[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

Arcutine類の全合成

[スポンサーリンク]

Arcutinidine, arcutinine, 及びarcutineの不斉全合成が達成された。生合成仮説に基づいたWagner–Meerwein型1,2-アルキル転位が鍵反応である

C20ジテルペノイドアルカロイド

Arcutine類(13)は、2001年にトリカブトより単離・構造決定されたC20ジテルペノイドアルカロイドに分類される化合物である[1]

これらは二重に縮環したビシクロ[2.2.2]オクタン骨格や、高度に官能基化されたピロリン部位といった特徴的な構造をもつ。これまで13の全合成の報告はなかったが、本年3つのグループ(Qin・Sarpong・Li)より矢継ぎ早に報告された。

Qinらは、アザワッカー酸化と続くIMDAによって、連続的なピロリン部位とビシクロ[2.2.2]オクタン骨格の構築により、arcutine(2)およびarcutinidine(3)の初の全合成を達成した(図1B)[2]

また、Sarpongらは今回紹介する論文とほぼ同時[3]3の合成を達成した。彼らは、アクリル酸エステルとアリール基との[4+2]付加環化反応によってビシクロ[2.2.2]オクタン骨格を構築した(図1C)[4]

一方でSarpongらは以前、hetidine骨格4を経由するarcutine類の生合成仮説を提唱している(図1D)[5]。これは、4の酸化によって生じるhetidine型カルボカチオン6が、1,2-アルキル転位によってarcutine型カルボカチオン7となり、arcutine骨格3’を与えるという主張である。DFT計算により転位後生成物8が転位前の5より2.1kcal/mol安定であることを示したが、本生合成仮説の実証には至っていなかった。
今回、上海有機化学研究所(SIOC)のLi教授は、Sarpongらの生合成仮説に基づいた合成を計画した。すなわちarcutine類(13)は、アニオン促進型Diels–Alder反応により構築したhetidine骨格からPrins/Wagner–Meerwein型1,2-アルキル転位により合成できると考えた(図1E)。

図1. (A) Arcutine類の構造 (B) Qinらの合成 (C) Sarpongらの合成 (D) Hetidine骨格を経由するarcutine類の生合成仮説 (E) 今回の逆合成

“Asymmetric Total Synthesis of Arcutinidine, Arcutinine, and Arcutine”
Zhou, S.; Xia, K.; Leng, X.; Li, A. J. Am. Chem. Soc. 2019 Just Accepted Manuscript
DOI: 10.1021/jacs.9b05818
論文著者の紹介

研究者:Ang Li
研究者の経歴:
2004 B.Sc. Peking University (Prof. Zhen Yang)
2009 Ph. D. The Scripps Research Institute (Prof. K. C. Nicolaou)
2010 Research fellow Institute of Chemical and Engineering Sciences (Prof. K. C. Nicolaou)
2010­­– Professor Shanghai Institute of Organic Chemistry, Chinese Academy of Science
研究内容:天然物の全合成研究

論文の概要

Liらはまず、容易に合成可能な9および10のDiels–Alder反応によって11を合成した(図2)。

続いて、LiHMDSを用いたエノールの生成に伴うアニオン促進型分子内Diels–Alder反応によってhetidine骨格前駆体となる12へ導いた。

このような合成戦略に基づく12に類似した骨格構築は同著者らが以前にも報告しているため参照されたい(6)

次に、鍵反応であるPrins反応、およびWagner–Meerwein転位によってarcutine骨格15を得ることに成功した。種々の検討の結果、Lewis酸にSnCl4を用いる場合が最も収率良く目的の15を与えた(entry 5)。なお、転位後のカルボカチオン中間体14を酸素求核剤によって捕捉しようと試みたが、主生成物は脱プロトン化が進行した15のみであった(entry 6)。続いて面選択的な向山水和反応、続く四酸化ルテニウム酸化によって16を合成した。最後に、16のラクトン部位の開環、17からのピロリン部位の形成によりarcutinidine(3)及びarcutinine(2)の合成を達成した。さらに3からarcutine (1)を合成し、1の構造が1’であると構造訂正をした[1]

図2. Arcutine類の立体選択的全合成

以上、今回筆者らは生合成仮説に基づいたPrins/Wagner–Meerwein反応によるarcutine型骨格への変換によって、arcutine類の立体選択的全合成を達成した。これにより、Sarpongらの生合成仮説の妥当性も支持された。今後、類似したC20ジテルペノイドアルカロイドの生物学研究、合成研究への応用が期待できる。

参考文献

  1. (a) Tashkhodzhaev, B.; Saidkhodzhaeva, S. A.; Bessonova, I. A.; Antipin, M. Y. Chem. Nat. Compd2000, 36, 79. DOI: 10.1007/BF02234909(b) Saidkhodzhaeva, S. A.; Bessonova, I. A.; Abdullaev, N. D. Chem. Nat. Compd. 2001,37, 466. DOI: 10.1023/A:1014479628541
  2. Nie, W.; Gong, J.; Chen, Z.; Liu, J.; Tian, D.; Song, H.; Liu, X. Y.; Qin, Y. J. Am. Chem. Soc.2019, 141, 9712. DOI: 10.1021/jacs.9b04847
  3. 同日(2019年5月31日)、Sarpongらの論文は00:36に、Liらの論文(本論文)は00:37にChemRxiv™️上で公開された。
  4. Owens, K. R.; McCowen, S.; Blackford, K. A.; Ueno, S.; Hirooka, Y.; Weber, M.; Sarpong, R. J. Am. Chem. Soc.2019, Just Accepted Manuscript DOI: 10.1021/jacs.9b05815
  5. Weber, M.; Owens, K.; Sarpong, R. Tetrahedron Lett.2015, 56, 3600. DOI: 1016/j.tetlet.2015.01.111
  6. Zhou, S.; Guo, R.; Yang, P.; Li, A. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 9025. DOI: 10.1021/jacs.8b03712

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 資金洗浄のススメ~化学的な意味で~
  2. 第97回日本化学会春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Pa…
  3. 実験でよくある失敗集30選|第2回「有機合成実験テクニック」(リ…
  4. NMRデータ処理にもサブスクの波? 新たなNMRデータ処理ソフト…
  5. 金属錯体化学を使って神経伝達物質受容体を選択的に活性化する
  6. 化学作業着あれこれ
  7. 周期表の歴史を振り返る【周期表生誕 150 周年特別企画】
  8. 開発者が語る試薬の使い方セミナー 2022 主催:同仁化学研究所…

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 水素 Hydrogen -最も基本的な元素で、燃料電池の原料
  2. ポンコツ博士の海外奮闘録XIV ~博士,釣りをする~
  3. 元素・人気記事ランキング・新刊の化学書籍を追加
  4. 可視光で芳香環を立体選択的に壊す
  5. カチオンキャッピングにより平面π系オリゴマーの電子物性調査を実現!
  6. 【緊急】化学分野における博士進学の意識調査
  7. ティシチェンコ反応 Tishchenko Reaction
  8. ウルツ反応 Wurtz Reaction
  9. 第八回 自己集合ペプチドシステム開発 -Shuguang Zhang 教授
  10. ニセ試薬のサプライチェーン

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2019年8月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

注目情報

注目情報

最新記事

アメリカ企業研究員の生活①:1日の仕事の流れ

私はアメリカの大学院(化学科・ケミカルバイオロジー専攻)を卒業し、2年半前からボストンにある中規模の…

ラジカルを活用した新しいケージド化法: アセチルコリン濃度の時空間制御に成功!!

第 524回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院 薬学研究科 薬科学専攻 …

第38 回化学反応討論会でケムステをみたキャンペーン

今週の6月7日から9日に九州大学 西新プラザにて第38 回化学反応討論会に参加される皆様にお知らせで…

材料開発を効率化する、マテリアルズ・インフォマティクス人材活用のポイントと進め方

開催日:2023/06/07 申し込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化…

材料開発の変革をリードするスタートアップのデータサイエンティストとは?

開催日:2023/06/08  申し込みはこちら■開催概要MI-6はこの度シリーズAラウ…

世界で初めて有機半導体の”伝導帯バンド構造”の測定に成功!

第523回のスポットライトリサーチは、千葉大学 吉田研究室で博士課程を修了された佐藤 晴輝(さとう …

第3回「Matlantis User Conference」

株式会社Preferred Computational Chemistryは、7月21日(金)に第3…

第38回ケムステVシンポ「多様なキャリアに目を向ける:化学分野のAltac」を開催します!

本格的な夏はまだまだ先ですが、毎日かなり暖かくなってきました。皆様お変わりございませんでしょうか。…

フラノクマリン -グレープフルーツジュースと薬の飲み合わせ-

2023年2月に実施された第108回薬剤師国家試験において、スウィーティーという単語…

構造の多様性で変幻自在な色調変化を示す分子を開発!

第522回のスポットライトリサーチは、北海道大学 有機化学第一研究室(鈴木孝紀 研究室)で博士課程を…

Chem-Station Twitter

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP