[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

CO2を用いるアルキルハライドの遠隔位触媒的C-Hカルボキシル化

[スポンサーリンク]

カタロニア化学研究所・Ruben Martinらは、臭化アルキルを基質とし、Br基から遠隔位のC(sp3)-H結合をカルボキシル基へと変換する触媒系の開発に成功した。炭素源として二酸化炭素(CO2)を使用することが出来、温和な条件下、高い官能基許容性を誇る。位置選択性を条件次第でスイッチできることも特徴である。

“Remote carboxylation of halogenated aliphatic hydrocarbons with carbon dioxide”
Julia-Hernandez, F.; Moragas, T.; Cornella, J.; Martin, R.* Nature 2017, 545, 84-88. doi:10.1038/nature22316

問題設定と解決した点

 C(sp3)-H結合活性化を経てC-C結合を作る研究は近年盛んに行われている。数多くのC(sp3)-H結合が存在する分子において、官能基遠隔位における位置選択性の発現[1]は極めてチャレンジングな課題である。現在までに、

  1. 分子内で最も弱いC(sp3)-Hを活性化する手法
  2. 配向基を用いて特定のC(sp3)-Hを活性化する手法

によりこれは達成されてきた。

 とりわけ末端メチル基のC-Hカルボキシル化に関しては、高価な金属Zrを当量用いる手法に限られていたが、Martinらはニッケル触媒を用いた末端炭素のカルボキシル化に成功し、C(sp3)-H修飾法の幅を大きく広げた。

技術や手法の肝

 C(sp3)-X結合を標的とするカップリング反応では、β-ヒドリド脱離が競合することが高収率で反応を進行させることを阻んでおり、一般的課題とされている。

 Martinらはあえてβ-ヒドリド脱離を促進させるNi触媒を設計することで、chain-walking過程[1,2]を促進し、遠隔位でのC-C結合形成が達成できると考えた。

主張の有効性の検証

①反応条件の最適化

 2-bromoheptaneからCO2雰囲気下でカルボキシル化を行うべく、検討を行った。その結果、配位場周りに長鎖立体障害(ヘキセニル基)をもつ配位子L1、NiI2、還元剤としてMnの組み合わせが、冒頭図のような反応を高収率にて進行させることを見出した。Brの位置に関わらず末端の炭素にて反応するため、想定通りchain-walking過程を経て進行していると考えられる。

②基質一般性の評価

 エステル、ケトン、ニトリル、ヒドロキシル基、クロル基、トリフルオロメチルチオ基など、幅広い官能基許容性を示す。より反応性の高いベンジル位を分子内持つ化合物においても、末端選択的に反応が進行している。複数の一級C-Hが存在する基質においては、最も空いている場所で反応が進行している。

本手法がBr基の位置に関わらず末端炭素で反応が起こることを利用し、石油原料より得られるアルカン・アルケン混合物を臭素化したものに対し、精製過程を挟まず末端カルボン酸を直接合成できることを実証している。

③選択性のスイッチ

エステルやアミドを有する基質に対し、反応を低温(10℃)で行うと末端にて反応が、高温(42℃)で行うとカルボニルのα位にて反応が進行する。反応を高温で行うと、α,β-不飽和カルボニルなどの熱力学支配中間体を生じるためだと考察されている。

④反応機構に関する示唆

 ニッケルがchain-walkingする途中に不斉炭素を持つ化合物を用いても不斉がある程度保持されて反応が進行する。このことから、chain-walking過程においても基質がニッケルに配位した状態を保ちつつ進行していることが示唆された。

 また、2-bromoheptane-1,1,1-d3を用いて反応を行うと、重水素がC2位とC8位に混在して存在する。すなわち、Brから比較的遠隔位に存在するC-H結合を標的にしうることが示されている。

議論すべき点

  • 反応機構を考慮するに、脱離基を持つ化合物に関してはπ-アリル錯体を経由したオレフィン化の進行が懸念される。
  • 炭素鎖の短い基質においては、選択性が十分に出ていないことが課題といえる。
  • 本触媒機構に従う限り、COやCO2のようなNi-C結合に挿入可能な基質に適用が限られてしまう。

次に読むべき論文は?

  • 他金属でのchain-walkingを利用した反応[1, 2]
  • Ni触媒を用いた近代的反応の総説[3]

参考文献

  1. Vasseur, A.; Bruffaerts, J.; Marek, I. Nat. Chem. 2016, 8, 209. doi:10.1038/nchem.2445
  2. (a) He, Y.; Cai, Y.; Zhu, S. J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 1061. DOI: 10.1021/jacs.6b11962 (b) Mei, T.-S.; Patel, H. H.; Sigman, M. S. Nature 2014, 508, 340. doi:10.1038/nature13231 (c) Hamasaki, T.; Aoyama, Y.; Kawasaki, J.; Kakiuchi, F.; Kochi, T. J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 16163. DOI: 10.1021/jacs.5b10804
  3. Tasker, S. Z.; Standley, E.; Jamison, T. F. A.Nature 2014, 509, 299. doi:10.1038/nature13274

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 企業の組織と各部署の役割
  2. 海外の教授にメールを送る-使える英語表現と文例
  3. Communications Chemistry創刊!:ネイチャ…
  4. 有機合成化学協会誌2021年2月号:デオキシプロピオナート構造・…
  5. Branch選択的不斉アリル位C(Sp3)–Hアルキル化反応
  6. プロドラッグの活性化をジグリシンが助ける
  7. 有機化学クロスワードパズル
  8. ポンコツ博士の海外奮闘録XX ~博士,日本を堪能する② プレゼン…

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. トイレから学ぶ超撥水と超親水
  2. 来年は世界化学年:2011年は”化学の年”!
  3. ケック不斉アリル化 Keck Asymmetric Allylation
  4. 研究開発DXとマテリアルズ・インフォマティクスを繋ぐmiHub
  5. LG化学がグローバルイノベーションコンテストを開催へ
  6. ペッカ・ピューッコ Pekka Pyykkö
  7. 構造生物学
  8. 構造化学の研究を先導する100万件のビッグデータ
  9. ブドウ糖で聴くウォークマン? バイオ電池をソニーが開発
  10. NEC、デスクトップパソコンのデータバックアップが可能な有機ラジカル電池を開発

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年7月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31  

注目情報

最新記事

超塩基に匹敵する強塩基性をもつチタン酸バリウム酸窒化物の合成

第604回のスポットライトリサーチは、東京工業大学 元素戦略MDX研究センターの宮﨑 雅義(みやざぎ…

ニキビ治療薬の成分が発がん性物質に変化?検査会社が注意喚起

2024年3月7日、ブルームバーグ・ニュース及び Yahoo! ニュースに以下の…

ガラスのように透明で曲げられるエアロゲル ―高性能透明断熱材として期待―

第603回のスポットライトリサーチは、ティエムファクトリ株式会社の上岡 良太(うえおか りょうた)さ…

有機合成化学協会誌2024年3月号:遠隔位電子チューニング・含窒素芳香族化合物・ジベンゾクリセン・ロタキサン・近赤外光材料

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年3月号がオンライン公開されています。…

日本化学会 第104春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part3

日本化学会年会の付設展示会に出展する企業とのコラボです。第一弾・第二弾につづいて…

ペロブスカイト太陽電池の学理と技術: カーボンニュートラルを担う国産グリーンテクノロジー (CSJカレントレビュー: 48)

(さらに…)…

日本化学会 第104春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part2

前回の第一弾に続いて第二弾。日本化学会年会の付設展示会に出展する企業との…

CIPイノベーション共創プログラム「世界に躍進する創薬・バイオベンチャーの新たな戦略」

日本化学会第104春季年会(2024)で開催されるシンポジウムの一つに、CIPセッション「世界に躍進…

日本化学会 第104春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part1

今年も始まりました日本化学会春季年会。対面で復活して2年めですね。今年は…

マテリアルズ・インフォマティクスの推進成功事例 -なぜあの企業は最短でMI推進を成功させたのか?-

開催日:2024/03/21 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足の影…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP