[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

美術品保存と高分子

[スポンサーリンク]

(冒頭画像は[1]から引用)

芸術の秋に、高分子とマイクロエマルジョンを組み合わせた美術品の洗浄剤を開発した、という論文[1]が発表されたのでご紹介します。

マイクロエマルジョンは、その名の通りマイクロスケールの粒径を有するエマルジョンのことで、洗浄剤や微粒子の調製などに利用されています。カロリー控えめのマヨネーズにも、マイクロエマルジョンの技術が用いられているそうです。

美術品保存の作業において、過去に作品を保護するため塗布されたアクリル系高分子が劣化してしまい、美術品表面まで変質してしまうことが問題となっているそうです。

そこで本研究では、アクリル系高分子を溶かすことのできるp-キシレンを水中に分散させたマイクロエマルジョンを利用しています。
これを上図にあるように疎水的に改質したヒドロキシエチルセルロースの高分子ネットワーク中に埋め込むことで、マイクロエマルジョンの洗浄能力と高分子素材の取り扱いやすさを合わせ持ち、その上安定な美術品洗浄剤を作成しました。冒頭右下の写真から、かなりの粘度を有していることが分かります。

具体的な長所としては、以下の5つが挙げられています。

1. 高粘度のため、多孔質な表面でも浸透しない
2. 85wt%以上が水のため、美術品に与える影響が小さい
3. p-キシレンは揮発性だが、高分子が良く保持するため1.7wt%で十分
4. 界面活性剤などの残留物は、水で洗うことで簡単に除去できる
5. この系は透明なため、絵画の状態を観察しながらの洗浄が可能

さらに、マイクロエマルジョンは1年以上安定に保存されるそうです。

筆者らは実際にこの洗浄剤を用いて、15世紀の壁画表面に35年前にコーティングされたアクリル系高分子の除去を行っています。下の写真の通り、洗浄した部分だけ高分子由来の表面光沢が無くなり、SEM写真においても平滑な高分子表面が、ざらつきのあるモルタル表面に戻っていることが分かります。


poly-art-2.jpg

(図は[1]から引用)

さらに、劣化したワニスの除去にも応用しています。18世紀のめっき作品に見られる劣化ワニスが、下の写真の通り、洗浄前後で明らかに除去されています。まるで通信販売のクリーナーのようです…!

 

poly-art-3.jpg

(図は[1]から引用)

当時は保護のために塗ったアクリル系ポリマーが、現在は美術品表面を変質させてしまうというのは皮肉なものです。

しかし、美術品表面で劣化してしまうのが高分子なら、それを取り除くのも高分子。恐らく今は劣化しにくい高分子が用いられたり、研究されたりしていることと思います。

ちなみに、この研究を発表したのはフィレンツェ大学のグループです。ルネサンス発祥の地ならではの研究といえるのではないでしょうか。

関連論文

  1. Carretti, E.; Fratini, E.; Berti, D.; Dei, L.; Baglioni, P. Angew. Chem. Int. Ed. 2009, 48, 8966. doi:10.1002/anie.200904244

関連書籍

[amazonjs asin=”4413040821″ locale=”JP” title=”修復家だけが知る名画の真実 (プレイブックス・インテリジェンス)”][amazonjs asin=”4938547678″ locale=”JP” title=”修復からのメッセージ―修復がわかれば美術はもっとおもしろい”]
Avatar photo

suiga

投稿者の記事一覧

高分子合成と高分子合成の話題を中心にご紹介します。基礎研究・応用研究・商品開発それぞれの面白さをお伝えしていきたいです。

関連記事

  1. 半導体領域におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活用-レジス…
  2. 有機化学者の仕事:製薬会社
  3. 笑う化学には福来たる
  4. 特定の刺激でタンパク質放出速度を制御できるスマート超分子ヒドロゲ…
  5. 【6月開催】第九回 マツモトファインケミカル技術セミナー 有機金…
  6. 中学生の研究が米国の一流論文誌に掲載された
  7. 【マイクロ波化学(株)環境/化学分野向けウェビナー】 #CO2削…
  8. 有機合成化学協会誌2019年9月号:炭素–水素結合ケイ素化・脱フ…

注目情報

ピックアップ記事

  1. ジョージ・クラフォード M. George Craford
  2. クゥイリン・ディン Kui-Ling Ding
  3. ナノスケールの虹が世界を変える
  4. 第30回光学活性化合物シンポジウムに参加してみた
  5. アルコール依存症の治療薬あれこれ – 断酒薬・補助薬・飲酒量低減薬
  6. 吸入ステロイド薬「フルタイド」の調査結果を発表
  7. もし炭素原子の手が6本あったら
  8. マンダム、不快刺激が少なく持続的な清涼成分を発見 ~夏をより快適に過ごすための研究~
  9. 世界最小電圧の乾電池1本で光る青色有機EL
  10. 超微細孔 MOF 内の Cu(I) サイトによる強い水素吸着とその同位体効果の応用

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2009年10月
月 火 水 木 金 土 日
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

注目情報

最新記事

品質工学とマテリアルズ・インフォマティクス ― 両技術の概要と連携事例

開催概要材料開発やものづくりの現場では、探索すべき組成やプロセス条件が増えるほど組み合わせが爆発…

大学院留学してよかったこと, 悪かったこと【英語, 経済面, オーバードクターに関するお話】

海外の大学で、その大学に籍を置く大学 (院) 生として留学することは「学位留学」と呼ばれたりします。…

光前駆体法の活用によって、ヘプタセンで初の一重項分裂を観測!

第725回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院 理学研究科化学専攻 有機元素化学研究室(山田研…

【スタッフ・寄稿募集】Chem-Stationで、化学を「伝える側」になりませんか?

Chem-Station(ケムステ)は2000年に開設された国内最大の化学ポータルサイトです。大学・…

第17回大津会議―とある参加者の記録―

2026年9月28日~29日に開催された第17回大津会議についての、とある参加者の記録です。この記事…

第17回大津会議 -Otsu Conference- 2026 開催報告 ~新体制で紡ぐ「有機合成の夢」~

第17回大津会議が2026年9月28日(月)〜9月29日(火)びわ湖大津プリンスホテルにて開催されま…

有機合成化学協会誌2026年10月号:医薬品プロセス開発・σ芳香族性・含窒素複素環・メロテルペノイド二量体・高歪み化合物

有機合成化学協会が発行する「有機合成化学協会誌」2026年10月号がオンラインで公開されています。…

時代は水だ! セメントのように水と混ぜるだけで成形・硬化できる「水硬性」高分子

第724回のスポットライトリサーチは、東京科学大学物質理工学院(大塚研究室)博士前期課程2年の徳満玲…

複雑さを設計して、結晶の動きをプログラムする

第723回のスポットライトリサーチは、高知工科大学大学院工学研究科(林研究室) 博士後期課程3年の樋…

ハロゲンの力で強力な結合を切断!天然物クマリンから医薬品・機能性材料原料のクマラノン類へ

第 722 回のスポットライトリサーチは、立命館大学大学院薬学研究科薬学専攻 精密合…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP