[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

雷神にそっくり?ベンゼン環にカミナリ走る

[スポンサーリンク]

 

ベンゼンテトラアニオン誘導体の合成に成功,芳香族化合物の理解 深まる.

 

日本を代表する絵画のひとつ、江戸時代の画家である俵屋宗達による代表的作品「風神雷神図屏風」。ふと思い起こして、見比べてみると、あら不思議。フェロセン太鼓にも見えるし、手足の指5本ずつだし、これはネットスラングで言うところの 完 全 に 一 致 というやつでは。そっくり!?

冗談はさておき。この「雷神分子仮名)」の胴体にあたる中央の炭素六員環にご注目。金属元素のイットリウムに挟まれて、よくよく考えてみると電荷がおもしろげなことになっています。テトラアニオン(四価陰イオン)になっており、数えてみるとパイ電子はちょうど10個です。10は4で割り切れないため、ヒュッケル則を満たすことになりますが、はてさて実際に作って調べてみると芳香族になるのでしょうか。

GREEN2013raijin5.png

ベンゼンテトラアニオン

ベンゼンテトラアニオンは芳香族性を持つのか、合成・単離・結晶構造解析の結果[1]はいかに?

イギリスの歴史的に有名な科学者、かのマイケル・ファラデーが、鯨油を化学変化させベンゼンを単離したのは1825年のこと。月日は流れ、それ以来ずっと、芳香族性(aromacity)は化学の広い分野にわたって基礎となる重要な概念のひとつでした。

実際、芳香族性の話題は、大学学部教育おそらく1年めの化学で登場する重要なトピックのひとつと言ってもよいでしょう。学ぶであろう内容のうち、パイ電子の個数が4で割って2余ることを要求するヒュッケル則は、芳香族性を議論するためのよく使われる指標であり、シクロペンタジエニルアニオンシクロヘプタチエニルカチオンなど、正負の電荷を帯びたイオンでもしっかりとあてはまります。

さて、雷神のようなかたちでイットリウムが配位した冒頭のベンゼンテトラアニオン誘導体。目をつけるべきところは、雷のように「電子が走っているか」にあります。ヒュッケル則が満たされていても、電子が非局在化して、炭素六員環の上をぐるぐる回っていなければ、芳香族性を持ちません。

 

ベンゼンテトラアニオンは芳香族性を持つのか

環のすべてが炭素原子でできた芳香族化合物のうち、ベンゼンテトラアニオンは2013年[1]以前まで単離の例がなく、そのため芳香族性を持つかどうか、ほとんど検討されていませんでした。最近になってフェロセンジアミド配位子を使うと金属元素が芳香族炭化水素をサンドイッチのように挟み込むことができると2011年に判明[2]し、この性質を足がかりにして研究が展開され、冒頭の、雷神のようなかたちの分子が合成されました[1]。結晶も得られて、立体構造も解かれています[1]。

イットリウム原子について核磁気共鳴(nuclear magnetic resonance; NMR)スペクトルを調べてみると、ベンゼン環に配位させていない状態で370ppm、ベンゼン環に配位させて雷神のようなかたちの分子にすると189ppmでした。この数値が示唆するところによると、期待どおりベンゼンテトラアニオンとイットリウム原子で相互作用しているようです。密度汎関数法(density functional theory; DFT)で量子力学計算した結果も合わせて、期待どおり芳香族性を持つだろうと推論されています[1]。

GREEN2013raijin7.png

イットリウム89(89Y)の化学シフト(chemical shift)値

分子の構造」とは、「分子のかたち」はもちろん、広い意味で「分子の運動する様子」や「電子の分布」をも含む概念です。これらひとの目ではそのまま見ることのできない「分子の個性」が、どうにか工夫して見えたとき、わたしたちは、この世界に存在する多種多様な物質が持つ性質それぞれを支える本当の姿に迫ることができます。さながら、自然法則をすべる神様が、ちょっとだけ振り返り、こちらにほほえんでくれる、わけです。

GREEN2013kaminari3.png

こちらは神様というより鬼?宇宙人?電撃嫁?

巧妙な方法でベンゼンテトラアニオンの性質を垣間見ることができて、芳香族化合物一般の理解はさらに深まりました。

 

参考文献

[1] “A six-carbon 10p-electron aromatic system supported by group 3 metals.” Huang W et al. Nature Communication 2013 DOI: 10.1038/ncomms2473

[2] “Scandium arene inverted-sandwich complexes supported by a ferrocene diamide ligand.” Huang W et al. J. Am. Chem. Soc. 2011 DOI: 10.1021/ja204304f

 

Avatar photo

Green

投稿者の記事一覧

静岡で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. 共役はなぜ起こる?
  2. ヒスチジン近傍選択的なタンパク質主鎖修飾法
  3. 2012年イグノーベル賞発表!
  4. アジドの3つの窒素原子をすべて入れる
  5. ノーベル賞受賞者と語り合おう!「第16回HOPEミーティング」参…
  6. 核酸医薬の物語3「核酸アプタマーとデコイ核酸」
  7. 論文執筆で気をつけたいこと20(1)
  8. 高収率・高選択性―信頼性の限界はどこにある?

注目情報

ピックアップ記事

  1. ポリエチレンなど合成樹脂、値上げ浸透
  2. 第119回―「腸内細菌叢の研究と化学プロテオミクス」Aaron Wright博士
  3. 触媒的C-H活性化反応 Catalytic C-H activation
  4. 地域の光る化学企業たち-2
  5. 世界最高の耐久性を示すプロパン脱水素触媒
  6. 「イスラム国(ISIS)」と同名の製薬会社→社名変更へ
  7. ESI-MSの開発者、John B. Fenn氏 逝去
  8. エリック・ソレンセン Eric J. Sorensen
  9. 第97回 触媒化学融合研究センター講演会に参加してみた
  10. ゲルハルト・エルトゥル Gerhard Ertl

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2013年6月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930

注目情報

最新記事

7th Compound Challengeが開催されます!【エントリー〆切:2026年03月02日】 集え、”腕に覚えあり”の合成化学者!!

メルク株式会社より全世界の合成化学者と競い合うイベント、7th Compound Challenge…

乙卯研究所【急募】 有機合成化学分野(研究テーマは自由)の研究員募集

乙卯研究所とは乙卯研究所は、1915年の設立以来、広く薬学の研究を行うことを主要事業とし、その研…

大森 建 Ken OHMORI

大森 建(おおもり けん, 1969年 02月 12日–)は、日本の有機合成化学者。東京科学大学(I…

西川俊夫 Toshio NISHIKAWA

西川俊夫(にしかわ としお、1962年6月1日-)は、日本の有機化学者である。名古屋大学大学院生命農…

市川聡 Satoshi ICHIKAWA

市川 聡(Satoshi Ichikawa, 1971年9月28日-)は、日本の有機化学者・創薬化学…

非侵襲で使えるpH計で水溶液中のpHを測ってみた!

今回は、知っているようで知らない、なんとなく分かっているようで実は測定が難しい pH計(pHセンサー…

有馬温泉で鉄イオン水溶液について学んできた【化学者が行く温泉巡りの旅】

有馬温泉の金泉は、塩化物濃度と鉄濃度が日本の温泉の中で最も高い温泉で、黄褐色を呈する温泉です。この記…

HPLCをPATツールに変換!オンラインHPLCシステム:DirectInject-LC

これまでの自動サンプリング技術多くの製薬・化学メーカーはその生産性向上のため、有…

MEDCHEM NEWS 34-4 号「新しいモダリティとして注目を浴びる分解創薬」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

圧力に依存して還元反応が進行!~シクロファン構造を活用した新機能~

第686回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機化学第一研究室(鈴木孝…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP