウォ-レン有機化学 (上)

ジョナサン・クレイデン, ニック・グリ-ヴズ, ステュア-ト・ウォレン
Amazon product information
人名反応に学ぶ有機合成戦略

人名反応に学ぶ有機合成戦略

Kurti L., Czako B.
Amazon product information
Avatar photo

やぶ

投稿者の記事一覧

PhD候補生として固体材料を研究しています。学部レベルの基礎知識の解説から、最先端の論文の解説まで幅広く頑張ります。高専出身。

関連記事

  1. 次世代型合金触媒の電解水素化メカニズムを解明!アルキンからアルケ…
  2. 『リンダウ・ノーベル賞受賞者会議』を知っていますか?
  3. 私がケムステスタッフになったワケ(2)
  4. イグ・ノーベル賞の世界展に行ってきました
  5. 第五回ケムステVシンポジウム「最先端ケムバイオ」を開催します!
  6. 分子間相互作用の協同効果を利用した低対称分子集合体の創出
  7. ストックホルム国際青年科学セミナー・2018年の参加学生を募集開…
  8. Pdナノ粒子触媒による1,3-ジエン化合物の酸化的アミノ化反応の…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 光熱変換材料を使った自己修復ポリマーの車体コーティングへの活用
  2. 「高校化学グランドコンテスト」が 芝浦工業大学の主催で2年ぶりに開催
  3. 日本精化ってどんな会社?
  4. 表現型スクリーニング Phenotypic Screening
  5. 秋田の女子高生が「ヒル避け」特許を取得
  6. 京大北川教授と名古屋大学松田教授のグループが”Air Liquide Essential Molecules Challenge”にて入賞
  7. 【24卒 化学業界就活スタート講座 5月15日(日)Zoomウェビナー開催決定!】化学系学生のための就活×太陽ホールディングス
  8. 広瀬すずさん出演のAGCの新CM『素材でがんばるAGC/水の供給篇』が放映開始
  9. 安定な環状ケトンのC–C結合を組み替える
  10. えれめんトランプをやってみた

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2016年12月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

注目情報

最新記事

「MI×データ科学」コース 〜LLM・自動実験・計算・画像とベイズ最適化ハンズオン〜

1 開講期間2026年5月26日(火)、29日(金) 計2日間2 コースのねらい、特色近…

材料の数理モデリング – マルチスケール材料シミュレーション –

材料の数理モデリング概要材料科学分野におけるシミュレーションを「マルチスケール」で理解するた…

第59回天然物化学談話会@宮崎(7/8~10)

ごあいさつ天然物化学談話会は、全国の天然物化学および有機合成化学を研究する大学生…

トッド・ハイスター Todd K. Hyster

トッド・カート・ハイスター(Todd Kurt Hyster、1985年10月10日–)はアメリカ出…

“最難関アリル化”を劇的に加速する固定化触媒の開発

第 703回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院 理工学府 博士課程前期で…

「ニューモダリティと有機合成化学」 第5回公開講演会

従来の低分子、抗体だけでなく、核酸、ペプチド、あるいはその複合体(例えばADC(抗体薬物複合体))、…

溶融する半導体配位高分子の開発に成功!~MOFの成形加工性の向上に期待~

第702回のスポットライトリサーチは、関西学院大学理学部(田中研究室)にて助教をされていた秋吉亮平 …

ミン・ユー・ガイ Ming-Yu Ngai

魏明宇(Ming-Yu Ngai、1981年X月XX日–)は米国の有機化学者である。米国パデュー大学…

第55回複素環化学討論会

複素環化学討論会は、「複素環の合成、反応、構造および物性」をテーマとして、化学・薬学・農芸化学など幅…

逐次的脱芳香族化と光環化付加で挑む!Annotinolide B初の全合成

Annotinolide Bの初の全合成が報告された。キノリンの逐次的な脱芳香族化と分子内光環化付加…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP