概要
アルブライト・ゴールドマン酸化(Albright–Goldman Oxidation)は、米国の化学者 J. Donald Albright と Leon Goldman が1965年に報告した、ジメチルスルホキシド(DMSO)と無水酢酸を組み合わせ、第一級アルコールをアルデヒドへ、第二級アルコールをケトンへと酸化する反応である。いわゆる「活性化DMSO酸化(activated DMSO oxidation)」の一種で、DMSOそのものは酸化力を持たないため、無水酢酸で活性化することが本反応の特徴である。[1][2] カルボン酸への過剰酸化が進行しにくいこと、中性〜弱酸性の温和な条件で進むため酸に弱い官能基や酸化されやすい骨格にも比較的適用しやすいことが利点とされる。[2][3]
反応は室温でも進行するが速度は遅く、反応時間は数時間〜1日程度(12〜24時間)に及ぶことが多い。とくに立体的に混み合ったアルコールの酸化に有用とされ、こうした基質では他の酸化法が低収率になる一方で本法が有効な例が知られている。
一方で、後述するメチルチオメチル(MTM)エーテルの副生が本反応の代表的な弱点であり、汎用の第一級・第二級アルコール酸化の第一選択というよりは、「他法で難しい混み合った基質・酸に弱い基質」に対する選択肢として位置づけると考えられる。
開発の歴史
1963年、弱酸存在下でアルコールにDMSOとジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC)を作用させると酸化が進行し、対応するアルデヒド・ケトンが得られることを Pfitzner と Moffatt が報告した(フィッツナー・モファット酸化)。その後、DCCと同様に無水酢酸や五酸化二リンがDMSOの活性化剤として使えることが Albright ら・Onodera らによって見出され、1965年に Albright と Goldman が無水酢酸を用いる本反応を報告した。[1] 1967年には Doering と Parikh が三酸化硫黄–ピリジン錯体(SO3・Py)を活性化剤とする手法(パリック・デーリング酸化)を、1976年および1978年には Swern らがトリフルオロ酢酸無水物(TFAA)およびオキサリルクロリドを活性化剤とする方法(スワーン酸化)を報告している。無水酢酸法はこれら一連の「活性化DMSO酸化」の初期に位置づけられる。
反応機構
活性化DMSO酸化に共通する機構で進むと考えられており、基本的な骨格はスワーン酸化と同様である。[2][3]
- DMSOの活性化:DMSOの硫黄原子上の酸素が無水酢酸の求電子的なカルボニル炭素を攻撃し、アセトキシジメチルスルホニウム種(活性化DMSO、[Me2S–OAc]+)と酢酸アニオンが生じる。
- アルコールの取り込み:基質アルコールの酸素がスルホニウム硫黄に結合し、酢酸が脱離してアルコキシジメチルスルホニウム中間体(R2CH–O–S+Me2)が生成する。
- イリド生成と分子内プロトン移動:塩基(系中の酢酸アニオン等)がS–メチル基の水素を引き抜いて硫黄イリドを生じ、続く分子内での水素移動(5員環遷移状態)により、カルボニル(アルデヒド/ケトン)とジメチルスルフィドが生成する。
特徴・適用範囲・類似反応との比較
強み
- 立体的に混み合ったアルコールの酸化:本反応の最大の売り。大過剰の無水酢酸(基質により20〜60当量規模)や加熱条件(〜100℃)を併用することで、他法では回りにくい混み合った第二級アルコールを酸化できる例が知られる。混み合った基質ではむしろ副反応(MTMエーテル化)が抑えられ、目的の酸化が優先するという指摘もある。[2][3]
- 温和・中性〜弱酸性条件:クロム酸・重クロム酸のような強酸化剤で分解する骨格(シドノン環など)や、酸化されやすいインドールアルカロイド骨格にも比較的適用しやすい。イソプロピリデンアセタール、ベンジリデンアセタール、グリコシド、ジオキソランなどの酸に弱い保護基が耐えるため、糖類・ステロイドの酸化に用いられてきた。[2][3][4]
- 試薬が安価・入手容易:DMSOと無水酢酸はいずれも安価で、極低温(−78℃)や有毒副生物(COなど)を避けられる点も実務上の利点とされる。[3]
弱み・注意点
- メチルチオメチル(MTM)エーテルの副生:活性化DMSOの分解に由来し、とくに立体的に混み合っていないアルコールや高温条件で顕著になりやすい。副生量は基質依存性が大きく、無視できない量になることがあると報告されている。汎用酸化法としての一般性を下げる主因。[2][3]
- アルコールのアセチル化:無水酢酸由来のアセタートが副生することがある。無水酢酸の当量を抑える、反応温度を下げる(〜5℃程度)などで軽減され得ると報告されている。[3]
- 反応が遅い:室温では数時間〜1日を要する。
- β脱離:生成したケトンのβ位に良い脱離基があるとエノンへの脱離が競合する場合がある。[3]
| 反応 | DMSO活性化剤/条件 | 特徴・向く場面 | 主な注意点 |
|---|---|---|---|
| アルブライト・ゴールドマン酸化 | Ac2O/室温〜加熱 | 混み合った基質、酸に弱い保護基・骨格に強い。安価 | MTMエーテル副生、アセチル化、反応が遅い |
| スワーン酸化 | (COCl)2/−78℃ | 汎用性が高く広く使われる標準法 | 極低温が必要、CO・ジメチルスルフィド発生、活性芳香環の塩素化例あり |
| フィッツナー・モファット酸化 | DCC/室温 | 室温で温和。単純基質の収率が良い | DCU(尿素副生物)の除去が煩雑 |
| パリック・デーリング酸化 | SO3・Py/室温付近 | MTMエーテル副生が少なく後処理が容易 | 大スケールで発熱管理 |
| デス・マーチン酸化 | (DMSO非使用・超原子価ヨウ素) | 室温・中性で操作簡便、高選択的 | 試薬が高価、爆発性の懸念(旧法) |
大まかな指針として、まず汎用にはスワーン酸化やデス・マーチン酸化を検討し、混み合っていて他法で酸化が進みにくい基質・酸に弱い保護基を持つ基質に対して本反応(DMSO/Ac2O法)を選ぶ、というのが一つの考え方といえる。
反応例
ヨヒンビン → ヨヒンビノン[2][4]
本反応の原点となった適用例で、酸化されやすいインドールアルカロイドであるヨヒンビンの第二級アルコールをケトンへ酸化する。温和な条件ゆえにインドール骨格を保ったまま酸化できる一方、MTMエーテルの副生を伴うことが報告されており、本反応の「強み」と「弱み」を同時に示す好例である。
糖類(グリコシド)の酸化[3]
イソプロピリデンアセタールやグリコシド結合を保持したまま、糖の水酸基をカルボニルへ酸化できる例が総説等で紹介されている。酸に弱い保護基が耐える点を活かした適用である。
Morphaneアルカロイドへの適用[5]
実験手順
一般的なプロトコル
- アルコール基質をDMSOに溶解する(DMSOは溶媒兼活性化剤の一方を兼ねるため、しばしば大過剰・共溶媒的に用いる)。
- 無水酢酸を加える。標準的には基質に対して数当量程度(目安5当量前後)から始め、立体的に混み合った難酸化性基質では大過剰(20〜60当量規模)へ増やす。
- 室温で撹拌する。反応が遅い場合や難酸化性基質では、必要に応じて穏やかに加熱する(〜60〜100℃)。反応時間は数時間〜1日(12〜24時間)を目安に、TLC等で追跡する。
- アセチル化(アセタート副生)を抑えたい場合は、無水酢酸の当量を控えめにする、あるいは反応温度を下げる(〜5℃程度)といった調整が有効と報告されている。
- 反応後は、水・炭酸水素ナトリウム水溶液等で希釈・中和して過剰試薬とDMSO・酢酸を除き、有機溶媒で抽出、乾燥・濃縮する。目的物はカラムクロマトグラフィー等で精製する。MTMエーテルやアセタートが副生している場合はこの段階で分離・確認する。
実験のコツ・テクニック
- MTMエーテルの副生に注意:とくに立体的に空いたアルコールや高温条件で目的物の収率を下げやすく、無水酢酸の当量を抑える/温度を下げるといった対策が挙げられている。[2][3]
- 3級アルコールのMTMエーテル保護:3級アルコールを本条件に付すと酸化ではなくMTMエーテル化が主に進むため、3級水酸基のMTM保護法として逆用されることがある。[3]
- 反応時間短縮:無水酢酸の代わりにトリフルオロ酢酸無水物(TFAA)を用いる(低温側で速やかに進む)、あるいはアシル化副生を避けたい場合は他の活性化剤(オキサリルクロリド=スワーン条件など)へ切り替える。
- アセチル化との競合については、無水酢酸過剰・長時間ほどアセタートが増えやすいという指摘がある。
参考文献
- Albright, J. D.; Goldman, L. J. Am. Chem. Soc. 1965, 87, 4214. DOI: 10.1021/ja01096a055
- Albright, J. D.; Goldman, L. J. Am. Chem. Soc. 1967, 89, 2416–2423. DOI: 10.1021/ja00986a031
- Tidwell, T. T. Synthesis 1990, 857–870. DOI: 10.1055/s-1990-27036
- Albright, J. D.; Goldman, L. J. Org. Chem. 1965, 30, 1107–1110. DOI: 10.1021/jo01015a038
- Broka, C. A.; Gerlits, J. F. J. Org. Chem. 1988, 53, 2144. DOI: 10.1021/jo00245a002
関連反応
関連書籍
Tojo, G.; Fernández, M. Oxidation of Alcohols to Aldehydes and Ketones: A Guide to Current Common Practice; Springer: New York, 2006; Chapter 2 “Activated Dimethyl Sulfoxide”.
外部リンク
- Albright–Goldman oxidation – Wikipedia(英語) … 反応の概要・機構・yohimbine合成への適用など。
- DMSO酸化のそれぞれの特徴や利点(ネットdeカガク) … 各種活性化DMSO酸化の使い分け・MTMエーテル副生・実験上の注意点を日本語で解説
- Methylthiomethyl ether – Wikipedia(英語) … 本反応の代表的副生成物であるMTMエーテルについての解説。
- Activated Dimethyl Sulfoxide(Tojo & Fernández, Springer 章抜粋PDF) … 反応条件・基質適用範囲・MTMエーテル問題・他法との比較を詳述した成書の抜粋。

































