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令和3年度に登録された未来技術遺産が発表 ~フィッシャー・トロプシュ法や記憶媒体に関する資料が登録~

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国立科学博物館は、平成20年度から重要科学技術史資料(愛称:未来技術遺産)の登録を実施しています。令和3年度は、あらたに、日本初の磁気録音テープなど、24件を登録することとなりました。今回(第14回)の登録により合計325件の登録となります。 今回登録される資料のパネル展示を国立科学博物館で2021(令和3)年9月7日(火)~9月26日(日)まで開催いたします。  (引用:9月1日PR TIMES)

未来技術遺産は、国立科学博物館の産業技術史資料情報センターが、わが国の科学技術の発展を示す貴重な科学技術史資料や、国民生活、経済、社会、文化の在り方に顕著な影響 を与えた科学技術史資料の保存と活用を図ることを目的に2008年から登録を行っている制度です。三井化学岩国大竹工場にあるポリエチレン製造装置の一部がこの未来技術遺産に登録されたことを昨年ケムスケニュースにて取り上げたように、化学に関連した遺産がいくつも登録されています。

今回新しく登録された未来技術遺産のうち、化学との関連性が強いと言えるフィッシャー・トロプシュ法の関連資料Co被着酸化鉄磁性材料塗布型磁気テープCD-Rについて詳しく見ていきます。

フィッシャー・トロプシュ法による人造石油 合成触媒、試作品および関連資料(第302号)とフィッシャー・トロプシュ法による人造石油工業化資料(第303号)

フィッシャー・トロプシュ法(Fischer-Tropsch process、FT法)は、一酸化炭素と水素を原料として炭化水素を合成する方法で、触媒表面上で炭素鎖が成長する反応機構によって液体の炭化水素が合成されます。1925年にドイツのカイザー・ヴィルヘルム石炭研究所のフィッシャー(Franz Fischer)とトロプシュ(Hans Tropsch)により特許申請がなされ、高温下で石炭に水蒸気を作用させて一酸化炭素と水素を発生させコバルト系触媒で石油と似たような分布の液体の炭化水素(人造石油)を合成することが1930年代には工業化されていました。このようにFT法は大変古い技術ですが、反応条件や得られる炭化水素をコントロールするために現在でも触媒の開発が進められています。また、カーボンニュートラルの一環として二酸化炭素から液体合成燃料を製造する研究が進められていますが、ガスを液体の炭化水素にするにはFT法が適しており、一酸化炭素からの合成だけでなく二酸化炭素から直接合成する方法や生成物の選択性を制御する研究が活発に行われています。

話は未来技術遺産に戻しますが、日本でのFT法の発展は、1936年に三井物産がドイツのルアー・ヘミー社と契約を行ったことから始まります。その後、北海道人造石油が北海道滝川市にプラントを建設し1942年には人造石油の出荷を始めました。一方、京都帝国大学の喜多源逸研究室では1927年から FT 法で使用する触媒の基礎的研究を開始しており、収率を向上できる助触媒の開発などで成果を上げていました。そして貴重な金属だったコバルトの代替として鉄系触媒の開発が始まり、中間試験・スケールアップ試験などを経て1944年には滝川での鉄触媒を使った本格炉での試運転が始まりました。結果は予想を超え,コバルト系触媒を上回る収量で,活性,耐久性も良好であったそうです。そのため、プラントの触媒をコバルトから鉄に切り替えを始めましたが、8基整備したところで終戦となってしまいました。結果として大規模な設備に見合うほどの量の人造石油は製造されず、製造された炭化水素も自動車向けガソリンが主で、戦争のために需要が高かった航空機用ガソリンは皆無だったそうです。人造石油の成果は今一つでしたが、この人造石油に関する資料は、空襲を免れたこと、人石 OB 会が個人的に保管していたことからその多くが残されており、現在は滝川市郷土館に保管されているそうです。

第302号に登録されたフィッシャー・トロプシュ法による人造石油 合成触媒、試作品および関連資料とは、京都大学化学研究所が所有する人造石油合成に関する書類や写真、触媒サンプル、人造石油の試作品です。写真を見る限り、触媒と試作品は実験後のサンプルそのもので、これが80年以上も保管されるとは思ってもいなかったような印象を受けます。第303号に登録されたフィッシャー・トロプシュ法による人造石油工業化資料も人造石油合成に関する書類や写真、触媒で、人造石油の製品ラベルまで製作されたことに驚きました。こちらは滝川市郷土館に保管されており、一部は公開されているようです。化学遺産としてどちらの資料もすでに登録されており、今回の登録でW登録となりました。

TDK製Co被着酸化鉄磁性材料 アビリン磁性粉(第315号)

現在では磁気テープの記憶媒体はほとんど使われていませんが、20年ほど前は、VHSやカセットテープ、フロッピーディスクなど、磁気を利用したメディアが活躍していました。そんな磁気メディアの性能を向上させたアビリン磁性材がこの未来技術遺産の主人公です。

アビリン磁性材が開発される前は酸化鉄のみが使用されていましたが、結晶構造をいくら良くしても磁気特性には限界がありました。より保磁力を高くするために二酸化クロムを使用した材料が米国 DuPont 社より開発されていましたが、日本メーカーではその製造ができませんでした。そこでTDKでは酸化鉄にコバルトを添加する研究を行い、1973年に針状の磁性粉の表面にコバルトを被着させるという新技術を確立し、磁気テープの特性を飛躍的に高めることに成功しました。コバルト添加で保磁力が高まることは知られていましたが、ただ混ぜるだけでは安定した特性は得られないという問題があり、TDKでは核となる酸化鉄をコバルト塩反応液で処理し,乾燥することでコバルトを磁性紛の表面に被着させる方法を開発しました。このアビリン磁性粉を使用したテープは二酸化クロムテープより性能が良かったため、磁性材料、磁気テープの産業を日本主導に変えていくきっかけになりました。

今回、登録されたアビリン磁性粉は秋田県にかほ市にあるTDK歴史みらい館にて公開されているようです。

コンピュータ用塗布型磁気テープ 富士フイルムDLT tape Ⅳ(第316号)

第315号に続いてこちらも磁気テープに関する製品の登録です。一般向けで普及した3.5インチフロッピーディスクの容量は1.44MBしかなく、現代の用途では、圧倒的に容量が足りません。しかし業務用の磁気テープにはより大容量のデータを保存できるメディアがあり、それがこの富士フイルムDLT tape Ⅳです。

1990年代、記憶メディアの高密度化が求められており、磁気テープの磁性層の膜厚を3μmからサブミクロンにすることが課題でした。膜厚を薄くすることは蒸着で実現されていましたが、量産性や信頼性に課題があり、そこで富士フイルムではATOMM技術(極薄層塗布型メタルメディア技術)と名付けられた塗布型で磁気テープを製造する技術を開発し、0.3μmの磁性層を実現しました。この方法では超薄層磁性層の下に非磁性層を設けそれを一度に形成し、加えて非磁性下層に潤滑剤を添加することで、磁気ヘッドがテープとの摩擦により減少する磁性層表面の潤滑剤を補給する仕組みを実現し、優れた耐久性を実現させました。

この磁気テープは現在も進化を続けており、富士フイルムでは手のひらサイズカセットで18TBまで保存できる製品が販売されています。読み書き速度はHDDやSSDに劣りますが、オフライン管理や高い信頼性、長期保管性などで他の記憶媒体よりも秀でた特性があり、業務用のニーズで使われているようです。また昨今のデータサイエンスの発展により、今までは価値のなかったデータでも分析の仕方によっては宝になる可能性があり、アクセス頻度は少なくても保存したいデータは増大しています。そんな用途に時期テープはぴったりで、衰退することなくむしろ脚光を浴びているようです。

市販されている磁気テープ(出典:Amazon

世界初のCD-R(型式名:That’s CD-R)(第322号)

USBメモリが高価だった頃は、書き込みができるCDやDVDを活用してデータのやり取りをしていました。追記ができる書き込み方法もありましたが互換性が無く、3MBほどのデータのためにCD一枚を泣く泣く費やした記憶があります。そんな書き込みができるCD-Rは、1989年に太陽誘電より発売されました。

未来技術遺産に登録された世界初のCD-R、That’s CD-R (出典:太陽誘電プレスリリース

そもそもCDやDVDといった光ディスクは、レーザー光を照射して反射してきた光の強度を読み取ることで0か1なのかを判別し、データとして読み込まれます。市販の音楽CDや映像コンテンツが入ったDVDの場合、数μmの凹凸の層がディスクにあり、それが反射する光の強度を変えています。一方CD-Rには光を吸収する色素が塗布されていて、書き込む際には強いレーザー光でその色素を分解し、読み取る際に光が反射されるところ(色素が分解された)とそうでないところ(色素が残っている)を作り反射する光の強度を変えています。太陽誘電は、シアニン色素でこの技術を実用化しました。この開発を中心的に携わった浜田 恵美子さんは、2007年に太陽誘電を退社され、名古屋工大で教授を務めたほか、JST、名古屋大学、日本碍子などで活躍されており、2019年6月からは太陽誘電の社外取締役にも就任されています。少し前の記事になりますがインタビュー記事が公開されており、入社の経緯などが興味深い内容でした。CD-Rが発売された後も書き込みできる光メディアは進化を続け、DVDやブルーレイといった大容量の規格に対しても色素の開発が続けられ、それぞれの規格で書き込みができるメディアが商品化されました。

未来技術遺産に登録されたThat’s CD-Rは、群馬県高崎市の太陽誘電株式会社R&Dセンターに保管されています。登録データによれば公開となっていますが、どのような形で公開されているかは不明です。

国立科学博物館では今年新たに登録された未来技術遺産に関して、パネル展示を行っています。期間は、2021年9月7日(火)から9月26日(日)までで、国立科学博物館上野本館日本館1階中央ホールで開催されています。常設展示入館料のみでご覧いただけますが、入館には予約が必要だそうです。

今回紹介した4件のうち、3件が電子材料に関する内容で、日本における電子部品の開発力の高さを感じました。最近の半導体に関しては日本以外での活躍が目立っていますが、上記で挙げたような日常の生活や仕事において活躍する製品が日本の企業から開発されることを望みます。フィッシャー・トロプシュ法に関して終戦となり平和が訪れたため十分な運転や検討期間はなく、プラントが本領を発揮することも、鉄触媒が活躍することもありませんでした。カーボンニュートラルで再脚光を浴びている中、今度は戦争ためではなく地球環境のためにフィッシャー・トロプシュ法が日本で活躍することを期待します。

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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