[スポンサーリンク]

一般的な話題

この輪っか状の分子パないの!

[スポンサーリンク]

GREEN00461.PNG

某ドーナツ屋の100円セール(2012/03/20~2012/03/25)に行きそびれてしまったので、輪っかの話でもしようかと思います。天然のタンパク質から、人工の高分子材料まで、輪っかでつながる魅力は、ぐんぐん進化しています。このキーワードはカテナンです。

ドーナツの穴は熱が中まで通りやすくするために空けられたと言われています。このドーナツのように、真ん中を丸く抜いて輪にしたかたちを、トーラスと呼びます。とにかく輪っかがあればよいので、よじれた輪ゴムでも、持ち手のあるティーカップでも、ドーナツと相が同じトーラスです。

トーラスと相の同じ輪っかが、(catena)のようにつながった分子を、カテナン(catenane)と呼びます。最初[5]は輪がからみあう偶然を期待して合成されたため収率は低く、フラスコでは間に合わず浴槽で反応を仕込んだという逸話が語り継がれています。その後、金属錯体や自己組織化などの観点から工夫された合成法が確立され、当時と比べれば収率は格段に改善されました。

 

GREEN00466.PNG

Google翻訳の出力結果を改変

 

  •  天然のカテナン分子

自然界にカテナンはないのかというと実はあって、例えば古細菌のなかま(Pyrobaculum aerophilum )で見られるクエン酸合成酵素が該当します[6]。クエン酸合成酵素は、ヒトをはじめ他の生き物では単量体として存在する一方、この古細菌ではジスルフィド結合で2つのペプチド鎖がカテナンとなって組み合わさり二量体として存在します。このカテナンタンパク質の変性温度は、わたしたちのクエン酸合成酵素の変性温度よりも高く、この古細菌が高熱の極限環境に適応するために進化した結果であると考えられています。鎖になって立体構造がロックされているため、熱変性しにくいのでしょう。さすがこの古細菌は100℃超の熱水温泉に住む変わりものだけあって、まさかそこまでやるのかとうなりたくなるほど、環境への適応も徹底しています。

GREEN2013wa1.png

タンパク質の立体構造データはPDB(Protein Data Bank)より取得

オレンジ色部分がジスルフィド結合

 

また、古細菌のクエン酸合成酵素以外にもカテナン構造は知られています。ウイルスの殻(capsid)を構成するタンパク質[7]や、細菌の環状DNAが複製される過程でも、カテナン構造は登場します。

 

  • 人工のカテナン分子

自然に負けず、人工の化合物では、より複雑な構造のカテナンが合成されています。五輪旗のオリンピックシンボルのように5つの輪が連続したカテナン[1]、2ヶ所でがっちりとロックされたカテナン[2]、ボロミアンリングのように3つの輪が交差したカテナン[3]、焼き菓子のプレッツェルのように1分子で輪が交差したカテナン[4]などなど、カテナンのなかまにはユニークな構造がテンコ盛りです。

GREEN00463.PNG

ユニークな超分子のかずかず

それぞれ論文[1], [2], [3], [4]で合成

 眺めているだけでも、華麗で荘厳な構造に、時間も忘れて見入ってしまいそうです。単にユニークな構造として終わるのではなく、ゆくゆくはカテナンのような超分子が、ナノデバイスとして応用される日も近いかもしれません。

 

実際に、輪っかを上手く活用した応用例としては、トポロジカルゲル[8]が知られています。(ただし正確にはカテナンというよりは輪を串刺しにしたロタキサンのなかまです)滑車のように輪が高分子のひもをつなぐことで、従来とは桁違いの柔軟さを材料に与えます。超分子ネットワーク構造により柔軟さに優れたこの技術は、すでに日産がスクラッチシールドという名称の自己復元型塗装として商標登録しており、自動車携帯電話の外装に使用されています。2012年1月には、スクラッチシールド加工を施したiPhone用新型ケースの開発が発表されています。

GREEN00464.PNG

論文[8]より

 

輪でつながりあうことは、バラバラに壊れることなく柔軟さを保つ上で、従来の限界を凌駕した新たな可能性をもたらします。古細菌クエン酸合成酵素の場合、タンパク質のフレキシブルさを保ち触媒活性を失わないまま、変性を抑え卓越した耐熱能力を獲得していました。スクラッチシールドの場合、擦り傷で凹んでもネットワーク構造が断絶されないがために、従来ありえなかった自己復元が可能になりました。このように、輪っか状の分子には、まだまだハンパない可能性が秘めているかもしれません。

円環の先にあなたはどのような希望をつなげますか?

 


  • 参考ウェブページ

超分子ネットワークの実用化

http://www.molle.k.u-tokyo.ac.jp/research/supramolecule.html   . 

スクラッチシールド|日産|技術開発の取り組み

http://www.nissan-global.com/JP/TECHNOLOGY/OVERVIEW/scratch.html   . 

日産、自己復元型塗装「スクラッチシールド」を施した、iPhone用ケースを開発中!(2012. 01. 17)

http://web.meet-i.com/news/?p=105406  .    

 


  • 参考論文

[1] 5つの輪が連続したオリンピアダンの合成

"Olympiadane." Amabilino et al. Angew. Chem. Int. Ed. 1994 DOI: 10.1002/ange.19941061212

[2] 自己組織化で作る2カ所でつながりあったカテナン

"Spontaneous assembly of ten components into two interlocked, identical coordination cages" Makoto Fujita et al. Nature 1999 DOI: 10.1038/21861

[3] 分子ボロミアンリングの合成

"Molecular Borromean Rings" Kelly S. Chichak et al. Science 2004 DOI: 10.1126/science.1096914

[4] プレツェランとその相同な環状カテナンの合成

“Donor–Acceptor Pretzelanes and a Cyclic Bis[2]catenane Homologue” Yi Liu Dr et al. Angew. Chem. Int. Ed. 2005 DOI: 10.1002/anie.200500041

[5] 最初のカテナンの合成

"The Preparation of Interlocking Rings: A Catenane" Wasserman et al. J. Am. Chem. Soc. 1960 DOI: 10.1021/ja01501a082

[6] 好熱古細菌のクエン酸合成酵素はカテナンタンパク質だった

"Discovery of a Thermophilic Protein Complex Stabilized by Topologically Interlinked Chains" Daniel R. Boutz et al. J. Mol. Biol. 2007 DOI: 10.1016/j.jmb.2007.02.078

[7] ウイルスの殻に見られるカテナン構造

"Protein Chainmail: Catenated Protein in Viral Capsids" Robert L. Duda Cell 1998 DOI: 10.1016/S0092-8674(00)81221-0

[8] トポロジカルゲルの合成

"The Polyrotaxane Gel: A Topological Gel by Figure-of-Eight Cross-links" Yasushi Okumura and Kohzo Ito Adv. Mater. 2001 DOI: 10.1002/1521-4095(200104) 

 


  • 関連書籍

     ミスタードーナツ物語―人を愛し、人がいきる心の経営

Green

投稿者の記事一覧

静岡で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. 乙卯研究所 研究員募集
  2. ピンナ酸の不斉全合成
  3. 多検体パラレルエバポレーションを使ってみた:ビュッヒ Multi…
  4. リガンドによりCO2を選択的に導入する
  5. Mgが実現する:芳香族アミンを使った鈴木―宮浦カップリング
  6. スタニルリチウム調製の新手法
  7. ニッケル触媒による縮合三環式化合物の迅速不斉合成
  8. ストリゴラクトン類縁体の構造活性相関研究 ―海外企業ポスドク―

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 核のごみを貴金属に 現代の錬金術、実験へ
  2. だれが原子を見たか【夏休み企画: 理系学生の読書感想文】
  3. MIT、空気中から低濃度の二酸化炭素を除去できる新手法を開発
  4. 求電子的トリフルオロメチル化 Electrophilic Trifluoromethylation
  5. エイダ・ヨナス Ada E. Yonath
  6. 工業生産モデルとなるフロー光オン・デマンド合成システムの開発に成功!:クロロホルムを”C1原料”として化学品を連続合成
  7. DNAに電流通るーミクロの電子デバイスに道
  8. 有機アジド(4)ー芳香族アジド化合物の合成
  9. 構造化学の研究を先導する100万件のビッグデータ
  10. C(sp3)-Hアシル化を鍵とするザラゴジン酸Cの全合成

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2012年4月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30  

注目情報

最新記事

フローマイクロリアクターを活用した多置換アルケンの効率的な合成

第610回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院理学研究科(依光研究室)に在籍されていた江 迤源…

マリンス有機化学(上)-学び手の視点から-

概要親しみやすい会話形式を用いた現代的な教育スタイルで有機化学の重要概念を学べる標準教科書.…

【大正製薬】キャリア採用情報(正社員)

<求める人物像>・自ら考えて行動できる・高い専門性を身につけている・…

国内初のナノボディ®製剤オゾラリズマブ

ナノゾラ®皮下注30mgシリンジ(一般名:オゾラリズマブ(遺伝子組換え))は、A…

大正製薬ってどんな会社?

大正製薬は病気の予防から治療まで、皆さまの健康に寄り添う事業を展開しています。こ…

一致団結ケトンでアレン合成!1,3-エンインのヒドロアルキル化

ケトンと1,3-エンインのヒドロアルキル化反応が開発された。独自の配位子とパラジウム/ホウ素/アミン…

ベテラン研究者 vs マテリアルズ・インフォマティクス!?~ 研究者としてMIとの正しい向き合い方

開催日 2024/04/24 : 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足…

第11回 慶應有機化学若手シンポジウム

シンポジウム概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大…

薬学部ってどんなところ?

自己紹介Chemstationの新入りスタッフのねこたまと申します。現在は学部の4年生(薬学部)…

光と水で還元的環化反応をリノベーション

第609回のスポットライトリサーチは、北海道大学 大学院薬学研究院(精密合成化学研究室)の中村顕斗 …

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP