[スポンサーリンク]

ケムステニュース

ヒアリの毒素を正しく知ろう

[スポンサーリンク]

大井埠頭(東京・品川)で陸揚げされたコンテナから、強い毒を持つ南米原産のアリ「ヒアリ」が発見された問題で、東京都は7日、環境省などと追加調査を実施した結果、コンテナの床面から100匹以上のヒアリが新たに見つかったと発表した。いずれも働きアリで女王アリは確認されていない。刺されるなどした人も報告されていないという。
都によると、大井埠頭の敷地内なども調べたが、コンテナ以外でヒアリは確認されなかった。
大井埠頭では3日、コンテナ業者がコンテナ内に働きアリ1匹がいたことを確認。業者が駆除し、専門機関が鑑定したところ、6日にヒアリだったことが判明していた。

日本経済新聞 2017.7.7

 

ヒアリで冷やっとしたとかいうオヤジギャグがシャレにならないレベルで全国各地から発見の報告が相次いでいます。

これだけ世界中でヒト、物が行き来する時代ですので、外来種の侵入、定着を完全に封じ込めるのは不可能に近いですが、それがヒトの健康を脅かすものであったり、既存の生態系を著しく破壊したり、また経済的に許容できない被害を与えたりする場合は、何としても防御態勢を整えることが重要です。

そこで、このヒアリについて化学の視点から正しい知識を身につけて、来たる日に備えることも必要だと思います。

 

外来種は天敵の不在など複合的な要因でその生息域を広げていくものがあります。このヒアリの場合、主に南米原産のものが北米大陸にも侵入しており、甚大な被害がもたらされています。その主な被害としては、地下を掘られることによる建物への影響や、家畜が刺されることによる被害、そしてヒトが刺されることによって最悪の場合死に至るという多岐に渡る厄介な生物です。

その名の通り英語ではfire antですが、英名では特にred imported fire antで略してRIFAとも称されることがあるようです。被害額は数千億円規模とも見積もられていますが、特に気になるのがヒトが死に至るというところ。すなわち彼らの毒素です。

 

外来種のアリでヒアリと同じく世界の侵略的外来種ワースト100に選定されているアルゼンチンアリ大あごで噛むことが直接の被害ですが、ヒアリの場合は腹の先端の針で刺し、分泌される毒素が問題となります。ではその毒素の正体はなんなのでしょうか?

(+)-Solenopsin Aの構造

その95%を占める主成分はピペリジンを共通の骨格としたアルカロイドであり、置換基が異なる化合物がいくつか検出されています。特にsolenopsin Aとして知られる化合物はPI3キナーゼ阻害活性などがある化合物として知られています。これらの化合物のラットを使った急性毒性試験では、半数致死量LD50 = 0.36 mg/Kgと見積もられています。働きアリの一刺しが約0.7nl程の毒素を含んでいるとされていますので、刺されたからと言って直ちにこのアルカロイドによって死に至る可能性はかなり低いと考えられます。

しかし、毒素の成分中には40を超えるタンパク質が微量(重量にしてわずか0.1%)ながら検出されており、この中の4つほどのタンパク質がいわゆるアナフィラキシーショックを引き起こす可能性があるため、複数回刺されると危険なのです。

Sol i 2の結晶構造(図は論文1より引用)

この中で、Sol i 1から4(学名がSolenopsis invictaから)と名付けられたそれぞれ分子量約37, 28, 26, 20 kDaタンパク質のうち、Sol i 2は毒素中の全タンパク質の1/2から2/3を占めます。このタンパク質の結晶構造も報告されており、ある種のフェロモン結合タンパク質に似ているそうです。ヒアリはこれらのタンパク質を毒素として生産しているわけではなく、たまたまヒトの抗体が激しく反応してしまうという不幸なのかもしれません。

 

ということで、おさらいですがまずは刺されないようにすることが重要ですが、特に危険なのはアナフィラキシーショックなので、万一一度刺されてしまった場合はかなり注意が必要だと思われます。この世界ではあらゆるもののボーダーレス化は止めることができませんが、なんとか外来種の侵入については水際作戦につぎ込むのをケチらずに対策をしていく必要があるように思います。

参考文献

 

  1. Borer, A.S.; Wassmann, P.; Schmidt, M.; Hoffman, D.R.; Zhou, J.J.; Wright, C.; Schirmer, T.; Marković-Housley, Z. J. Mol. Biol. 415, 635 (2012). DOI: 10.1016/j.jmb.2011.10.009

 

関連書籍

ペリプラノン

投稿者の記事一覧

有機合成化学が専門。主に天然物化学、ケミカルバイオロジーについて書いていきたいと思います。

関連記事

  1. 「アジア発メジャー」狙う大陽日酸、欧州市場に参入
  2. ミツバチの活動を抑えるスプレー 高知大発の企業が開発
  3. 京都の高校生の学術論文が優秀賞に輝く
  4. MIT、空気中から低濃度の二酸化炭素を除去できる新手法を開発
  5. 三井化学、機能性ポリマーのウェブサイト始動
  6. 「物質と材料のふしぎ」4/17&21はNIMS一般公開
  7. トムソン・ロイター:2009年ノーベル賞の有力候補者を発表
  8. アラスカのカブトムシは「分子の防寒コート」で身を守る

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. タミフル、化学的製造法を開発…スイス社と話し合いへ
  2. 偽造ウイスキーをボトルに入れたまま判別する手法が開発される
  3. 大日本製薬と住友製薬が来年10月合併・国内6位に
  4. 東京化成工業より 春の学会年会に参加予定だったケムステ読者の皆様へ
  5. Ugi反応を利用できるアルデヒドアルデヒド・イソニトリル・カルボン酸・アミン
  6. ダフ反応 Duff Reaction
  7. 中外製薬、抗悪性腫瘍剤「エルロチニブ塩酸塩」の製造販売承認を申請
  8. メーヤワイン・ポンドルフ・ヴァーレイ還元 Meerwein-Ponndorf-Verley (MPV) Reduction
  9. リン Phosphorusー体の中の重要分子DNAの構成成分。肥料にも多用される
  10. リンドラー還元 Lindlar Reduction

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年7月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31  

注目情報

最新記事

超塩基に匹敵する強塩基性をもつチタン酸バリウム酸窒化物の合成

第604回のスポットライトリサーチは、東京工業大学 元素戦略MDX研究センターの宮﨑 雅義(みやざぎ…

ニキビ治療薬の成分が発がん性物質に変化?検査会社が注意喚起

2024年3月7日、ブルームバーグ・ニュース及び Yahoo! ニュースに以下の…

ガラスのように透明で曲げられるエアロゲル ―高性能透明断熱材として期待―

第603回のスポットライトリサーチは、ティエムファクトリ株式会社の上岡 良太(うえおか りょうた)さ…

有機合成化学協会誌2024年3月号:遠隔位電子チューニング・含窒素芳香族化合物・ジベンゾクリセン・ロタキサン・近赤外光材料

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年3月号がオンライン公開されています。…

日本化学会 第104春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part3

日本化学会年会の付設展示会に出展する企業とのコラボです。第一弾・第二弾につづいて…

ペロブスカイト太陽電池の学理と技術: カーボンニュートラルを担う国産グリーンテクノロジー (CSJカレントレビュー: 48)

(さらに…)…

日本化学会 第104春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part2

前回の第一弾に続いて第二弾。日本化学会年会の付設展示会に出展する企業との…

CIPイノベーション共創プログラム「世界に躍進する創薬・バイオベンチャーの新たな戦略」

日本化学会第104春季年会(2024)で開催されるシンポジウムの一つに、CIPセッション「世界に躍進…

日本化学会 第104春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part1

今年も始まりました日本化学会春季年会。対面で復活して2年めですね。今年は…

マテリアルズ・インフォマティクスの推進成功事例 -なぜあの企業は最短でMI推進を成功させたのか?-

開催日:2024/03/21 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足の影…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP