概要
コーリー・ウィンターオレフィン合成(Corey–Winter Olefin Synthesis)とは、E. J. Corey と R. A. E. Winter が1963年に報告した、隣接ジオール(vic-1,2-ジオール)を立体特異的にアルケンへ変換する脱酸素的オレフィン化法。[1] ジオールをまず環状チオノ炭酸エステル(1,3-ジオキソラン-2-チオン)に変換し、これに三価のリン試薬(亜リン酸トリメチルなど)を作用させて、二酸化炭素とチオリン酸エステルを脱離させながらアルケンを得る。[1][4] 1982年には Corey と P. B. Hopkins が、より温和な条件で進行する改良法(Corey–Hopkins変法)を報告している。[3] 本反応は立体特異的で、ジオール(=チオノ炭酸エステル)の相対配置がアルケンの幾何(E/Z)を規定する。この特徴により、他のオレフィン化では作りにくい歪んだシクロアルケンや配置の定まったアルケンの合成に利用されてきた。[2][4]
一般に、アルケンをジヒドロキシル化してジオールを得る変換(酸化的な官能基化)は頻用されるが、その「逆」にあたるジオール→アルケン変換は官能基を減らす方向であり、標的合成上の出番は限られる。一方で、水酸基を数多く扱う糖質・ポリオール化学では、既存のジオールを立体規定されたアルケンへ変換できる有用な手段となる。[4]
反応機構
反応は概ね下記の素過程を経るものとして理解される。[1][2][4]
- チオノ炭酸エステル化: vic-ジオールの2つの水酸基が、チオカルボニルジイミダゾール(TCDI)あるいはチオホスゲンと反応して、環状チオノ炭酸エステル(1,3-ジオキソラン-2-チオン)を形成する。三価リンによる硫黄の引き抜き: 亜リン酸トリメチル P(OMe)₃(がチオカルボニルの硫黄原子を求核攻撃し、強固な P=S 結合の生成を駆動力として、チオリン酸トリメチル(
06_...mol, S=P(OMe)₃)を副生する。 - 脱炭酸を伴う二重結合形成: 硫黄を失った中間体(古くはカルベン/カルベノイド中間体と説明される)が、CO₂ を脱離しながら崩壊し、アルケンを与える。全体として、ジオール由来の2つの C–O 結合が立体特異的(syn 的)に切断され、相対配置がアルケンの幾何に翻訳される。
カルベン中間体の関与について
糖質を用いた機構研究[5]がカルベノイド中間体の存在を示唆したとされる。一方、フリーのカルベンを介さず、リン安定化カルバニオン(ホスホニウム型双性イオン)を経て脱離・脱炭酸するという描像も古くから併記されてきた。さらに2025年には、この反応が本当に遊離カルベンを経由するのかを問い直す機構研究が 報告されている。[7]
特徴・適用範囲・類似反応との比較
強み: vic-ジオールを出発点に、立体特異的にアルケンを与える点が最大の特徴である。ジオールの相対配置がアルケン幾何を規定するため、cis(Z)体や歪んだ環状アルケンなど、通常のオレフィン化(Wittig系など)では作りにくい標的に有効な場合がある。[2][4] 糖質・ポリオールのように水酸基が豊富で立体が定まった基質と相性がよい。[4]
弱み・注意点: 古典的条件ではチオホスゲンの毒性(TCDIで回避可能)や、第2段階での亜リン酸トリメチルの大過剰・高温加熱が必要で、熱に弱い基質では扱いにくい。[4][6] また、ジオール→アルケンは「官能基を減らす」変換のため、そもそも適用機会が限られる。温和化にはCorey–Hopkins変法や、近年報告された電解還元版[6]が選択肢となる。
| 反応 | 出発物 | 鍵試薬・活性種 | 生成物・特徴 | 使いどころ |
|---|---|---|---|---|
| Corey–Winter法 | vic-1,2-ジオール | 環状チオノ炭酸エステル+P(OMe)₃(またはCorey–Hopkins試薬) | 立体特異的にアルケン。CO₂+S=P(OMe)₃脱離 | ジオールから配置規定のアルケン/歪んだ環状アルケン |
| Eastwood 変法[8] | vic-1,2-ジオール | 環状オルトエステル(DMFジメチルアセタール/オルトギ酸エステル)を加熱 | ジオール→アルケン。熱分解型 | Corey–Winterの類縁法(原記事 corey_winter_4.gif に対応) |
| McMurry法 | 1,2-ジカルボニル/2分子のカルボニル | 低原子価Ti | ケトン/アルデヒドの還元的カップリングでアルケン | カルボニル由来でアルケンを作るとき |
反応例
例[10]

DMFジメチルアセタールを用いるEastwood変法[8, 9]

実験手順
古典的条件
- チオノ炭酸エステル化: vic-ジオール 1 当量に対し、1,1′-チオカルボニルジイミダゾール(TCDI)(概ね 1.1〜1.5 当量程度)を、THF やトルエンなどの不活性溶媒中で反応(必要に応じて加熱)させ、環状チオノ炭酸エステルを得る。チオホスゲンでも同変換は可能だが毒性が高いため、TCDI が安全な代替として一般に推奨される。[4]
- 脱酸素的オレフィン化: 得られたチオノ炭酸エステルに、亜リン酸トリメチル P(OMe)₃(古典法では大過剰、溶媒兼用または無溶媒)を加え、加熱(還流〜高温)して分解させ、CO₂ と S=P(OMe)₃ を脱離させながらアルケンを得る。[1][4]
Corey–Hopkins変法
第2段階の三価リン試薬として 1,3-ジメチル-2-フェニル-1,3,2-ジアザホスホリジンを用いると、亜リン酸トリメチルの高温条件よりも温和(低温)にオレフィン化が進行するとされ、熱に弱い基質に適する。[3]
電気化学的変法
チオノ炭酸エステルを含水メタノール中で陰極還元(−1.2〜−1.4 V vs Ag/AgCl, 室温)することで、亜リン酸エステルを用いずに室温でオレフィン化でき、95–97% の収率が報告されている。[6]
実験のコツ・テクニック
- チオホスゲンの回避: チオノ炭酸エステル化ではチオホスゲンが古くから用いられるが毒性が高い。より安全なTCDI(1,1′-チオカルボニルジイミダゾール)への置き換えが一般的とされる。
参考文献
- Corey, E. J.; Winter, R. A. E. “A New, Stereospecific Olefin Synthesis from 1,2-Diols.” J. Am. Chem. Soc. 1963, 85, 2677–2678. DOI: 10.1021/ja00900a043 (本反応の原著)
- Corey, E. J.; Carey, F. A.; Winter, R. A. E. “Stereospecific Syntheses of Olefins from 1,2-Thionocarbonates and 1,2-Trithiocarbonates. trans-Cycloheptene.” J. Am. Chem. Soc. 1965, 87, 934–935. DOI: 10.1021/ja01082a057 (trans-シクロヘプテン合成)
- Corey, E. J.; Hopkins, P. B. “A Mild Procedure for the Conversion of 1,2-Diols to Olefins.” Tetrahedron Lett. 1982, 23, 1979–1982. DOI:10.1016/S0040-4039(00)87238-X (Corey–Hopkins温和変法)
- Block, E. “Olefin Synthesis by Deoxygenation of Vicinal Diols.” Org. React. 1984, 30, 457–566. DOI: 10.1002/0471264180.or030.02 (Corey–Winter/Eastwood を含む脱酸素的オレフィン化の総説)
- Horton,D.; Tindall, C. G., Jr. “Synthesis and Reactions of Unsaturated Sugars. XI. Evidence for a Carbenoid Intermediate in the Corey–Winter Alkene Synthesis.” J. Org. Chem. 1970, 35, 3558. DOI: 10.1021/jo00835a082 (機構研究)
- López-López, E. E.; Pérez-Bautista, J. A.; Sartillo-Piscil, F.; Frontana-Uribe, B. A. “Electrochemical Corey–Winter Reaction. Reduction of Thiocarbonates in Aqueous Methanol Media and Application to the Synthesis of a Naturally Occurring α-Pyrone.” Beilstein J. Org. Chem. 2018, 14, 547–552. DOI: https://doi.org/10.3762/bjoc.14.41 (電気化学的変法・天然物α-ピロンへの応用)
- Zhang, P.; Yu, Z.-X. “Involving Carbene or Not? Mechanism of Corey–Winter Reaction” J. Am. Chem. Soc. 2025, 147, 13915–13927. DOI: 10.1021/jacs.5c02629。
- Crank, G.; Eastwood, F. W. “Derivatives of Orthoacids. II. The Preparation of Olefins from 1,2-Diols.” Aust. J. Chem. 1964, 17, 1392–1398.
- Hanessian, S.; Bargiotti, A.; La Rue, M. Tetrahedron Lett. 1978, 737.
- Prous, J. R. ed. Drugs Fut. 1990, 15, 569.
関連反応
- バートン・マクコンビー脱酸素化 Barton–McCombie Deoxygenation
- マクマリーカップリング McMurry Coupling
- ピーターソンオレフィン化 Peterson Olefination
- ジュリア・リスゴー オレフィン合成 Julia–Lythgoe Olefination
- アルコールのアルカンへの還元 Reduction from Alcohol to Alkane
































