[スポンサーリンク]

日本人化学者インタビュー

第12回 金属錯体から始まる化学ー伊藤肇教授

[スポンサーリンク]

さて、第12回目は第5回目の寺尾潤先生からの紹介で、北海道大学工学研究科教授の伊藤肇先生にインタビューをいただきました。伊藤先生は昨年教授に着任された新進気鋭の研究者で、講座としてはノーベル賞を受章した鈴木章研究室そして、その後を引き継いた宮浦研究室の後任です。非常にアクティブに研究をされていて、金属錯体(触媒)から新しい概念の触媒反応を開発や、ある錯体自身の面白い物性についても研究を行っています。それではインタビューを御覧ください。

Q. あなたが化学者になった理由は?

「科学者」になりたいということは子供の頃からの夢でした。どうしてそう思うようになったかは、覚えていません。大学受験までは、どの分野に進むかはあまり具体的に考えてなかった(わからなかった)のですが、京都大学の赤本の工学部合成化学科のところに、「パイオニアを目指すには最適です」と書いてあるのに惹かれてここへ入りました。この合成化学科は、六つの講座がすべて有機化学に特化している一方で、それぞれの講座の方向性がバラエティに富んでいるというユニークなところでした。
四年生で伊藤嘉彦教授の研究室に入ったのですが、その当時の教官は玉尾皓平助教授、村上正浩助手、澤村正也助手。これら気鋭の先生方や野心に満ちた先輩たちが、いろんな局面で何をおっしゃるかということを通じて研究の考え方を学びました。研究室全体の雑誌会やサブグループごとの抄録会の内容も「ほかの人がまだ知らない面白いことを紹介しよう」という雰囲気があり、議論も高レベルでとても面白かったですね。こうした環境で勉強できたことが今の研究活動のベースになっています。これは化学者になった理由というより、化学者になれた理由です。今教育する側の立場に立っている訳ですが、学生さんにできるだけ良い学びの場を提供できたらと思っています。

Buergenstock02

伊藤嘉彦教授

 

Q. もし化学者でなかったら、何になりたいですか?またその理由は?

19世紀の探検家です。河口慧海やスヴェン・ヘディンのように、未開だった頃の中央アジアを探検してみたい。人が行ったことが無いところを歩くのは素敵やないですか?20年前の学部生時代に中国の新疆ウイグルや青海省をバックパックで旅したこともあります。もうできないので今は時々グーグルアースでチベット高原やタクラマカン砂漠を拡大して眺めて疑似体験しています。探検家の足取りを追うストリートビューできないかな?

Sven Anders Hedin

Sven Anders Hedin

 

Q. 現在、どんな研究をしていますか?また、どのように展開していきたいですか?

大きく二つあって、一つは銅触媒による有機ホウ素化合物、有機ケイ素化合物の新合成法の開発です。この研究を進めていくうちに、最近「直接エナンチオ収束」というコンセプト的に新しそうな不斉合成パターンが偶然見つかっています。これを一般化するのが当面の研究目標です。
もうひとつは、機械的刺激で発光性が変わる性質(発光性メカノクロミズム)をもつ金錯体の研究です。この錯体も最初は学生さんが偶然見つけたのですが、ここからさらに「バルクの力と化学反応のリンク」という方向で研究を展開できないかと考えています。バルクの力はニュートン力学、化学反応は量子力学に支配されていますが、この二つをものすごく効率よくつなぐ方法ってあるんでしょうか?つまり筋肉の逆。この金錯体を手がかりに新しいコンセプトを見つけたいですね。でも長期的にはもっと違うことをやりたいと思っています。
化学にはまだ未知のポテンシャルがあるはずです。100年先には今よりずっと多くの研究分野が花開いていて、人類やその文明を支えているはずだと私は信じます。今、自分や学生さんが時折出くわす偶然の発見は、自然が分けてくれている未来へのヒントに違いありません。これを上手に読み解いて、あわよくば新しい研究分野を確立し、化学の多様な発展に貢献できたらと考えています。

p02_01_s

 

Q.あなたがもし歴史上の人物と夕食を共にすることができたら誰と?またその理由は?

古代ギリシャ、ローマ時代の科学者、技術者たちです。アルキメデスのような名前が現代まで伝わっている方やそうでない方も含めてお話ししたい。Antikythera Mechanism の発見でわかるように、文献には具体的に残っていないけど、この時代には想像以上に高度な技術があったように思います。その中身を知りたいし、現代よりはるかに制限の多い紀元前後の環境で、高い技術を生んだ知力に触れてみたい。あと、北海道民ですので(ただし大阪出身)クラーク博士と竹鶴政孝氏(ニッカの創業者)にもお会いして一緒にジンギスカンを食べたいですね。

Antikythera Mechanism

Antikythera Mechanism

 

Q. あなたが最後に研究室で実験を行ったのはいつですか?また、その内容は?

合成実験は2009年の3月25日が最後です。論文を出す前に、再現性をもう一度最後に確認したものです。合成実験に関しては、腕の良い学生さんが揃っていて私の出る幕は少ないのですが、蛍光顕微鏡観察やSEM・AFM・X線構造解析はまだグループ自体で勉強中なので、ほぼ毎日自分でどれかやっています。

 

Q.もしあなたが砂漠の島に取り残されたら、どんな本や音楽が必要ですか?1つだけ答えてください。

本なら星図です。夜は星を見て暮らします。音楽は普段あまり聞かないんですけど、もし持って行くなら、Ridley Scott監督のGladiator か、テレビドラマのBattlestar Galactica(新しいほう)のサウンドトラックCD。サバイバル雰囲気を盛り上げたい。

Q. 次にインタビューをして欲しい人を紹介してください。

私をここへ紹介していただいた京都大学の寺尾先生をはじめ、いままでにとても優秀で尊敬できる多くの研究者の方々と出会いました。多くの先生方に共同研究を通じてご指導もいただいています。全ての方々を紹介したいのですが、それでは(幸福なことに)ちょっと多すぎるので、今回は、大阪大学の関修平先生と千葉大学の矢貝史樹先生のお二人をご紹介したいと思います。さきがけ研究「物質と光作用」を通じてはじめてお知り合いになり、研究やその他のアクティビテイで交流させていただいています。どちらの先生も美しくそして、化学の未来を感じるご研究をなされています。

関連動画

2020年5月1日 第一回ケムステバーチャルシンポジウム「最先端有機化学」より

関連リンク

 

伊藤 肇教授の略歴

ito_hajime2伊藤 肇

1991年京都大学工学部合成化学科卒業後、同工学研究科大学院に進学し、1996年に博士課程修了(伊藤嘉彦教授)。その後、筑波大学化学系助手、岡崎国立共同研究機構分子科学研究所助手、米国スクリプス研究所客員研究員(Prof. Kim D. Janda)を経て、2002年 北海道大学大学院理学研究科化学専攻助教授(澤村正也教授)、2010年より同工学研究院有機プロセス化学部門教授。

webmaster

投稿者の記事一覧

Chem-Station代表。早稲田大学理工学術院教授。専門は有機化学。主に有機合成化学。分子レベルでモノを自由自在につくる、最小の構造物設計の匠となるため分子設計化学を確立したいと考えている。趣味は旅行(日本は全県制覇、海外はまだ20カ国ほど)、ドライブ、そしてすべての化学情報をインターネットで発信できるポータルサイトを作ること。

関連記事

  1. 第21回「有機化学で生命現象を理解し、生体反応を制御する」深瀬 …
  2. 第65回―「タンパク質代替機能を発揮する小分子の合成」Marty…
  3. 第52回―「多孔性液体と固体の化学」Stuart James教授…
  4. 第18回「化学の職人」を目指すー京都大学 笹森貴裕准教授
  5. 第147回―「カリックスアレーンを用いる集合体の創製」Tony …
  6. 第134回―「脳神経系の理解を進める分析化学」Jonathan …
  7. 第76回―「化学を広める雑誌編集者として」Neil Wither…
  8. 第116回―「新たな分子磁性材料の研究」Eugenio Coro…

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 持田製薬、創薬研究所を新設
  2. フィッシャー インドール合成 Fischer Indole Synthesis
  3. 親水性ひも状分子を疎水性空間に取り込むナノカプセル
  4. ありふれた試薬でカルボン酸をエノラート化:カルボン酸の触媒的α-重水素化反応
  5. マラリア治療の新薬の登場を歓迎する
  6. 2005年2月分の気になる化学関連ニュース投票結果
  7. 【第11回Vシンポ特別企画】講師紹介②:前田 勝浩 先生
  8. 化合物と結合したタンパク質の熱安定性変化をプロテオームワイドに解析
  9. 卓上NMR
  10. アルファリポ酸 /α-lipoic acid

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2011年2月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28  

注目情報

最新記事

5/15(水)Zoom開催 【旭化成 人事担当者が語る!】2026年卒 化学系学生向け就活スタート講座

化学系の就職活動を支援する『化学系学生のための就活』からのご案内です。化学業界・研究職でのキャリ…

フローマイクロリアクターを活用した多置換アルケンの効率的な合成

第610回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院理学研究科(依光研究室)に在籍されていた江 迤源…

マリンス有機化学(上)-学び手の視点から-

概要親しみやすい会話形式を用いた現代的な教育スタイルで有機化学の重要概念を学べる標準教科書.…

【大正製薬】キャリア採用情報(正社員)

<求める人物像>・自ら考えて行動できる・高い専門性を身につけている・…

国内初のナノボディ®製剤オゾラリズマブ

ナノゾラ®皮下注30mgシリンジ(一般名:オゾラリズマブ(遺伝子組換え))は、A…

大正製薬ってどんな会社?

大正製薬は病気の予防から治療まで、皆さまの健康に寄り添う事業を展開しています。こ…

一致団結ケトンでアレン合成!1,3-エンインのヒドロアルキル化

ケトンと1,3-エンインのヒドロアルキル化反応が開発された。独自の配位子とパラジウム/ホウ素/アミン…

ベテラン研究者 vs マテリアルズ・インフォマティクス!?~ 研究者としてMIとの正しい向き合い方

開催日 2024/04/24 : 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足…

第11回 慶應有機化学若手シンポジウム

シンポジウム概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大…

薬学部ってどんなところ?

自己紹介Chemstationの新入りスタッフのねこたまと申します。現在は学部の4年生(薬学部)…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP