[スポンサーリンク]

一般的な話題

自由の世界へようこそ

[スポンサーリンク]

最近の有機合成のトレンドの一つに既存の反応で当たり前のように用いられてきた試薬や条件を用いることなく新たな反応を開発するというのがあります。代表的な例として遷移金属を用いない(transition-metal free)合成が挙げられます。

今回、Pittsburgh大学のDennis P. Curran教授のグループが遷移金属フリーかつ環境調和型溶媒を用いた画期的なエステルの分解反応をNature Chemistry誌に報告したので紹介します。

その驚くべき反応とは、全く遷移金属を用いることなく非常に安価な水酸化ナトリウムを使用し、最も環境に優しい(greenest)溶媒としてを用いています。この反応条件を用いると様々なエステルが加水分解されたとのことです。Pittsburgh周辺の川は茶色だから”greenest”は言い過ぎかもしれないけれど、やっぱりトレンドは遷移金属フリーですねって、おいおい。

そうです。そんな論文通るわけないですよね。

今回のポストは、今月二本立てのNature Chemistry誌から、Curran教授のthesisを紹介します。前回のはこちら

Free at last!

Curran, D. P.  Nature Chem. 4, 958 (2012). doi:10.1038/nchem.1507

タイトルのat lastってのはもしかしてDanishefsky教授(元Pittsburg大教授)の最近の論文にインスパイアされた?

さて、冒頭で記したように昨今、ほにゃららフリーなんとかが流行しているようです。JACS誌でもさらっと目を通すと、acid-free, base-free, metal-free, catalyst-free, protecting-group-free, solvent-freeなどがタイトルに踊ります。

遷移金属フリー加水分解はともかくとして、容器フリー圧力フリー温度フリーなんかが実現すれば産業界にとっては大きなインパクトを与えることでしょう。実現可能かはともかくとして、有機合成の反応は理想的反応に全てが到達したわけではなく、まだまだやるべきことは残されており、Curran教授はそのような黎明期にある、ほにゃららフリー反応開発にみんながどんどん参入するべきだと主張しています。

 

In this brave new world, every reaction may not yet be an ideal reaction, but at least any paper can be an ideal paper.

考えてみて下さい。試薬フリー基質フリー合成を。酸化剤フリー酸化反応や、ジエンフリーDiels-Alder反応を。いやさすがにそれは生成物フリーな反応になるでしょうね。

人名反応だって対象になるでしょう。Huisgenフリー1,3-相極子環化付加反応や、KishiフリーNHK反応(Nozaki-Hiyama反応か)とか。

 

free_reaction.png

図は論文から引用

賢明な読者のみなさんならば化学反応の最終形が、反応フリー反応(reaction-free reaction)であることを想像出来るでしょう。コンピュータ化学が一部これを現実のものとしていますが、それはCurran教授の意図とは異なります。

有機合成の論文の著者は読者に対して彼らの研究が何なのか、反応に何を用いているのかを伝えてきましたが、このあり方は近年ではちょっと窮屈になり過ぎています。一言で言って時代遅れです。

将来的には、著者は読者に彼らの研究が何に関してではないのか、反応に何を用いないのかを自由に書けるようになるでしょう。ちょっと分かりづらいですが、Curran教授の主張はとにかくこの新しい潮流、なんとかフリーの有機合成にみんなで挑戦していこうじゃないかというところにあるのだと思います。

始めの遷移金属フリーエステル加水分解というのはジョークだと思うので、最初筆者がこのthesisを読んだときはなんとかフリーをけなし始めるのかと思いました。でも極端なことを過激に主張していますが、有機合成の理想はどこにあるのかを的確に述べておられると思います。

特に若い有機合成を志す方は心のどこかにとどめておくといいのではないでしょうか。

最後に蛇足ですが、写真はNature Chemistry誌の編集スタッフでした。左から右に Russell Johnson (associate editor, 隠れてます)、Stuart Cantrill (Chief Editor)、Gavin Armstrong (senior editor)、Rebecca (senior editorial assistant)、Alison (senior production editor)となっており、写真はart editorのAlexが撮ったとのことです。

関連書籍

ペリプラノン

投稿者の記事一覧

有機合成化学が専門。主に天然物化学、ケミカルバイオロジーについて書いていきたいと思います。

関連記事

  1. 金ナノクラスター表面の自己組織化単分子膜を利用したテトラセンの高…
  2. 【イベント】「化学系学生のための企業研究セミナー」「化学系女子学…
  3. 「生合成に基づいた網羅的な天然物全合成」—カリフォルニア大学バー…
  4. 多検体パラレルエバポレーションを使ってみた:ビュッヒ Multi…
  5. ご注文は海外大学院ですか?〜渡航編〜
  6. Reaxys PhD Prize再開!& クラブシンポ…
  7. 鉄触媒を用いて効率的かつ選択的な炭素-水素結合どうしのクロスカッ…
  8. 蒸発面の傾きで固体膜のできかたが変わる-分散液乾燥による固体膜成…

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. メチレン炭素での触媒的不斉C(sp3)-H活性化反応
  2. 高分子を”見る” その1
  3. 第173回―「新たな蛍光色素が実現する生細胞イメージングと治療法」Marina Kuimova准教授
  4. 液体ガラスのフシギ
  5. 日常臨床検査で測定する 血清酵素の欠損症ーChemical Times 特集より
  6. 日本ビュッヒ「Cartridger」:カラムを均一・高効率で作成
  7. Post-Itのはなし ~吸盤ではない 2~
  8. 世界で初めて一重項分裂光反応の静水圧制御を達成
  9. リード指向型合成 / Lead-Oriented Synthesis
  10. 逐次的ラジカル重合によるモノマー配列制御法

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2012年12月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31  

注目情報

最新記事

超塩基に匹敵する強塩基性をもつチタン酸バリウム酸窒化物の合成

第604回のスポットライトリサーチは、東京工業大学 元素戦略MDX研究センターの宮﨑 雅義(みやざぎ…

ニキビ治療薬の成分が発がん性物質に変化?検査会社が注意喚起

2024年3月7日、ブルームバーグ・ニュース及び Yahoo! ニュースに以下の…

ガラスのように透明で曲げられるエアロゲル ―高性能透明断熱材として期待―

第603回のスポットライトリサーチは、ティエムファクトリ株式会社の上岡 良太(うえおか りょうた)さ…

有機合成化学協会誌2024年3月号:遠隔位電子チューニング・含窒素芳香族化合物・ジベンゾクリセン・ロタキサン・近赤外光材料

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年3月号がオンライン公開されています。…

日本化学会 第104春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part3

日本化学会年会の付設展示会に出展する企業とのコラボです。第一弾・第二弾につづいて…

ペロブスカイト太陽電池の学理と技術: カーボンニュートラルを担う国産グリーンテクノロジー (CSJカレントレビュー: 48)

(さらに…)…

日本化学会 第104春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part2

前回の第一弾に続いて第二弾。日本化学会年会の付設展示会に出展する企業との…

CIPイノベーション共創プログラム「世界に躍進する創薬・バイオベンチャーの新たな戦略」

日本化学会第104春季年会(2024)で開催されるシンポジウムの一つに、CIPセッション「世界に躍進…

日本化学会 第104春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part1

今年も始まりました日本化学会春季年会。対面で復活して2年めですね。今年は…

マテリアルズ・インフォマティクスの推進成功事例 -なぜあの企業は最短でMI推進を成功させたのか?-

開催日:2024/03/21 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足の影…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP