[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

大環状ヘテロ環の合成から抗がん剤開発へ

[スポンサーリンク]


分子構造に“大きな環”(大員環)を含む化合物は大環状化合物(マクロサイクル)と称され生物活性物質に頻繁に見られる構造です(図1)。

2015-04-21_01-39-42

生物活性を有する大環状化合物

 

例えば、大環状ラクトン構造を持つ一連の化合物はマクロライドと呼ばれ、抗生物質の代表格です。そのため、大環状化合物の合成法の確立は医薬品開発において重要な課題の一つです。天然物化学の大家であるNicoloauらは、以前、大環状フラノイドβ-ケトエステルの合成反応を開発した反応を用いて、医薬候補化合物の誘導体群を合成し、高い抗がん作用を示す化合物を発見しました。今回はその論文について紹介したいと思います。

 

“Synthesis and Biological Evaluation of Dimeric Furanoid Macroheterocycles: Discovery of New Anticancer Agents”

Nicolaou, K. C.; Nilewski, C.; Hale, C. R. H.; Ahles, C. F.; Chiu, C. A.; Ebner, C.; ElMarrouni, A.; Yang, L.; Stiles, K.; Nagrath, D. J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 4766. DOI:10.1021/jacs.5b00141

 

きっかけは副反応から

2012年、Nicolaouらはメタノール溶媒中でヘキサニトラトセリウム(IV)酸アンモニウム (CAN)を作用させるとフラノイド β-ケトエステル (A)の環化反応および環化2量化反応が進行し大環状フラノイド β-ケトエステルが合成できることを発見しました。[1]

この反応では試薬を入れる順番を変えるだけで環状単量体 (B)と環状2量体 (C)をつくり分けることが可能です(図2)。すなわち、CANのメタノール溶液に基質を加えることにより環状単量体 (B)が、基質のメタノール溶液にCANを加えることにより環状2量体 (C)が得られます。この反応を用いれば、1つの原料から2つの大環状化合物をつくれるだけでなく、様々な環員数の化合物が簡便に合成できます。

2015-04-23_09-23-25

図2 大環状フラノイド β-ケトエステルの合成

 

大環状ヘテロ環の合成と薬理活性評価ー環の大きさをかえる

続いて、開発した合成法を用いて様々な環員数をもつフラノイド β-ケトエステルの環状単量体及び環状2量体を合成し、それら細胞毒性を評価しました(図3. 本文:Table 1, 3)。

2015-04-21_01-42-09

図3 つフラノイド β-ケトエステルの環状単量体及び環状2量体の合成と細胞毒性評価

 

その結果、直鎖上のフラノイド β-ケトエステル 1 や環状単量体 24 は細胞毒性を示さないのに対して環化2量体は細胞毒性を示し、また環の大きさに応じてその活性(細胞毒性)が変化することがわかりました(本文Table 1, 3, 512)。最も高い活性を示したのは26員環をもつ化合物9および28員環をもつ化合物10であり、これらより環員数が大きくても小さくても細胞毒性が低下します。そこで化合物9をリード化合物として最適構造探索を行いました。

 

 

大環状ヘテロ環の合成と薬理活性評価ーアセタール部位。架橋部、ケトン部位

次に、化合物9の構造活性相関研究を行った(図4)。アセタール部位のメチル基をエチル基(13, 14)に置き換えても活性に大きな差は見られませんでした。また大員環を形成するメチレン部分をエーテル(15, 17)やスルホニル(16, 18)に置き換えると活性は低下しました。さらに化合物9に水素化ホウ素ナトリウムを作用させ、ケトン部位を還元した19も活性は低かった。以上から著者らは、これらの部分は変更しないこととしました。

2015-04-21_01-44-15

図4. 構造薬理活性相関の概要

 

大環状ヘテロ環の合成と薬理活性評価ーエステル部位

化合物8 (n =3, 24員環) および9を加水分解したジカルボン酸20および21は低活性であったが、メチルエステル部分に含窒素ヘテロ芳香環を導入すると活性が大きく変化することがわかりました(Scheme 2, 3, 2232)。フェニル基が導入された2224は活性が低かったのに対し、ピリジン環やピリミジン環が導入された2529は高い活性を示しました。3-ピリジル基をもつ26syn体とanti体の分離が可能であったため双方の活性が調べられ、syn体がより高い活性を示すことがわかりました。最も高い活性を示したのは、4-ピリジル基をもつ27と5-ピリミジル基をもつ29でした(Figure 5)。

2015-04-21_01-45-06

メチレン部位をエーテルやスルホニルに変換した化合物1518やジオール19、ジカルボン酸20, 21は脂溶性が低く、細胞膜を透過しなかったために活性が小さかったと考えられます。ヘテロ芳香環をエステル部側鎖に有する2529が高い活性を示したのは、ヘテロ芳香環に由来する塩基性やp-スタッキング、水素結合によって強く受容体に結合しているからであると著者らは考察しています。環の大きさの効果は定かではないが、環状単量体では活性が低下することから、適切な距離に2つの結合部位があることが重要でありタンパク質同士の相互作用が関与している可能性があります。

 

どのように効いているのか?

今回発見した抗がん剤候補化合物928を、シスプラチンに耐性のあるがん細胞で活性評価を行ったところ、ともに高い細胞毒性を示しました。これは薬剤耐性のあるがんの新薬として大いに期待できる結果です。さらに作用機序の解明を試みたところ、化合物28ががん細胞の酸素消費速度(OCR)を低下させることがわかりました。このことから、がん細胞に対する細胞毒性はミトコンドリアの機能を阻害することに起因すると考えられます。さらに詳細に調査すると28を投与することによりグルコースの吸収と乳酸の生成が増加することがわかりました。これは28がミトコンドリアのクエン酸回路を過剰に活性化していることが示唆されます。これによりミトコンドリアの機能を阻害し細胞毒性を発揮します。さらに化合物28はミトコンドリアの遺伝子の一部の発現を抑制する効果をもつこともわかりました。

 

最後に

今回、著者らは自らが開発した合成法を用いて抗がん剤の新薬候補化合物を発見しました。薬になるかならないかの議論は別としてゼロからのリード化合物の探索はなかなか大変であったと推測されます。新規合成法により新規化合物をつくることができれば、このような「おまけ」がついてくる、さらに理想的な話ですが「おまけ」が主役に化けるようなことがあります。

いくつかの「世界を変えた分子」は実はここからスタートしているものも多いのも忘れず研究したいですね。

 

関連論文

 

外部リンク

bona

投稿者の記事一覧

愛知で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. Bayer Material Scienceの分離独立が語るもの…
  2. 完熟バナナはブラックライトで青く光る
  3. タミフルの新規合成法・その3
  4. MEXT-JST 元素戦略合同シンポジウム ~元素戦略研究の歩み…
  5. 研究室クラウド設立のススメ(導入編)
  6. 低分子化合物の新しい合成法 コンビナトリアル生合成 生合成遺伝子…
  7. プラスチック類の選別のはなし
  8. 有機色素の自己集合を利用したナノ粒子の配列

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. ベンゼン環が壊れた?!ー小分子を活性化するー
  2. ITを駆使して新薬開発のスピードアップを図る米国製薬業界
  3. 米国もアトピー薬で警告 発がんで藤沢製品などに
  4. 続・名刺を作ろう―ブロガー向け格安サービス活用のススメ
  5. 亜鉛クロロフィル zinc chlorophyll
  6. ケムステ版・ノーベル化学賞候補者リスト【2016年版】
  7. 杏林製薬 耳鳴り治療薬「ネラメキサン」の開発継続
  8. アデノシン /adenosine
  9. どっちをつかう?:in spite ofとdespite
  10. 第三回 ナノレベルのものづくり研究 – James Tour教授

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2015年4月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930  

注目情報

最新記事

5/15(水)Zoom開催 【旭化成 人事担当者が語る!】2026年卒 化学系学生向け就活スタート講座

化学系の就職活動を支援する『化学系学生のための就活』からのご案内です。化学業界・研究職でのキャリ…

フローマイクロリアクターを活用した多置換アルケンの効率的な合成

第610回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院理学研究科(依光研究室)に在籍されていた江 迤源…

マリンス有機化学(上)-学び手の視点から-

概要親しみやすい会話形式を用いた現代的な教育スタイルで有機化学の重要概念を学べる標準教科書.…

【大正製薬】キャリア採用情報(正社員)

<求める人物像>・自ら考えて行動できる・高い専門性を身につけている・…

国内初のナノボディ®製剤オゾラリズマブ

ナノゾラ®皮下注30mgシリンジ(一般名:オゾラリズマブ(遺伝子組換え))は、A…

大正製薬ってどんな会社?

大正製薬は病気の予防から治療まで、皆さまの健康に寄り添う事業を展開しています。こ…

一致団結ケトンでアレン合成!1,3-エンインのヒドロアルキル化

ケトンと1,3-エンインのヒドロアルキル化反応が開発された。独自の配位子とパラジウム/ホウ素/アミン…

ベテラン研究者 vs マテリアルズ・インフォマティクス!?~ 研究者としてMIとの正しい向き合い方

開催日 2024/04/24 : 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足…

第11回 慶應有機化学若手シンポジウム

シンポジウム概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大…

薬学部ってどんなところ?

自己紹介Chemstationの新入りスタッフのねこたまと申します。現在は学部の4年生(薬学部)…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP