[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

分子の聖杯カリックスアレーンが生命へとつながる

[スポンサーリンク]

GREEN201219calix9.png

分子の聖杯のふたつ名にふさわしい化学構造を持ったカリックスアレーン。新たに開発されたカリックスアレーンは、タンパク質を構成する20種類のアミノ酸のうち、表面にあるリジンだけを認識できるとのこと。

生命現象の舞台裏で活躍するタンパク質の立体構造をエックス線で解き明かすには、今まで結晶化の条件検討が最も困難な過程のひとつでした。今回のカリックスアレーンには、タンパク質分子の極性を相殺して、結晶化をうながす可能性も指摘されており、高い注目が集まりました。

立体構造情報はPDB(Protein Data Bank)より

人間の手で初めてカリックスアレーンが合成されたのは1978年のこと。条件を上手く選べばフェノールホルムアルデヒドから合成できると判明したのでした。

GREEN201210calix2.png

命名の由来となったカリックス(calix)とは、ラテン語で聖杯のことであり、英語ではカリス(chalice)にあたります。アレーンはもちろん芳香族炭化水素のことです。

合成が可能になって以来、カリックスアレーンと言えば、超分子化学の分野では、クラウンエーテルシクロデキストリンと並ぶホスト分子の花形として、注目を集めてきました。変形しにくいベンゼン環がちょうつがいとなるメチレン単位で結ばれており、適度なかたさを保ちながらもいろいろな大きさのゲスト分子に対応できる柔軟さが、カリックスアレーンの特色です。

実際、メチレンで結ばれたベンゼン環8つのユニットを含むカリックス[8]アレーンの誘導体は、フラーレン(C60)だけをゲスト分子として捕まえることができます(1)。また、6つのユニットを含むカリックス[6]アレーンの誘導体は、平面正六角形方向に結合がのびるウラニルイオン(UO22+)だけをゲスト分子として捕まえることができます(2)。他にも、カリックスアレーンの分子認識能力の高さを示す具体例は枚挙にいとまがありません。

GREEN201210calix3.png

カリックス[4]アレーンの一般式



カリックスアレーンを基盤としてホスト分子とゲスト分子の間で成り立つ超分子化学は、このように今まで盛んに研究されてきました。しかし、カリックスアレーンとタンパク質の相互作用については大きな関心があるにも関わらず、利用可能な情報は限られていました。

 

  • タンパク質の表面にあるリジン側鎖だけを認識

タンパク質の表面を認識する小分子は、タンパク質の相互作用特性を調整する道具として重要です。しかし、カリックスアレーンのような小分子でタンパク質の特定の構造を正確に認識することは、ほとんど成功例がありませんでした。

新たに発見(3)されたところによると、スルホン酸カリックス[4]アレーンは、タンパク質表面のリジン残基を認識します。エックス線結晶構造解析により立体構造情報が示され、核磁気共鳴により溶液状態でも相互作用が確認されました。

GREEN201210calix4.png

研究チーム(3)は、今後このようなカリックスアレーンがタンパク質間相互作用を仲介し、結晶化を促進する用途に使える可能性を指摘しています。タンパク質の立体構造を解き明かしたい場合、最も悩ましい実験操作は結晶化の条件検討です。分子の聖杯、カリックスアレーンが、生命現象を統べるタンパク質を調べる道具として、活躍する日もいつかはあるのかもしれません。

カリックスアレーンでタンパク質とコネクト、結晶ごしにのぞいたら世界はきっと変わって見えるでしょう。

 

  • 参考論文

(1) “Molecular design of calixarene-based uranophiles which exhibit remarkably high stability and selectivity.” Seiji Shinkai et al. J. Am. Chem. Soc. 1987 DOI: 10.1021/ja00255a023

(2) “Purification of C60 and C70 by selective complexation with calixarenes.” Jerry L Atwood et al. Nature 1994 DOI: 10.1038/368229a0

(3) “Protein camou?age in cytochrome c–calixarene complexes” Roise E. McGovern et al. Nature Chemistry 2012 DOI: 10.1038/nchem.1342

 

  • 関連書籍

 

Green

投稿者の記事一覧

静岡で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. 【予告】ケムステ新コンテンツ「元素の基本と仕組み」
  2. 誰でも参加OK!計算化学研究を手伝おう!
  3. Communications Chemistry創刊!:ネイチャ…
  4. ChemDrawの使い方【作図編③:表】
  5. 有機合成化学協会誌2021年8月号:ナノチューブカプセル・ナノグ…
  6. 緑膿菌の代謝産物をヒトの薬剤に
  7. BASF International Summer Course…
  8. Ph.D. Comics – Piled Highe…

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. “follow”は便利!
  2. 【1月開催】第五回 マツモトファインケミカル技術セミナー 有機チタン、ジルコニウムが使用されている世界は? -触媒のまとめと他反応への期待-
  3. 第32回ケムステVシンポ「映える化学・魅せる化学で活躍する若手がつくばに集まる」を開催します!
  4. ミニスキ反応 Minisci Reaction
  5. ノーベル化学賞まとめ
  6. 年に一度の「事故」のおさらい
  7. 科学的発見を加速する新研究ツール「SciFinder n」を発表
  8. カルボニル化を伴うクロスカップリング Carbonylative Cross Coupling
  9. 結晶構造と色の変化、有機光デバイス開発の強力ツール
  10. ギース ラジカル付加 Giese Radical Addition

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2012年10月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

注目情報

最新記事

フローマイクロリアクターを活用した多置換アルケンの効率的な合成

第610回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院理学研究科(依光研究室)に在籍されていた江 迤源…

マリンス有機化学(上)-学び手の視点から-

概要親しみやすい会話形式を用いた現代的な教育スタイルで有機化学の重要概念を学べる標準教科書.…

【大正製薬】キャリア採用情報(正社員)

<求める人物像>・自ら考えて行動できる・高い専門性を身につけている・…

国内初のナノボディ®製剤オゾラリズマブ

ナノゾラ®皮下注30mgシリンジ(一般名:オゾラリズマブ(遺伝子組換え))は、A…

大正製薬ってどんな会社?

大正製薬は病気の予防から治療まで、皆さまの健康に寄り添う事業を展開しています。こ…

一致団結ケトンでアレン合成!1,3-エンインのヒドロアルキル化

ケトンと1,3-エンインのヒドロアルキル化反応が開発された。独自の配位子とパラジウム/ホウ素/アミン…

ベテラン研究者 vs マテリアルズ・インフォマティクス!?~ 研究者としてMIとの正しい向き合い方

開催日 2024/04/24 : 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足…

第11回 慶應有機化学若手シンポジウム

シンポジウム概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大…

薬学部ってどんなところ?

自己紹介Chemstationの新入りスタッフのねこたまと申します。現在は学部の4年生(薬学部)…

光と水で還元的環化反応をリノベーション

第609回のスポットライトリサーチは、北海道大学 大学院薬学研究院(精密合成化学研究室)の中村顕斗 …

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP