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大学院から始めるストレスマネジメント【アメリカで Ph.D. を取る –オリエンテーションの巻 その 1–】

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カリフォルニア大学バークレー校 (UC バークレー) の化学科では8月中旬から2週間ほどかけて新大学院生向けのオリエンテーションが開催されました。今回の記事から複数回に分けて、UC バークレーでの大学院オリエンテーションを疑似体験してもらえるよう、その様子を共有したいと思います。本記事では、ストレスマネジメントの講習についてお話しします。

ストレスマネジメント講習とは?

ストレスが心身に与える影響やストレスを感じた時の対処法を学ぶためのものです。心理学の博士を持ち、うつや心配性の専門家である講師をお招きし、 1 時間半程度のお話を聞きました。その講師は、大学の化学科 (College of Chemistry のこと) 専属のメンタルアドバイザーであるのだから、「なんと万全な精神医療体制なんだ」と驚きました。講習は、新大学院生 90 人弱のうち 30 人弱ほどが1 つのグループになって行われ、講師のお話を聞くことを中心に、学生同士のディスカッションも交えながら進行します。

ここからは、私がその講師になったつもりで、講習で学んだことを読者の皆さんにお伝えするスタイルで記事を進めたいと思います。

ストレスの影響: 過度なストレスは生産性やパフォーマンスを低下させる

人はどんな時にストレスを感じるのでしょうか。例えば1週間後に大事な試験があると仮定しましょう。もしその試験さえ突破すれば、あとは夏休みでしばらくバカンスに行けるとすれば、その試験はストレスには感じられません。むしろ、もう一息で楽しい楽しい休暇がとれることが動機になり、一層頑張れるのではないでしょうか。

しかし、その試験の後に休む間もなく、大事なプレゼンや TA をしているクラスの試験が控えており、追加の実験や資料の作成、試験の採点をしなければならなけらばどうでしょうか。エンドレスに追い込みをかけなければならないことが心の重荷となり、目の前の試験にも集中できないことでしょう。

1つ目の例のように、適度なストレスは人を鼓舞し、ときに高いパフォーマンスを引き出してくれます。一方で、2つ目の例のような過度なストレスは、ただただ心身を疲弊させ、ついには、パニック状態あるいは燃え尽き状態を引き起こします。

適度なストレスは人のパフォーマンスを高めるが, 極度なストレスはパニックを引き起こす.

このように、過度なストレスは人の精神を蝕み、戦闘不能状態にします。健康的な精神を保つためにメンタルケアの正しい知識を身につけることは、身体の健康を保つために正しい食生活や運動を心がけることと同じくらい重要だと言えるでしょう。

あなたのストレス耐性チェック

これから示す 11 つの思考パターンは、だれもが陥る可能性のある一般的な思考の罠です。それらはあなたのストレスの原因になる可能性があります。それぞれの段落の初めの質問項目に「あてはまるかな」と思った場合は、段落の最後に示された太字の問いを自分自身に投げかけてみましょう。

【過度な一般化 Overgenaralization】
たった一回の失敗/出来事で、いつもそうしているように感じませんか?
たった一人から否定されただけで、みんなから否定されたように感じていませんか?

「いつも, みんな, だれもない, 一度もない」という考えは、過度な一般化の典型的な例です。
今までにそうでないことはありませんでしたか?

【二極化した思考 Polarized Thinking】
「テストで100点以外をとったなら、それは理解不足だ」と考えていませんか?
「グループの輪の中でおしゃべりしたり、面白い発言をできなければ、自分はつまらない人間だ」と考えていませんか?

自分自身や物事の評価を百かゼロで判断することは、二極化した思考です。人の個性や得意不得意は Yes No かの二択で選択できるものではありません。
その物事は多段階評価で判断できませんか? その中に妥協点はありませんか?

【評価の選別 Mental Filtering】
あなたの発表に対して多くの人から良い評価を受け取ったのに、たった一人が指摘した批判ばかり気にしてしませんか?

褒め言葉をなかったことにして、批判ばかりに耳を傾けることは、評価の選別という思考の罠です。
全体に目を向けていますか? 好評価を見過ごしてはいませんか?

【読心 Mind Reading】
すれ違った友人が挨拶を交わさなかったので、その人に嫌われていると勘違いすることはありませんか?
ある人があなたに関心がないと勝手に想像して、その人との関わりを避けてはいませんか?

なんの根拠もなく、他人が考えていることを知ろうとすることは、不可能な読心です。
本人に確認することなく、他人が何を考えているかを知ることは本当にできますか?

【危険の予言 Fortune Telling】
「飲み会に参加しても楽しめない」と勝手に考えて飲み会に参加することを避けていませんか?
「どうせうまくいかないだろう」と信じこんで、試してみることすら避けていませんか?
「今度の試験はうまくいくはずがない」と言い聞かせていませんか?

ものごとが悪くなると予想し、さらにその予想が事実だと信じ込むことは、危険の予言と呼ばれる思考の罠です。
本当に何が起こるかを知ることなんでできますか? 実は違う可能性はありませんか?

【自責 Self-Blaming】
友達と喧嘩して、「私が全部悪いのよ!」と思ってしまうことはありませんか?

よくない出来事に対して、不当に責任を感じてしまう必要はありません。
この状況なら、どれくらい私に責任があるでしょうか?

【自己否定 Self-Defeating Comparison】
他の学生が授業中に鋭い発言をしたのをみて、「私は彼/彼女ほど賢くないから、私はこのクラスで何も発言しないほうがいい」と思ってしまうことはありませんか?

自分自身と他人を都合の悪いように比較し、無意味に惨めに感じてしまうことは、自己否定と呼ばれるは思考の罠です。
他人よりもあなた自身やあなたができることに目を向けてみませんか?

【感情的な推論 Emotional Reasoning】
「私はバカだから、私にできることなんて何もない」と思ったことはありませんか?

あなたが直感で感じたことが事実であると思い込むことは、感情的な推論です
直感的になにかを感じることは、それが本当にそうであることを意味するのでしょうか?

【分類 Labeling】
たった一度失敗で、「私はバカだ」と思うことことはありませんか?
ラボメイトが研究室の仕事の一つをしなかったので「彼/彼女は怠け者だ」と考えることはありませんか?

自分や他人のたった一つの行動で、自分や他人に対して否定的なレッテルを貼る必要はありません。
誇張していませんか? そのレッテルに合わない行動はありませんでしたか?

【過度の心配 Catastrophizing】

心臓の鼓動が早くなっているのを感じ、「心臓発作だ!」と錯覚することはありませんか?
「これがうまくいかなかったら、自分の評判はガタ落ちだ」と考え始めてしまうことはありませんか?

起こりうる最悪の結果が起こると予想してしまうことは、過度な心配です。
それが本当に起こると確信できますか? 他の結果はありえませんか? たとえそれが本当に起こったとしても、その状況を乗り越える方法はありませんか?

すべき思考 Should Statement】
「失敗してはいけない」と考えていませんか?
「怒ってはいけない」と考えていませんか?
「バスは時間通りに運行していなければならない」と考えていませんか?

あなた自身や他人について、「こうあるべき」「こうでなければならない」という強い固定観念を持つことは「すべき思考」と呼ばれる思考の罠です (こちらの記事も参照: ぼくらを苦しめる「MUST (NOT)」の呪縛)。
期待を下げてみてはどうでしょうか? 完璧ではない結果で妥協することはできませんか? 「こうだったらいいのにな」と考えることはできますか?

以上に挙げた思考の罠は、厳密に分類できるわけではなく、重複もあります。重要なことは、あなたが陥りやすい思考の罠を自覚することです。そうすれば、もしその思考の罠にはまってしまった時に、各段落の最後に掲げた質問を自分自身に問いかけることで、思考の罠から逃れられることができるのです。

「すべき思考過度な一般化過度な心配」のスパイラルにハマると要注意

慢性的なストレスを持っている人に共通な思考の特徴があります。それは「すべき思考 Should Statement」、「過度な一般化 Overgeneralization」そして「過度な心配 Predicting Future」です。それらの思考の罠は連鎖的に発動して、精神をさらに追い詰めます。例えば「実験でいい結果を出さなければならない周りの皆は私よりも確実に進捗している結果が出なければ、私は落ちこぼれと思われてしまうもっと実験しなきゃ→….」のように負のスパイラルになります。この連鎖にハマっていると感じ始めたらストレスマネジメントを行う良いタイミングです。

もう一つのストレスマネジメントを行うべきタイミングは、あなたの行動の動機が「ムチ」によるものばかりになったときです。人が行動を起こす原因には、アメ (Positive Reinforcement) とムチ (Negative Reinforcement) 2 つに分類できます。アメは、その行動によって引き起こされる良い結果を求めて行動することです。例えば「この実験がうまくいけば、よいジャーナルを狙えるかもしれない!」と考えることはアメによって引き起こされる行動です。一方、ムチはその行動をしなかった場合に発生する悪い事態を逃れるために行動することです。例えば「次のテストで頑張って良い点を取らなければ、単位を落としてしまう」と考えることはムチによって引き起こされる考えです。

もしあなたがムチによってのみ動かされていると感じたら、要注意です。

パニック状態から抜け出すには?

一度思考の罠にはまってしまい、目の前の物事に集中できないくらいに不安になってしまったら、「思考の罠から抜け出す質問 (上述)」を自分自身に問いかけてみましょう。それによって精神的な負担は軽くなるはずです。

とはいえ「締め切りは締め切りだから、前に動かなければ!」という場面もあるでしょう。そのときは「目の前の 5 分間計画」を立ててみましょう。例えば、「パソコンを開く」や「イントロダクションの文を 2 つ書く」など些細なことでよいです。完璧な仕事を行う必要もありません。小さな進捗を積み重ねてゆきましょう。

講習会を終えての感想

いかがでしたか? 私は、このようなストレスマネジメントの講習をオリエンテーションの一環として受けることができて嬉しかったです。というのも、おそらく私はストレスを感じやすい体質なので、今回習得した自分の精神状態について客観的に学ぶ術は役に立つと感じたからです。私の場合は、特に【過度な心配】、【読心】、【すべき思考】をやりがちだと知ることができました。さらに、私一人が弱いわけではないという妙な安心感も与えてくれました。というのも、学生同士で自分がどの思考の罠にはまりやすいかを話し合う時間もあり、みんなが同じような悩みを持っていたからです。

番外編: 留学生特有のストレス

この講習から少し話が逸れますが、留学生には留学生特有のストレスがあると思います。言語の壁や文化の違いです。実は私も渡米してから3ヶ月目くらいに精神的に非常につらい時期がありました (前回の留学体験記では、あまりいろいろな話題を盛り込みすぎて話が散漫になるのを避けるために、全くそんな素振りを見せませんでしたが)。せっかくなので、そのお話を共有したいと思います。

渡米した初めの 1–2 か月は毎日が新鮮で夢見心地で生活していました。そして多少英語で苦労したとしても、「まだこっちに来たばかりだし当然だ」と言い聞かせることはできました。

しかし、時間が経つにつれて日々の新鮮さは失われます。英語も向上した気はしません。くわえて、研究に関してわからないことがあっても「こんなしょうもない質問をしてバカなやつだと思われたくない」と思って自力で調べて解決しようとしていました。また少し相手の話を聞き逃した時に「ここで聞き返したら、こいつは英語ができないやつだと思われる」とまた変なプライドがあって、聞き取れないままに話を流すこともありました(今思うと、これらは【過度な心配】あるいは【読心】の思考の罠ですね)。たわいもないお話をするにも、英語だと障壁が上がります。話す必要のない話題をわざわざ英語に直して、他人に話しかけようという気は起こりませんでした。言語の壁と人見知りのダブルパンチです。そういったシャイな自分自身や英語漬けの環境に対して、ついに3–4ヶ月目頃に嫌気がさしてきたのです。ちょうどこの悩みが深刻になったのが出願の時期だったので「もう今回のアメリカの大学院に受からないで帰った方がいいかも」とさえ思ったこともありました。

幸いにも、出願準備などでいつもお世話になっていたケムステスタッフの kanako さんに相談できたので、今があります。そのときに教えていただいたのは、留学開始から 3-4 ヶ月目は、だれもが精神的に落ち込みやすい時期だったということです[1]。そのことを知った時、「あぁ。今自分は落ち込みやすい時期なのか。それなら仕方ない。」と客観的に分析し、「この悩みは自分一人ではないのだ」と妙に安心したことをを覚えています。今でもまだ英語が完璧ということは決して言えませんが「失敗しても、そこから学べばいい」という諦めの気持ちを持っているので、英語ばかりの生活も慣れています。また、アメリカの (カリフォルニアの?) フレンドリーな雰囲気にも揉まれたので、多少は人見知りが解消されています。あなたが留学したとき、そのとき私と同じように悩んでしまったとしても、それは一般的なことで恥ずべきことではありません。どうしようもなく不安になったら、ケムステスラックの海外留学チャンネルなどを利用して、お悩み相談をしてもよいと思います。決して一人で悩まずに、楽しい留学生活を送っていきましょう。

Cultual Adaptation Model と呼ばれる, 留学期間とともに変化する幸福度を表したグラフ. 留学直後は Honeymoon と呼ばれる束の間の有頂天の時期があるが,徐々に新鮮さが失われて下降期に入る. その後, 徐々に適応して幸福度が回復する. 

 企画説明と次回予告

以前より「アメリカで PhD をとる」シリーズでは、アメリカの大学院で PhD を取得することを目指す学生 (=) が、大学院出願の奮闘の様子を日記感覚で投稿してきました。始めに出願した年から一年のギャップイヤーを経て、晴れてそのスタートラインに立つことができました。というわけで今後は、アメリカの大学院での学生生活を記録し、その様子を読者の皆さんにも共有したいと思います。「個人ブログでやれよ!」と突っ込まれそうですが、恥を承知で日本の最大の化学コミュニティであるChem-Stationに投稿することで、もともとは留学に興味がない学生の目にも届けばいいな、と考えています。特に今回のようなストレスマネジメントの講習は、アメリカに限らず大学院生一般に役に立つ情報だと思います。

念のために断っておきますが、アメリカの大学院での PhD 取得のための要件などは、学校によって様々です。なので、本シリーズでお話しする内容は、あくまでも私が通う学校 (=カリフォルニア大学バークレー校化学科) であり、必ずしもすべてのアメリカの大学院に一般化できないことはご了承ください。

それでは、今後とも「アメリカで PhD を取得する」シリーズをよろしくおねがいいたします。次回も新入生オリエンテーションから、ハラスメント撲滅トレーニングの様子についてお伝えしようと思います。

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参考文献

  1. https://study.com/academy/lesson/cultural-adaptation-definition-theory-stages-examples.html

関連書籍

やぶ

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PhD候補生として固体材料を研究しています。学部レベルの基礎知識の解説から、最先端の論文の解説まで幅広く頑張ります。高専出身。

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